限界の先
こちらの猛攻に対し、魔王は迎え撃とうとする気配はあったのだが……動きからどうにかして、離れられないかという意思が確実にあった。このまま攻撃し続ければ、魔王は完全に逃げの一手に出る……俺はなおも攻め立てる。剣が再び魔王を掠めたが、やはり一撃入れるまでには至らない。
ただ魔王は現在の攻防をどうにかすれば勝ちだ、という確信を持って戦っている。それは間違いなく事実……だと俺も最初は思っていた。限界がどこでやってくるか俺自身わかっていなかったが、こんな状況が長く続かないと思っていたから。
けれど、それは違った。剣を切り結ぶことで違うという自覚が芽生えてくる。限界だと思っていた領域に足を踏み込んでも、俺はなおも魔力を引き出すことができた。それと共に、理解する……二千年の修行。それによってもたらされた、自分自身の力を。
あれだけ鍛錬をしたのに、俺は自分のことがわかっていなかったのかもしれない……さすがに無限だと言うつもりはない。しかし、今の俺は限界が遙か先にあった。全力を出したことで、何より魔王と戦ったことで理解した自分の力。さすがに、時を巻き戻す前の魔王と戦えるかはわからないけれど……いや、もしかしたら――そんな予感さえ、頭に浮かんだ。
「貴様……！」
際限なく剣を放ち続ける俺に対し、魔王は苛立ったように声を上げた。攻防において俺だけが仕掛けている状況。向こうに順番を回すわけにはいかない……いや、反撃されても俺はすぐさま差し込んで立場を逆転できるという確信があった。
あとは、俺の剣が魔王に届くか否か……再び剣が魔王の体を掠める。あと少し、という考えの下で俺はさらに力を高める。
――ここに来て、魔王も異様だと感じたらしい。俺の戦いぶりを見てとうとう無理にでも後退しようとした。もしこれが延々と続くのであれば、戦法を変える必要性がある……そういう判断だからこそ、強引に仕切り直しをしようとした。
だがそれでも、俺は止まらなかった。ひたすら押しの一手で攻め立てる俺に魔王は、
「ぐっ……!!」
声を上げながらもどうにか受けきる。その瞬間、俺はこの剣が魔王の防御を突破できることを悟る。さらに力を高めれば、最高の一撃を加えることも――
「――おおおおっ！」
ここしかない、と断じた俺はさらに力を引き上げた。どこまでも膨らんでいく力。いつか力尽きるとしても、今だけは――そんな願いと共に、俺はとうとう魔王の防御を突破した。
そして渾身の剣戟を叩き込む――それと同時、真正面がまばゆい光に包まれた。俺の斬撃による余波……そんな認識と共に、一時体の感覚が喪失した。
――そして、俺の頭の中に記憶が雪崩れ込んでくる。見たことのない景色であり、また同時にこれは魔王の記憶なのではと直感した。
なぜここに来てという疑問はあったが、斬撃を通して思念が流れ込んできたのかもしれない……そう認識した直後、俺は自分がどこに立っているのかを認識する。
それは、荒れ果てた荒野。周囲にはもろくも崩れ去った建物が見られ、真正面に――戦っていた魔王の姿があった。
「……ここも、潰えたか」
一人呟くと同時、俺の横手から魔王に近づく存在が。それはどうやら配下の魔族。その存在は魔王の背後に近寄り跪くと、
「戦い、終了致しました」
男性の声だった。魔王はそれで振り返る。
「状況は？」
「こちらの被害がおよそ一割。相手方は三割ほどかと」
「ならば向こうに戦う意思はないだろう……追撃できるか？」
「申し訳ありません、前線部隊は疲弊しており」
「いいだろう。このまま一度退く」
「わかりました」
頷くと共に配下は立ち去る。俺は黙ったまま魔王の後ろ姿を眺めていると、
「……人との争いはなくならん。それは人間と魔族である限り、終わらない。ならば方法二つ……支配するか、全てを一つにするか」
もし支配であるなら、魔王はエルディアト王国へ攻め入っていただろう。けれどそうではなく、時を巻き戻す前の状況を考えれば――
「しかし、どちらにせよ圧倒的な力がいる……誰かがやらねばならん。全てを終わらせるためには……」
その言葉は、どこか狂気を孕んでいる気がした。もしかすると魔王は、気付かぬ内に力に取り憑かれ、全てを一つに……そんな考えだったのかもしれない。
それは一度、見事に果たされたはずだった。同胞を取り込み、それでいて人間の国々も……しかしそれは覆され、今度は俺が――
「全てを終わらせる……そうだ、そのためには――」
やがて魔王は決意を固めていく。そこに至るまでには、途方もない歳月と数々の苦悩があったはずだ。だが、魔王のやり方は……俺はじっとその後ろ姿を凝視していた時、再び白い光が生じ――俺の意識は現実に引き戻された。
