人道に反する
店内では壁際の席を陣取り、話をする。丁度良かったので俺は料理を頼んだ。
「セレはどうする?」
「え? じゃあ……」
勢いで入った彼女もいくつか注文。しかしラノンは何も言わず、店員は席を離れた。
「頼まなくて良かったのか? まあ注文しても自腹になるけど」
「……どうやって、生き延びたんだ?」
まずはそこか。俺は頭をかきつつ、
「覚醒、と言えばいいのかな……窮地に陥ったためか、突然『異能』が発現して、虎口を脱した……それだけだ」
説明に、ラノンは俯いた。納得したのかは微妙だけど、とりあえず反論することはない。
「ねえ、何の話?」
そしてセレも問い掛けてくる。よし、この辺りで構築したストーリーを披露しよう。
「実を言うと、セレと出会う前……その少し前に、俺は『異能』を覚醒した。そのきっかけが、悪魔……次元の悪魔に取り込まれたことだった」
「じ、次元の……!?」
さすがに彼女も知っていた様子。
「その際、どうにか覚醒して逃げ延びた……で、元々剣とか魔法の訓練とか、知識を得ていたから、どうやら俺自身能力が高まった。だからまあ、ああして戦えるようになったわけだ」
「なるほどね……」
「その女は誰だ?」
ラノンからの質問。そこで彼女は、
「こんな姿をしているけど、一応騎士」
「き、騎士……!?」
「で、どうやら二人の間……ううん、あなたとパーティーを組むリーダーさんとアシルとは因縁があるみたいだね」
「ああ。次元の悪魔……それに取り込まれたのは、ラノンが所属するパーティーのリーダー……ガルザが俺を身代わりにしたからだ。加入して日が浅かったからな」
「はー、なるほど……つまり、元々そういう役割でパーティーに入れたと」
「そうだ……セレ、一つ疑問なんだけど、それを理由に冒険者稼業を辞めさせるってことは可能なのか?」
ビクリ、とラノンの両肩が跳ねる。とはいえ反論はしない。彼も自覚しているのだ。ガルザの行動が、人道に反しているものだと。
「うーん、さすがに難しいかな。そもそも、あなたを身代わりとして仲間に引き入れたという証拠はどこにもないし」
「そうだな……あのダンジョンで次元の悪魔についてはもう心配いらないけど、ガルザは間違いなく同じようなやり方で別のダンジョンに潜るだろ。俺としては、それを止めたい」
ここで俺はラノンへ目を向け、
「そっちだって、後ろ暗いやり方だと考えているんだろ?」
相手は苦虫を噛み潰したような顔をした。少なくともガルザの手法に対し、賛同しているというわけではなさそうだ。これなら話もしやすい。
「そして、俺をあんな風に利用した……それはきっと、一度や二度だけじゃない」
「お、俺達は……」
「ガルザだって最初から犠牲を前提に行動していたとは思えない……少なくともラノンを含め仲間を守るためにやっていただろう。でも、さすがにあんなことを続けていたらどうなるかわからないぞ」
「ぐ、う……」
罪の意識か、ラノンは何も言えなくなった様子。では、さらに踏み込むか。
「俺はあの時選択肢がなかった……だからガルザの誘いを引き受けて活動するしかなかった……が、そんな人間を利用して身代わりにしていた、ってことでいいんだよな?」
ラノンは何も答えない。図星みたいだな。
「……セレ、どう思う?」
「さすがに、放置はできそうにないね。冒険者稼業が危険なのはわかるけれど……でも、さすがにそれだけで捕まえるとかは無理そう」
「だろうな……ただ、ラノンから何か情報をもらえば、それも可能だろ?」
「情報?」
「俺はあの人の悪い噂も耳にしたことがある。あくまで噂だから、それだけで捕まえるなんてもってのほかだけど……それが事実であれば、別の理由で捕まえられる」
「それはまあ、そうだけど……でも、彼が話すの?」
「見たところラノンはガルザのやり方について思うところがある様子。良心の呵責があるのなら、今ここで彼が何をしているのか、話をしてくれないか?」
沈黙が生じた。さすがに彼自身仲間を売るという可能性は……と思うところだが、態度からいけるのではと考え、実行した。
仮にこうして話をしたことをガルザに話しても、それはそれで好都合だ。今の俺なら彼にやられることはない。むしろ狙ってきてくれた方が騎士に通報して捕まえてもらえる理由になる。
だから俺としてはどう話が転んでも問題はない……と、やがてラノンは、
「……俺が話したってことは、秘密にしてくれないか?」
「それはもちろん。セレ、いいよな?」
「ええ。情報提供者の名前は出さないようになっているし」
「なら、話すよ……その、あの人のやり方がああなったのは、ここ一年ほどだ。それより前は、ごくごく普通に活動していたんだ。でも、あることを境にして……」
「あること?」
「強くなるため、とかであの人はとある冒険者の仲介で商人から道具を買った。それがどういったものなのかわからないけど……それをきっかけに、無茶な仕事をやるようになった。アシルが絡んだあのダンジョン探索も、その一つだ。俺達は元々、あんな所へ踏み込むような実力は持っていなかったんだよ」
どこか恐怖するように……彼らにとっては、不相応なダンジョンだったということか?
