二つ目
勇者ヴィオンの闘争心が沸き立ち、体に雷光が迸る。なるほど、どうやら彼もまだまだ全力ではなかったらしい。
ならば――ヴィオンの姿が消える。いや、消えると錯覚するほどの速度だったと表現するべきだ。ダンジョンで相まみえた支配者の悪魔に匹敵するほどで、攻撃が繰り出される。
しかしそれをジウルードは防ぐ。必要最小限の動きで差し向けられる刃を弾き、あまつさえ反撃に転じようとしている。技量については間違いなく『王都の守護神』が上か……下手すると彼はヴィオンのように速度を活かした敵とも交戦したことがあるのかもしれない。
「戦い慣れているな」
ギアも同じ評価らしく、そう呟いた。
「こうなると勇者さんは次の一手を出さなければならない」
そんな予測を彼が行った時、ヴィオンは大きく引き下がった。歓声が再び闘技場に響き、下馬評を覆すのでは――と、誰もが思うような状況だった。
「経験の差が出ているな。さすが『王都の守護神』ともなったら、あんな相手も対応できるか」
うん、ヴィオンが攻めあぐねているのは間違いなく、これはもしかすると……そんな風に思っていた時、彼に異変が。
刀身に魔力を込め、なおかつ剣を真っ直ぐ構える。所作は騎士が見せる正道の剣術。今まではどちらかというと我流に近く、型を持たないようなものだったが……何か手があるのか?
それに反しジウルードは動かない。何をしてくるのか警戒し、受けるつもりだった。
どのような結末になるのか――観客が固唾を呑んで見守る中、ヴィオンが動く。それは――おそらく会場で知覚できたのは、ほんの一握りだったはずだ。
足を踏み出したと思った矢先、膨大な魔力がヴィオンの体を包み込んだ。ドン、と重い音は彼の成した足音。同時に突撃を行った彼の体は、一瞬の内にジウルードの懐へと滑り込んだ。
最速――加え、上段から振り下ろされる剣。ジウルードも受けるのが精一杯であり、刹那両者の刃が激突。破裂音と閃光が闘技場内を満たした。
どよめきが上がる中、衝撃で大きく後退したジウルードが見えた。剣は受けたが剣を握る右腕を左腕で押さえていた。衝撃を殺しきれなかった――そう認識した直後、閃光が消えゆく中でヴィオンがさらに追撃する。
再び繰り出される渾身の一撃。ジウルードはそれをどうにか防いだが……限界だった。足の踏ん張りが効かず、宙に浮き――壁に激突した。
おおおお――さらなるどよめきの中でヴィオンはジウルードへ迫る。相手は壁を背にしてどうにか態勢を整えようとしたが……それよりも先に、その首筋に刃を突きつけられた。
一瞬の静寂。次いで歓声。ヴィオンの勝利だと実況が宣言し、今大会屈指の好カードは終わりを告げた。
「騎士ジウルードはまだ、余裕があったように見えたがなあ」
と、ギアが戦いぶりを論評する……そもそも本来の装備であれば、ヴィオンの急激な変化にも対応できだろう。もし全力だったら……と、議論の余地を残しているので最強は『雷光の勇者』とも断定できない。落とし所としては良い形か。
ヴィオンとジウルードが握手を交わす。これでベスト4が揃った形。明日は準決勝……俺の相手は顔見知りだが……大会もいよいよ大詰めを迎えようとしていた。
翌日、俺は試合に勝利して準決勝までコマを進めた。次の対戦相手は……見知った人物であるカイムだ。
一方、もう一つのブロックでは『千の剣戟』セレンと『雷光の勇者』ヴィオンという組み合わせだった。で、問題は勝つのか負けるのか……試合そのものはセレン達が先なので、その試合結果を見てどちらと戦うのか判断することもできるが……無論、カイムだって決して弱くない。どうなるかは試合の内容によるとしか言いようがない状況だ。
その中でセレン達についてだが……まずセレンは悪魔を斬った剣を使わない以上、全力と言いがたい。それでも無数の剣術を繰り出す彼女の戦いぶりには興味があるし、それを体感してみたい気持ちもある。ここまで彼女の試合を見てきたが、それほど力を入れている雰囲気ではなかった。よって、彼女と戦うことに魅力を感じている。
一方でヴィオンについてだが……彼が放つ雷光は魔法由来のものらしい。つまり彼は魔法と剣術を高レベルで扱っている。その技量については大変興味があるし、間近で観察すれば大いに参考になるだろう。
甲乙付けがたいし、俺としてはどういう風になっても良い形だな……この大会で多くの収穫があった。これらを糧に、また精進しよう――
そんなことを考えていた時、背後から誰かが走りながら近づいてくる音が。何だろうと思い振り返ると、そこにカイムがいた。
「アシル……! レドとジャックを見なかったか!?」
「レドと、ジャック?」
息を切らせてどうしたのかと思いつつ、疑問には答える。
「いや、見ていないけど……どうかしたのか?」
「二人の姿が朝から見えなくて……」
「アシル!」
と、そこへ今度はセレンの声。視線を転じれば複数の騎士を伴いこっちへ来る彼女がいた。
「カイムさんの仲間であるレドとジャックを見なかった!?」
「いや?」
首を左右に振ると、セレンは呼吸を整えた後、
「やっぱり……逃げられたか……」
「……何があったんだ?」
不穏なものを感じ取り問い掛けると、セレン達の背後に新たな人影が。
「彼らに尋ねたいことがあったため、探しているんだが」
――それは騎士ジウルード……『王都の守護神』がいた。思わずビックリして言葉をなくす。
「ふむ、宿を含め捜索しているがやはり居所がわからない……逃げたと考えるべきだな」
「逃げた、って?」
尋ねるが、騎士が関わっている案件だし答えてくれないか……と思ったがジウルードは、
「君は、戦士アシルか。なら関係者だろうから端的に言おう。先日冒険者ギルド所属のガルザを君の助力で捕まえたが、彼と取引をしていた人物に、勇者カイムの仲間であるレドの名前が浮かんできた」
……は?
俺も呆然とするような内容だった。つまり――
「そしてレドが勇者カイムに推薦した仲間ジャックも、何かしらレドとの関わりがある……調べた結果、どうやらガルザへの武具提供者がレドだと断定できた」
おいおい、そんな繋がりが……と考えたところで、俺は一つ思い浮かぶことが。
「それ、レドとガルザとは関係があったわけですよね」
「そうだな……君のことも勇者カイムから聞いている。筋書きとしてはレドがジャックを勇者カイムに推薦し、君を追い出す。そしてガルザへ情報提供をした……おそらくは、利用するために」
まさか、あの一連の出来事に繋がりが……内心驚いていると、ジウルードはなおも言葉を紡いだ。
「捜査の手が伸びていると判断し、逃げることにしたのだろう……そこについてはこちらに任せてくれ。ただ、場合によっては戦士アシル……『退魔の剣士』である君の力を借りることになるかもしれないな」
そう言い残し、ジウルードは配下の騎士へ指示しながら町中へと歩んでいく……いやあの、ちょっと待って。
「どうしたの?」
呆然となる俺にセレンが声を掛ける。そこで、
「……『退魔の剣士』って何だ?」
言葉の直後、セレンが怪訝な顔をする。
「なんで本人が知らないの?」
「いや、知らないのって……?」
「ガルザを取り押さえるとき、戦ったでしょ? それを観戦していた誰かが言い出したんだと思うけど」
「……はあ!?」
なんか、気付かぬうちに異名が増えた……俺はただ、胸中でひたすらビックリするしかなかったのであった。




