大会準備
結局、俺にしては値段の高い宿を選んだ。大通りに面した場所で、部屋は三階。窓からは多くの人が行き交う大通りを眺めることができるし、先ほど訪れていた中央闘技場も見ることもできる……うん、満足だ。
そして道中で酒場などに立ち寄り情報もある程度は集めた。どうやら突然降って湧いた国主催の大会に、困惑している人もいるようだ。けれど大半の人はどうせなら楽しもうと沸き上がっている様子。よって大通りは盛況だし、噂が噂を呼んで冒険者なども集まってくる。結果、勇者だっている。
「名のある勇者ならいきなり本戦コースだろうな……で、普通に考えたら優勝は騎士か勇者になりそうだ」
情報を洗い直す。まず騎士の優勝候補……現時点で俺でも知っている異名『千の剣戟』と『王都の守護神』……この両名は出場するらしい。というより、この両者が出るから俺も俺もと勇者や冒険者が参戦しているとのこと。つまり名を上げるためだが……その勇者の中で優勝候補筆頭は『雷光の勇者』だ。
一人ずつ考察していこう。まず『千の剣戟』だが、無数の剣術を繰り出す姿からつけられた異名というのは知っている。逆に言うとそれくらいしかわからない。本当かどうか定かではないが、わずか十歳で騎士団にスカウトされ、見習いとして入団した時点でとんでもない実力を持っていたという、まさしく天才中の天才。才能という面で俺とは天と地ほどの差があるのは間違いない。
そして同じ騎士として今回出場する人として『王都の守護神』がいる。顔は知らないが戦歴については聞いたことがある。十年ほど前から騎士団長という地位につき、そこから幾度の魔王侵攻を全て防ぎきったという生ける伝説とも呼べる人物。国家の至宝とも言うべき聖剣を携えており、その圧倒的武力で敵を殲滅する……ただ今回聖剣を持参するとは思えないし、騎士達は全力というわけではないだろう。そうなると、自由に武器を使える勇者とかが有利か?
名前に上がる筆頭が『雷光の勇者』……名の通り雷光に関係する武器を持ち敵を瞬く間に倒してしまう……らしい。それが本当だったら是非とも能力を拝見したいところだが……当たるかどうかは現時点でわからない。
大会は予選と本選に分かれ、予選についてはグループに分けられて総当たり形式で行われるらしい。で、一番成績の良かった者が本戦へ進める……参加人数も多いし、相当大規模な大会になるだろう。
先ほどの異名持ちはたぶんシード的な感じで本戦出場からだな。それを踏まえ予選で技術的に参考になる人物と当たるかどうかは運だ。
「その中で……だな」
俺は別の異名を思い出す。それは『光剣の勇者』と呼ばれる存在。光の剣を持ち、現在知名度が急上昇中の人物である。
俺がなぜその異名に引っ掛かったかというと……実はこの人物、先日追放されたパーティーの勇者だからだ。俺と別れてどうしたのかはわからないけど、この大会に参加したらしい。他の仲間は出場する予定はないみたいだが……、
「うーん……彼と当たったら……どうするかな……」
正直、追放されたことに対しては思うところはあるけれど……俺としてはあちらから干渉しない限りは気にしないつもり……ただ戦う場合はどうするのか。そこまで考え、基本的に出たとこ勝負しかないかと結論付ける。
では次に俺はどう立ち回るかを考える。たぶんだけど、全力を出せば……それこそ『神魔一閃』を使えば、たぶん一発で勝負が決まると思う。ただしこれは本来の剣を用いた場合の話だ。先ほどやった試験を振り返れば、相手に何もさせず体を真っ二つにして終わりそうな気配……さすがに闘技大会で生死が出るにしろ、そればっかりではいくらなんでもまずいだろう。
剣を変えることは確定しているし、まずは普通の剣を使ってどこまで戦えるのか、予選で確かめるところからスタートだ……もっとも防御についてはそのままだから、ノーダメージであることは間違いない。だから剣が破壊されても拳で無理矢理倒すとかはできると思うので、優勝はたぶんできる。
問題は自分にそんな気があるのか……セレに話したように、強くなった理屈については説明できる。この大会で優勝し、それを契機に……という筋書きも考えられる。剣で強さを得て何かの役に……という今の俺の目標であれば、ここで一気に知名度を上げるのも一つの手だ。
とはいえ、だ……名声については、仕事をこなしていけば自然と高まっていくだろう。別に急ぐ必要はないと思う。ここは当初の目標……技術を得るということを優先にすべきかな。
例えば仮に準決勝までコマを進めたとする。結果、三位決定戦の方に俺の見たい相手がいたとしたら、技術を得るという目的を優先し、わざと負けるというのもアリだろう……うん、組み合わせ次第で臨機応変に対応。これでいいな。
「そういうわけで……剣を買いに行こうか」
俺は部屋を出て武器の調達へ向かう。単なる鉄の剣だと、俺が全力で魔力を注いだら間違いなく壊れる。よって、加減をしなければならない。それもまた修行になる。
「今回の大会で、その辺りも極めたいところだな」
手加減は相手がいないと確認できないしな……というわけで、足早に宿を出ることになった。
それから予選大会が開始するまでの間に、鉄製の剣で上手く力が扱えるように鍛錬を開始したのだが……これが結構難しかった。
ダンジョンで悪魔相手に上手く加減できなかったことからも、力を引き出す方向は良くても加減については精度がまだまだ……結果、何本も剣が壊れた。うん、魔法剣とかだとやっぱり加減できずに……という悲劇が発生しそうだし、この大会は鉄の剣を使って頑張るとしよう。
魔力を過剰に与えると、剣ってバラバラになるんだな……と、知らなくてもよさそうな知識を得た。ただこれではひたすら武器を浪費しているだけなので、頑張って制御する。二千年の修行の賜物か、とりあえず数日で普通の剣でも自在に扱えるようになった。
もし本当に才能ある人物なら一朝一夕でやれるのだろうけど……そんな思考をしつつ、さらに技の開発もする。人を殺めることなく、敵を倒す……そんな技を考案する。闘技大会に出場しなければ、こうして鍛錬しなかっただろう。これだけでも大きい収穫だ。
ひとまず戦える目処は立った……鉄の剣で全力を出すことはできないが、闘技大会で勝ち進んでいくには十分過ぎるはず……で、その闘技大会について、一つ驚いたことがあった。
それはガルザの名前があったこと……しかも予選で俺と当たる。現在騎士達が動いているはずだが、まだ捕縛という段階には至っていない様子。
彼について俺が調べ回るのも迷惑になるだろうし、とりあえず事の推移を見守ることにする。何も知らない状態なら大会期間中はこの町にいるだろうし、逃げる心配はない。もし動きがあれば騎士を通じてセレに伝える……とかでいいかな。問題はセレにすぐ情報伝達できるのかだけど、騎士の詰め所に行けば、話は通してくれるだろう。
そうして色々と思考し、鍛錬を繰り返し――いよいよ闘技大会初日を迎える。総当たり形式だから、怪我でもしたらそれで厳しい状況になる。よって道中、出場者らしき人物達を見かけたが、ピリピリしていた。 怪我の治療などは運営側が引き受けてくれるらしいけど、本戦に到達するまでにかなり大変だ。
ただ、そこから這い上がって本戦からも勝てば名も売れるだろうし……何よりどんな相手と戦うのかワクワクしながら、闘技場へと足を踏み入れた。