弱者と強者
試合を観戦している人からすれば、互いに攻めあぐねて膠着状態……と見ることができるか。それで盛り上がってくれるのであれば好都合ではあるけど。
「所詮、金で得た力すら使いこなせない……その力の底も知れたもんだな」
「ずいぶんとまあ、饒舌じゃねえか」
怒りを隠す気もないか、ガルザは俺を憤怒の形相で見据える。
「そもそもお前は、人に自慢できるような力なのか?」
「別にそういうわけじゃない。だが、俺は自分の力をきちんと理解できている。だから制御も思いのままだし、お前と違って加減もできる」
手加減している、という風に語ったわけではないが、どうやら相手はそう受け取ったらしい。なおも怒りを見せつつ、
「言ったな……なら、教えてやろう。全力を出そうとも俺に勝てないってことを」
「ああ、どうぞ」
ガルザが迫る。先ほど以上の速度――けれど俺は見切っている。振り下ろされた剣を紙一重でかわし、すれ違うようにして立ち位置を入れ替える。
それに対しガルザはなおも攻め一辺倒で肉薄してくる――俺はそれをかわし、適度にいなし、相手の動きを見極める。
再び会場が沸騰し、観客の声が耳に入ってくる。その中で俺はガルザが発露する魔力を意識する。表層に出ているだけではない。もっと奥……彼が持つ魔力の総量すら見極めようという所作だった。
歴戦の戦士であれば、魔力の読み合いに負けないため総量などは露見しないよう訓練していると聞く。俺も相手に能力を悟られないため、色々と策を要している。実際『太陽騎士団』に所属し、魔物や魔族と戦い魔力を読む能力が長けているセレでさえも、俺の本質的な能力は気付いていない様子だったことからも、秘匿はきちんとできている。
しかしガルザの場合は……じっと見据えれば、動きを通して魔力を感じ取る事ができた。それと共に魔力の量を探り……やがて俺は、執拗に迫る剣を一度大きく弾いた。
同時に後退し、こちらは静かに魔力を高める。ガルザが握る剣の力と彼自身の魔力量。そして俺が持つ剣が耐えられる魔力量……それらを分析し、どう戦うかを見極める。
「猿真似でもやろうとしているのか? なら、さっさと見せろ。全部砕いてやるよ」
挑発に対し俺は何も答えなかった。ただ目前にいるガルザを見据え、その魔力量をしかと確認する。
こちらの挙動を相手は当然ながら理解できていない……が、少なくともこれで決めようとしていることは伝わったらしい。ガルザもまた刀身に魔力を注ぐ。それは刃から漆黒が発露しない程度のものではあったが、彼にとっては相応に全力のはずだった。
「終わらせてやるよ……!」
ガルザが渾身の一振りを見舞う……予選の出場者ならば、大抵はこの一撃だけで沈めることができる……そう確信させられるほどの力が秘められていた。
けれど俺は違う……ある意味、俺と戦うことになったのは、彼にとって不幸だと言えるかもしれない。
彼の剣戟が届く寸前に俺は剣で受ける。凄まじい魔力であり、武器に魔力をまとわせていなかったらあっさり両断されていた。
だが魔力を付与することで耐えきり、なおかつお返しとばかりに魔力を発露した。それを見て、ガルザは初めて目の色を変えた。
「お前、その力……」
即座に彼の刃を弾く。同時、踏み込んで斬撃を叩き込もうとする。ガルザはすぐに何かを察したか後退を選択した。
そして続けざまに叩き込んだ刃をガルザは受けるが、力負けしてさらに押される。あまつさえ魔力同士が相殺し、ガルザの剣に秘められていた漆黒の魔力がごっそりと消え失せる。
「何……!?」
即座に剣に魔力をまとわせるが、それを俺の剣戟が再び消し飛ばす。ガルザは理解したはずだ。自分の剣で俺を倒すことはできない。けれど、俺の刃が届けば、たちまち勝負がつくと、
「てめえ、その力は俺の何か――」
