本戦出場と自戒
控え室で一度だけ闘技場を振り返ると、騎士達に運ばれるガルザの姿があった。倒れた人間はああして控え室まで運ばれるが、彼は拘束されて騎士団に引き渡されることになるだろう。
時間稼ぎという名目で引き受けたけど、結果としては私情が思いっきり絡んでいたな。俺としてはガルザがどうしてあんなことをしたのか知りたかったし……。
「力、か……」
下手すると俺はあんな風になっていたのだろうか……いや、勇者に憧れていた経緯から、あんなヤバそうなものには手を出さなかったかな? ともあれ、ガルザは非合法でも力を得るのに執念を燃やしていた。力を得ること自体は否定しないが、やり方が不味すぎた。仲間達からも否定されているようでは、いずれ俺が引導を渡さなくとも結末は同じだっただろう。
ともあれ、これで仕事は終わりだし本戦にも出られる……受付の人物から本戦についての詳細を聞いた後、外へ出た。
「さて、どうするかな……」
本戦については特に問題ない。ガルザとの戦いを通してさらに加減についても上手くできるようになったし……ここへ来てから鍛錬ばっかだったし、本戦までは休んでもいいかな?
そんな思いを抱きつつ俺は食事でもしようかと大通りを目指そうと歩き始め……、
「あれ、終わったのか?」
横から声がした。振り向くと、俺にとって見覚えのある人物……初日に闘技場で見かけた男性がいた。
「ここの試合は終わったか?」
俺がいた闘技場で試合が残っているかどうか、かな? 確か俺とガルザの対戦が最後だったと思うので、
「はい、終わりましたよ」
「うお、マジか。買い食いしている時間が長すぎたか」
男性は頭をかき始める。どの試合が見たかったのかわからないけど、
「本戦に行けないと確定した人達の試合はそこまで長くなかったので……それが原因では?」
「あー、そうか。消化試合だから……」
と、男性は俺のことを見据え、
「君、アシル=ヴィード君だよね?」
「え、あ、はい……そうですけど」
「勝ったのか?」
「はい、俺の勝ちで終わりましたけど……」
しげしげとこちらを観察する男性。何だこの人?
「……ん、待った。先に素性を明かすべきだな」
と、男性は懐をゴソゴソと探り始めた。
「ちょっと待ってくれよ。俺は怪しい者じゃない……こういう者だ」
と、懐から何かを取り出して提示した。それはカード……大会参加者の物ではなく、大会関係者を示す物であった。そこに名前も記されており、名はギア=フォムト。
「運営関係者、ですか」
「そうだ。今俺がやっているのは見回りと観光とその他諸々……私情が思いっきり挟まっているけど、仕事はしているから大目に見てくれ」
笑いながら話す男性――もといギア。まあ別にとやかく言わないけど。
「俺に何か用が?」
「あ、いや、そうだな……君、今からどこに行く? 食事とかするなら、ちょっと話を聞かせて欲しい」
「話?」
「個人的な用件なんだが、俺は遺跡潜りとかをやっている冒険者でさ。この国の仕事をいくつかやっていたことから運営側の人間になっているが、もし有望な人間がいたら仲間に誘っても構わないと言われていてさ」
つまり、スカウトか……遺跡潜りねえ。人によってはトレジャーハンターとか言われているけど……予選に出向いて観戦していたのは、組める人間を探していたと。
他にも仕事はあるみたいだけど、私情満載な仕事ぶりである……で、俺としてはそういったことに興味はないし、
「あの、申し訳ないですけど……」
「ん、待った待った。話を聞くくらいならいいだろ? 飯代は奢るし」
別に奢られても……運営関係者ということで怪しい人ではなさそうだけど、なんというか個人的な用件で動き回っているし、相手するのが面倒そう……とか思ったのでキッパリ断った方がいいだろう。
よって、俺は返答しようとした――その時だった。
ゴウン――背後から轟音が聞こえた。反射的に振り向くと、闘技場の入口から土煙が噴き出ていた。
「……何だ?」
試合は終わったはず……と、煙の中から誰かが姿を現す。それは――先ほど倒したガルザだった。
「え……!?」
「――アシル」
こちらに気付いたガルザは眼光を鋭くした。手には何も持っておらず、その代わりに両腕が漆黒に染まっている。
同時、俺は相手の瞳がおかしいことに気付く。色が真紅……それでいて、虚無を湛えているかのように、闇が確かに存在していた。
「悪魔か、魔族の力を受けた結果だな」
と、ギアが声を上げた。
「ああいった種族の力を受けると、身体的な変化がある。確かガルザという人物だったか? ふむ、なるほど。彼の力の源は魔族由来か」
「そんな冷静に分析をしていて――」
「――アシルゥゥゥゥ!」
途端、ガルザは俺の名を叫んだ。それと共に猛然と突撃してくる。
その顔に、もはや理性は存在しておらず、俺は全てを理解した。気絶し、騎士団に捕まったはずだが、目覚めて状況を理解し逃げ出したのだ。武器以外に己の体に魔力が存在していたため、それを使って闘技場を出た。
「……やるしかないか」
剣を構えると同時、魔力を集中させ――ガルザが振りかざした右腕を、受けた。途端、金属同士が激突するような甲高い音が発生する。
その力は、今まで秘匿していたが故にセーブしていた魔力を完全に解放しているため、闘技場で戦うよりも遙かに強い――俺自身は平気だが、受け止めた鉄の剣が異様な音を発し始めた。このままだと破壊されると判断した俺は、即座に相手の腹部へ蹴りを入れた。
ガルザの腕前なら、闘技場における戦いであったら絶対に食らわないはずだった。しかし半ば力により暴走している今ではあっさりと食らう。結果、ガルザは数歩後退し距離を置くことに成功した。
「ふむ……このまま打ち合っているとまずいな」
十中八九剣がもたない。いつも使っている剣は魔力により分解しているので出すことはできるし、魔法剣でも対処できるが……その剣はどうしたんだと突っ込まれるのも面倒だ。
とはいえ、硬化した腕と刃を合わせた感触から考えて、今持っている剣の限界まで魔力を注いで倒せるかどうか……いや、この方法ならばいけるか――?
戦術が浮かんだ瞬間、体が恐ろしい程スムーズにそれを実行しようと動く。眼前には魔力に取り憑かれたガルザ。その顔は、激高しているようにも、嘆き悲しんでいるようにも感じられ、異様な雰囲気だった。
そして俺の名を呼ぶのは、他ならぬ俺が破滅を呼び込んだためか。あるいは、俺のような人間に負けるはずがないという自負によるものか……どちらにせよ、力に溺れた果てが、目の前にある。
俺もまた、そこについては自戒しなければならない――そう心の中で呟くと同時に、俺はまず左手をかざした。
「――穿て!」
下級の雷撃魔法。それが間近にまで迫ったガルザに、直撃する!
バリバリバリ! と、破裂するような音が聞こえると同時に相手の動きが止まった。ダメージはほとんどないはず。俺も足止め目的で撃ったものであるため最初からダメージは期待していない。
次の一撃で決める……! 剣を振りかぶり、鉄の剣がギリギリ耐えられる魔力を込め、
「不殺、一閃――!」
その体へ、斬撃を叩き込んだ。




