因縁の対決
そして、いよいよガルザと戦う日がやって来た。予選最終日ということで多くの予選グループは大勢が決まっているわけだが、俺の場合は違った。ガルザとどちらが勝ち残るのか……天王山というわけだ。
実況の紹介と共に俺は闘技場へ入る。歓声が聞こえ、それは初日とは比べものにならないほど。観戦者も本戦参加者が決まる大一番ということもあってか多い。
「対するは冒険者……漆黒の剣を携え、圧倒的な力で対戦相手をねじ伏せてきた猛者! 名はガルザ=ボルド! その凄まじい剣を、どうぞご覧あれ!」
現れたのは、俺がパーティーに加わった時と装備の変わらない……見覚えのある姿。改めてその姿を観察するが、上背は俺より一回り大きいし、横幅も同じ。彼は長剣を獲物にしているのだが、むしろ戦斧とか棍棒とか似合いそうな体格だった。
そして短く刈り上げられた黒髪に加えて厳つい顔にいくつもの傷……それは間違いなく修羅場をくぐってきた勲章と呼べるもの。しかし、今は――
「……まさかお前とこんな所で出会うとはな」
対峙すると同時、ガルザは俺に話し掛けてきた。
「俺のことを知って大会に出たのか?」
「……少なくとも、あんたの足取りを追っかけてきたのは事実だ。まさかこんな形で対戦するとは思わなかったけどな」
「復讐のつもりか?」
眼光鋭く問い掛けてくる……身代わりにしたことは間違いないし、そう予想するのは当然だ。
「どんなイカサマを使って強くなったのか知らんが……俺を殺すつもりか?」
「止めに来ただけだよ」
歓声が湧く中で、俺は端的に答えた。
「あと、どうしても一つ聞きたくてさ……なんであんなことをしてまでダンジョンに潜る? 金のためか? それとも、名声か?」
「……はっ」
嘲るような笑い声だった。まともに答えるとは思っていなかったから、反応は予想内だったが、
「そうだな、金がいるのは事実だ。あの場所……深い層の魔物を狩れば、仲間に報酬を回しても余裕がある。それを利用し、俺は強さを得た」
「その武器か? それとも……クスリでもやっているのか?」
質問にガルザはニヤリと笑った。それと共に剣から魔力が発露し、なおかつ体からも……なるほど、武器だけではなく体も漆黒の魔力があるのか。
魔族由来の技術によるドーピング……よくぞここまで隠し通せたものだ。よほど巧妙なのかそれとも何か隠す技術も会得しているのか……とはいえそれでダンジョン攻略などしている以上、悪魔と契約しているとかではないだろう。セレが言った通り、犯罪組織とかから力を得ているというわけだ。
「力を得るのに、金が必要だと?」
「そうだ。もし、そうだな……あの時、お前が次元の悪魔に遭遇せずパーティーに入っていれば、同じように力を手に入れたかもしれないな」
……もしそうだとしたら、力を求めていた俺は受け取っていたかもしれない。けれど、身代わりとしてパーティーに加わった結果、こうしてガルザと対峙している……何の因果だろうか。
というより、理不尽という言葉がひどく似合う展開である。
「つまり、強さを得るために多額の金が必要だと」
俺の指摘にガルザは剣を抜いた。臨戦態勢と同時に、言外の肯定しているようだった。
「どうやら猿真似みたいな能力を得たようだが、俺は違う。そんな力、ねじ伏せてやるよ」
俺は黙ったまま剣を抜く。互いに戦闘態勢に入った瞬間、歓声が一時静まった。同時、
『――始め!』
実況の声と共に、ガルザが疾駆する。一歩で間合いを詰め、容赦なく俺へ刃を差し向ける。狙いは胸元。もしこれが単純な殺し合いであれば、首を狙っていただろう。
もしかするとガルザは、俺の能力を見て名声を高めるのに利用できると考えた。ここで一気に終わらせるより、少し時間を掛けてボコボコにする……そうすれば、有望な人物として本戦に出場できる。