「その内に、あの人は俺達にも武具を提供するようになった……正直、今もそれを使っているが怖い……仲間の中ではあえてそれを使わない人間もいるくらいだ。武器の力も恐ろしいし、強力な魔物がいるダンジョンに入るのも……個人的には、もう辞めたいと思ってるし、他の仲間でも同意見の人間がいる」
「その武器は今持っているのか?」
尋ねると彼は無言で短剣を差し出した。それを抜いて確かめる。単なる鉄製の短剣……装飾もほとんどないものだったが、
「これは……」
「なるほどね」
俺が呟きセレはどこか納得の声を上げた。
「この短剣、預かってもいいのかな?」
彼女が問い掛けると、ラノンは頷く。
「持っていなくても誤魔化せるとは思う……」
「うんうん、この武器があれば、彼の事を調べるには十分な理由になると思うよ」
「なら――」
「騎士団が彼の事を調べると約束するよ。ただ、いずれあなたにも事情を聞くことになるし、場合によっては――」
「わかってる。何かしら罰があるのなら、受けるよ……もうあんな怖い思いは嫌だからな」
――それから彼女はラノンからガルザのことを含めパーティーに関する情報を聞き出した。そして彼は俺に頭を下げた後、店を出た。で、俺は短剣をじっくりと観察し、
「これ、どういうことだ?」
そこには間違いなく魔力……それも、悪魔に由来するような黒い魔力が確かにあった。
「犯罪組織絡みだよ」
と、セレは理解したという顔で俺に答えた。
「悪魔……ひいては魔族に関係する武器だけど、こういう物の多くは、どっかの誰かが解析して武器に付与した物が多い」
「付与?」
「過去に悪魔と契約して放置された武器とか、あるいはダンジョンに残っていた魔族の武器とか、そういう物を解析して利用する人間がいるの。その多くは犯罪組織関連だね」
「使える力は何でも利用するってことか……」
「そういうこと。危険な場所へ踏み込むようになったのは、たぶんこうした武器も関係しているね。あのラノンって人は大丈夫だったけど、こうした魔力を長期間受けていると、性格が歪み攻撃的になる。アシルにやったことも武器が関係しているとは思う」
「武器のせい、ってことか?」
「それもあるけど、こんな武器を使っている以上、見逃せないし情状酌量の余地もない……で、一つ疑問があるんだけど」
「何だ?」
「あなたがガルザという人間を探しているのはわかったけど、それは復讐のため?」
「いや、俺みたいな被害者が今後出ないように、だな。ただ話がこんな風に進むとは思っていなかったし、正直セレがいて良かったよ。俺一人だったら情報を得てから騎士に通報して、と大変だっただろうし」
これは本心である。それが伝わったのかセレはうんうんと頷き、
「なら、後は私に任せてもらっていい?」
「ああ。頼むよ」
こちらの言葉にセレは「わかった」と承諾。これでひとまず、ガルザへの対策は完了することとなった。