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万の異名を持つ英雄~追放され、見捨てられた冒険者は、世界を救う剣士になる~  作者: 陽山純樹
第三章

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巻き戻る時

 過去へ戻る準備は整った。オムトは即座に魔法を起動させるべく作業を始めた。


「どれくらいで魔法は発動する?」

「数分にも満たない。魔王がここへ来る前に、魔法を使う」


 オムトの魔力が高まる。それを見て言葉通りさほど時間は掛からないだろう……そう思っていた時、とうとう魔王とギルジア達が激突した。

 けれど、それは勝負になっていなかった……ギルジア達だって鍛錬をしていたわけではなかったため、腕はこの島を訪れた時よりも鈍っていたはずだ。しかしそれを差し引いても……魔王の力が圧倒的だった。


 ああなってしまった魔王に勝つことは不可能……そう断言できるほどに、凶悪な力が俺のいるところまで感じ取れる。あの戦場に立っているギルジア達はどう感じているのか……背を向けて逃げてもおかしくはない状況下で、彼らは戦い続ける。

 だが、魔王はそれを無に帰すように剣を振った。それによって、ギルジアが持っていた剣が、カーナの剣が、そしてカイムやヴィオンの剣戟が……その全てが一切合切両断され、ギルジア達は――


「っ……」


 俺は小さく呻き、反射的に遠視の魔法を解除した。


「どうした?」

「……魔王に挑んだ面々は、全滅だ」

「そうか。こちらも準備は整った。魔法を発動させるぞ」

「ああ、頼む」


 そう答えた後、俺は魔王がいる北西へ目を向ける。まだ生き残りがいたのか、漆黒の稲妻が降り注ぐ。それがトドメとなったのか、ようやく戦いの音が鳴り止んだ。

 魔王が次にどういう行動を取るのかわからないが、島の中央へ近づくのは確実だろう。もしあと一日準備が遅ければ、俺達はどうあがいても終わりだった。魔法がちゃんと発動すれば……まだ、希望は繋がっている。


「オムト、どのくらい巻き戻す?」

「エルディアト王国にいる時まで」

「ずいぶんと戻すんだな」

「この島へ攻撃を仕掛けるために転移してきた時点で、エルディアト王国は方針を変えることはないじゃろう。よって、それ以前……決戦をする前に戻って、魔王を見つけなければならん」

「……俺に、できるかな?」

「そこはアシル殿の力だけではない。王国の力を借りて対処すれば良いだけの話じゃろう」


 その言葉に俺は小さく頷き……やがて、魔法陣が光り輝いた。


「アシル殿、武運を祈る」

「ああ……必ず、世界を救ってみせる」


 魔法がとうとう発動する。その時、漆黒の稲妻がさらに森を焼いた。もしかすると俺達が何かしているということを理解したかもしれない。でも、魔王に対処する暇はなく……俺の意識は、突如空へ放り出されたかのように、浮遊感に包まれた。






 魔法が発動した瞬間、急速に視界が切り替わり、何かに引っ張られるような感覚を抱く……ひとまず正常に魔法は発動している。魔王とてさすがに過去へ戻るということまで推測しているとは思えないため、きちんと魔法が成功していれば……と、考えている間に俺の視界がクリアとなった。

 それは、エルディアト王国で滞在していた一室。周囲を見回し、人の姿がないことを確認した後、俺は自分の体を確認する。


 異常はまったくない。とはいえこの体が島へ踏み込む前のものであり、あの場所で培われた能力や技術は、全てリセットされている。もっとも、記憶自体は引き継いでいるため……魔力を収束してみる。幾度となく結界へ剣を入れたことで得られた技術……それについてはどうやら扱えるらしい。


「ただこの体で同じように使うというのは難しいかもしれないし、時間があれば訓練したいけど――」


 俺は呟きながら部屋を出る。


「さて、どうするか……」


 基本方針は決まっている。まず会いに行くべき存在は誰なのか。それはちゃんと決めているのだが、それよりも先に確認すべきことが一つ。


「えっと……」


 それは日付の確認。城内で調べ物をしている体で騎士へ話し掛けて……情報により、俺が城で決闘した後くらいの時間軸だとわかった。


「オムト、相当やってくれたみたいだな」


 これだけの時間があれば……あと、時間が巻き戻っていることからエルディアト王国付近で潜伏している敵もまた残っていることになる。


「その対応も決めなければいけないよな……」


 戦うのは確定だが、どうやって対処するのか。俺一人で暴れ回るのもアリと言えばアリだが……と、考えている間に俺はある一室へ辿り着いた。

 そこは、魔族ブルーが研究をしている部屋。コンコンとノックをすると、短い返事が返ってきた。


 扉を開けると、作業を進める魔族ブルー。作業する手を止めることはなかったのだが……入ってきたのは俺であったのは珍しいと感じたか、こちらを見て驚いた。


「どうしたんだ?」


 ――問題は、どこまで事情を話すのか。そもそも信じてもらえるのかどうか。


 俺はここが一つ目の正念場だと自覚する。現状、魔王を倒す手段はあるにしても探し出す手段はない。どうやって魔王を見つけるのか……その鍵を握るのが、間違いなく目の前にいる魔族ブルー。だから俺は、慎重に言葉を選びつつ口を開いた。


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