今回の大会に彼が参加したのは、より多くの金を得るためだろう。名声により、美味しい仕事が回ってくる。それにより、金を積み強さを得る……やり方は全うかもしれないが、いかんせん得ようとしている力がダメだ。
彼は、ここで止めなければならない。
俺は彼の剣を真正面から受けた。鋭い剣戟も今の俺ならしっかりと捉えることができる。金属同士が噛み合い、鍔迫り合いの様相を呈すような状況に――
「おっと」
するとガルザは一歩引き下がった。倒せないとわかり、やり方を変えるらしい。
「これくらいは防ぐか……まあ、張り合いがあって良いか」
「そんな余裕を見せていて、いいのか?」
思わず問い返すと同時に一閃した。それほど力を入れているわけではないが、今までの対戦相手には十分通用した一撃。
しかしガルザは剣戟を受けた。こちらの刃が止まり、相手はニヤリと笑う。
「それで全力か? もしそうなら、大したことないな!」
反撃に転じる。こちらが一歩後退すると同時に彼は刃を差し向けた。それを俺は剣で受ける……が、すぐさまガルザの剣が迫ってくる。
金属音が鳴り響き、剣の応酬に歓声が上がった。俺が下がりながら受けているので周囲からはこちらが防戦していると見えているはずだ。
一歩、また一歩と後退しながらガルザの剣を防いでいく……押されていると普通なら見えるだろうけど、あくまでこれは観察と時間稼ぎを兼ねたものである。
「どうした!! それで終わりか!」
ガルザは攻めの姿勢を続ける。こちらは表情を変えずに応じているが、直に焦り出すだろう、という考えなのかもしれない。
一方で俺は……ガルザの剣術をつぶさに観察していたが、すぐに理解した。純粋な力……技術的なものとしては、他の戦士とほとんど変わらない。
よっぽど漆黒の魔力が強いのか、言ってみればそれに頼り切った戦い方をしている。ただ元々それなりに能力があったため、技術に力を上乗せしたことで結構強くなっている。技量で上回る相手でも、力で押し込めるほどに体が強化されているようだ。
予選なら楽勝レベルかもしれないが、本戦はどうだろうか……俺は漆黒の剣を一瞥。その力を全開にすればさらに強くなれるのだろうけど、さすがにそれは危ない……騎士に目をつけられると警戒しているはずだ。そこから推測するに、彼はこの力がどういうものなのかわかった上で使っている。
ギィン――闘技場内に一際大きい音が鳴った後、俺達は距離を置いた。ガルザからすれば一呼吸置こうかという雰囲気。ずいぶん後退し、俺の背後に壁が迫りつつある。
「……なぜ」
俺は相手を見据えながら問い掛ける。
「そんな力を得ようと思った? それがどういうものなのか……利口なあんたなら理解できているはずだろ?」
「力は使いようだ。魔に関連するものだろうが、結局は制御できれば問題ない」
「そうは言っても、バレたらどうなるかはわかっているんだろ?」
「そうだな。だからまあ、お披露目するのはこれで最初で最後……フルパワーなら『千の剣戟』とか『雷光の勇者』だって倒せるかもなあ。ま、そこまでする気もないが」
適当なところで負けて、名を売ろうってことか……ここで俺はわざとらしくため息をついた。
「小心者の考え方だし、ロクに力を使いこなしていない証拠だな」
「……なんだと?」
「全力を出せば力が発露する……だからセーブするなんて、最初から力を使いこなそうなんて考えを持っていない証拠だ。自信があるのなら『千の剣戟』だろうと『雷光の勇者』だろうと、力でぶちかませばいいだけの話だ」
――挑発的な言動は予想できなかったらしい。ガルザの顔に、はっきりと怒りの感情を見て取ることができた。