見知った相手
道中の剣の鍛錬については、俺自身大いに参考になることがあったし、セレもこちらの剣戟については一定の評価をしてくれたようだった。
「剣術面について、セレはどう評価する?」
そんな質問を投げると、セレは一考して、
「体に剣術が染みついているのがわかるから、鍛錬を欠かさなかったのはわかるよ」
……そりゃあ二千年も修行したわけだから、体に染みついてはいるな。
「もしかして、アシルは自分がやっている剣術が基本的なものに終始しているから、大したことがないって思ってる?」
「そこはわかるのか……さすがだな」
称賛の言葉を投げるとセレは苦笑し、
「そんな大層なものじゃないよ……確かに剣には奥義とか、強力な技が多数ある。でもやっぱり重要なのは基礎……これはあらゆることに言える話だけど。アシルの場合は、基本的な部分がしっかりしていて、そこに悪魔を倒せる力があるわけだから、十分過ぎると思うよ」
十分か……セレと剣を交わしていて思うのは、繰り出す剣が驚くほど洗練されていて、一切無駄がないということだ。
俺と同年齢と思しき彼女の剣は、完成されている……武術も魔法も、人間が一生を掛けて極めるとされるほどに広く深い分野であることは間違いなく、その中で彼女は相当な技量にまで達している。天才、という言葉が似合うほどであり、これなら単身で悪魔討伐に赴いてもおかしくない、と思ったほどだ。
むしろ『太陽騎士団』というのは、これほどの技量がなければ所属できないと考えれば、よっぽど精鋭なんだろうなと思う。以前の俺ならば尻込みしていた相手。しかし二千年という修行期間を経て、対等にまで話ができていると考えれば、強くなったんだと自覚できるし、嬉しい。
ただまあ、無茶苦茶な歳月を使ってこれなので、やっぱり俺は才能がなかったのだと改めて自認したりもするけど……強さを手にしたのだからこれでいいと考え直す。
そんな風にセレとの旅は非常に良好……彼女は時折剣を振る俺に対し強い眼差しを向けてくることもあったけど……その理由は解明しないまま、目的地へ向かう。
ちなみに道中で、俺達が踏み込んだダンジョンについての情報が入った。調査により支配者である悪魔が倒され、宝物については国が管理するということに。略奪品にしても元の持ち主だと証明するのは難しそうだし……落とし所としては良いものだろう。
そしてどうやら、まだ地底へ繋がる道があったらしい。とはいえ悪魔のような支配者がいるわけではなく、地底の奥底から魔物が這い上がってきているという形とのこと。封鎖するにしても工事作業が必要らしく、結局冒険者達が集まっているらしい。次元の悪魔が出てくることはないので、今後は他の冒険者達とかに頑張ってもらえばいいだろう。
セレは情報を受け取った際、被害が出そうならまた行こうと語った。彼女の目的は人々の被害を防ぐものだし、そういう判断になるよな。ここはさすが騎士、といったエピソードであった。
そうして旅を重ね――俺達はベルハラへと到着する。
「おおー」
町を眺め声を上げる。城壁に囲まれた堅牢なここは、戦いの神が存在する都市と呼ばれている。生半可な志では立ち入ることは許されない……なんて言葉をどこかで聞いたことがある。門の面構えは確かに勇み足で訪れた冒険者を震え上がらせるだけの迫力が確かにあった。
周囲を見回してみると、俺のような冒険者が非常に多い。そして彼らの会話から漏れ聞こえるのは大会というフレーズ。ここでは一年の一回大規模な闘技大会が行われるのだが……その時期はまだ。現在季節は春で大会は秋だ。
ただ、どうやらそれとは別に大きな大会があるようだ……門を抜けると広場にドデカい看板があった。そこに記されていたのは――
「ウィンベル王国杯……? 国主催の大会ってことか?」
確かこの町は自治権を所持していて国が関与することはあまりないと聞いたことがあるんだけど、今回はガッツリ国が噛んでいる模様。
ここで俺はセレを見た。すると、
「こういうこと」
「もしかして、大会に出場するのか?」
「うん。休暇をもらった際も、現地入りすることが指示されていたから」
……もし『太陽騎士団』の彼女が大会に出場したら、どこまで勝ち上がるだろうか。俺はふと、騎士に存在する有名な異名を思い浮かべる。
異名だけで年齢どころか性別すらもわからないけど……もし出場すれば優勝候補だと目されるのは『千の剣戟』と『王都の守護神』だろう。それらの異名を持つ騎士と比べ、彼女の実力は如何ほどか。
「なら、ここでお別れかな?」
俺が尋ねると彼女は小さく頷き、
「アシルはこの大会に参加するの?」
「たぶん。でも出場に資格とかあったりしたら……」
「資格はないよ。試験はあるけどアシルなら問題なし。ただ実績がないと予選からスタートだけど」
そこは問題ないな。予選から色々と技術を学べる……予選に出場する人からどれだけ技術を得られるかはわからないけど。
ま、本戦に出れば騎士と戦えるだろうから、そこから色々と得ていこう。
「なら、本戦へ出られるように頑張るよ」
セレは笑みで応じる。例えば「本戦で待っている」とか「決勝で決着をつけよう」とか言ってこない。むしろ勝ち上がるのは当然だという確信に満ちている。そこまで評価してくれるのは嬉しいな。
「それじゃあ、まずは宿を手配しないと。じゃあ――」
手を振り別れようとした時……俺は体の動きを止めた。途端、セレは首を傾げ、
「どうしたの?」
返答はしなかった。いや、できなかった……次の瞬間、俺は人混みの中を走り始めた。
「え? ちょっと!?」
彼女が後を追ってくる気配。けれど俺は構うことなく走る。程なくして俺はとある男性の背中を捉えた。そして背後まで近寄り、肩を叩く。
「お? 何だ――」
相手は俺の顔を見て、硬直した。後方からセレが駆け寄ってくる足音も聞こえてくる。しかし俺は彼女を無視し、
「久しぶり、でもないな……リーダーは元気か?」
問い掛けに、男性は何も答えられない。俺がいることが信じられないような面持ち。
それは当然だ。話し掛けた相手は、俺が次元の悪魔に取り込まれた際のリーダー……その仲間なのだから。
「お、お前……生きているのか?」
「当然だよ。見ての通りだ。で、今は一人なのか?」
俺のことを幽霊でも見るような眼差しのまま、相手は頷く。名前は確か……ラノン=バージだったか。
「もし一人だったら、少し話をしないか? リーダー……ガルザについて、確認したいことがあるんだが」
俺は彼の肩に手を置いた。相手が小刻みに震えているのがわかる。
こちらに対する恐怖か、それともガルザに対する何かなのか……わからないが、どうやら隠し事をしているのは間違いなさそうだ。
やがてラノンは俺の言葉に従い、店に入ろうと歩き出す。道中で周囲に目を向ける。ガルザの姿はない。
「……何やら、込み入った話みたいだね」
そしてセレもついてくる。突然俺が行動したので、何かしでかさないかと観察している様子。ラノンと話している雰囲気は少し威圧的にしたからな。とはいえ内心では別に怒っているわけじゃない。そういう雰囲気の方が相手と話しやすいと考えたが故の処置だった。
とはいえ、彼女が同行すると面倒……いや、騎士が一緒にいるのなら……色々と考えつつ、俺達は一軒の店へと入った。