「模倣していないさ。その力……俺にとって、参考になるものはなさそうだし」
こちらの追撃に対しガルザは顔を歪ませながら全力で後退した。逃げの一手により俺は立ち止まる。追っても良かったが……ここで一つ尋ねたいことができた。
「力を得て、どうするつもりだったんだ?」
問い掛けにガルザは俺を見据える。
「金を得るために力を? あるいは力を得るために金を? 前者ならともかく、後者だと、理由が不明瞭だな」
「……冒険者が力を得ようとするのに、何の疑問がある? お前もその一人だったんだろう?」
問い掛けに俺は何も答えず、代わりに、
「身代わりを用意してまで追い求めていたものは……何だ?」
「はっ、ずいぶんとご執心だな。なら教えてやるよ――力だ!」
魔力を高め、俺へと踏み込む。今度はやられないという強い決意を持っての接近だった。対する俺は一度攻撃を受け、後退する。
「強さを得れば名声が得られる。そうすれば金も得られ、望むままに女も抱ける! そんな望みも持たず、お前は何をしていた!」
――別に、彼の考えは否定しない。冒険者として世界を回り、一攫千金を狙う人間なんてごまんといる。俺はただ憧れて強くなりたいと願った人間だし毛色は違うけれど、むしろ俺の方が希少種だろう。
「だからといって、犠牲を強いるようなやり方は――」
「全ては結果だ! お前に利用価値があったから俺が使ってやったまでだ! 弱者は強者に従うしかない……俺達は、そういう風にできているんだよ!」
後退しながら剣を受け、ガルザの話を聞き続ける……確かに、弱い者はいいように扱われるしかないのかもしれない。俺のように才能がなかった人間は、強い人に付き従うしか冒険者稼業を続ける方法はなかった。
けれど――俺はガルザの剣を真正面から受け、鍔迫り合いとなる。
「だから、人を犠牲にしても良いと?」
「価値観の違いだな。お前は勇者のいるパーティーなんてものにいたから、わかっていないんだ。この世は力が全てだ。そのためには、いかなる犠牲も許される」
醜悪な笑み……それがガルザの全てのようだった。
だから俺は、鍔迫り合いを維持したまま、問い掛ける。
「なら、そうだな……ここで俺に負けたら、お前の主張を否定したってことでいいな?」
「ああ、いいぜ……できるものならなあ!」
吠え、ガルザは決めに掛かる。最大限の魔力――外部に発露しないギリギリのレベルで漆黒の剣に魔力が収束する。
遊びは終わり……そんな風にガルザは考えたのかもしれない。だが、
「なら、やらせてもらうよ」
こちらも剣に魔力を集中。相手の魔力を探り、鉄製の剣が抱えられる魔力でも十分だとわかっている。
双方の剣が、激突する――ガルザはきっと、俺の剣を弾き飛ばして追撃で仕留めようという魂胆だったはずだ。しかし、
この試合最大の轟音が闘技場内に響いた。魔力同士の激突。それは旋風さえも生み出すほどの衝撃だった。
その結果……ガルザの握っていた剣が弾き飛ばされ、地面を転がった。
「……は?」
力負けしたという事実を理解できていない――だから、引導を渡してやる。
「不殺一閃」
短い言葉と共にヒュン、と、俺は相手へ剣を振った。ガルザは無防備なまま斬撃を受けた。衝撃はそれほど大きくなくて、呆然とした状態で立ち尽くし、
「……が」
ゆっくりと、崩れ落ちる。地面に倒れ込もうと寸前に目が合うと、彼は信じられないような視線を投げた。
「俺の能力は、理不尽の果てではあるけど、自分の努力で手にしたものだ」
ドサッ、とガルザが倒れる。それと共に俺は、相手の頭へ向け告げた。
「本来、冒険者はそうやって……強くなるべきはずだ。あんたみたいなやり方は、いずれ破滅を迎える……報いを受けるんだな」
俺は背を向け歩き出す。同時に実況が勝者として俺の名を呼び――試合が、終わったのだった。