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万の異名を持つ英雄~追放され、見捨てられた冒険者は、世界を救う剣士になる~  作者: 陽山純樹
第三章

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わずかな可能性

 ――魔王からまだエルディアト王国には侵攻していないという情報を得たが、正直なところ俺達にここから出る手段がない以上は、確かめようがない。まだ間に合うという希望があるにしても、打開できる手段も存在しない。

 絶望的な状況の中でまた一日が終わり、俺は城へと戻ってくる。正直、状況はまったく好転していない。このまま作業を続け、仮に結界を壊せるにしてもどれだけ先か……絶対に魔王が全てを終わらせる方が早いだろう。


 よって、何か策を考えなければならない……それはオムトなども同じだったか、これを機会とばかりに彼は色々と質問をしてきた。それこそ、なぜ俺が強くなったのかを含め――


「ふむ、次元の悪魔か……」


 食事の席で何事か考え始めるオムト。


「次元……時間を一時的に固定する技術か」

「魔王がそれをやったみたいだけど……」

「ふむ……もしかすると、それはヒントになるかもしれんぞ」


 思わぬ言葉に俺は目を丸くする。


「ヒント、というのは?」

「仮にお主に向け次元の悪魔が作り出したような結界を構築すれば、いくらでも剣で破壊できないか試すことができるということじゃな?」

「乱暴な方法だけど、間違ってはないと思う」

「無論、お主にそれをさせるつもりはないのじゃが……時間か。次元内の時間を固定……さらに言えば、途方もない時間を経過させることもできる」


 何か浮かんだのだろうか? こちらが言葉を待っているとオムトはやがて発言した。


「ふむ、次元の悪魔についての情報を、ここで得られないか?」

「城に資料が残っているかもしれないと?」


 そういえば、城の中には書庫もあった。最初の時点で結界を壊せるヒントがないか調べていたが、結局そんなものはないとわかり放置されている。


「調べていた騎士にそうした資料があったのか聞かないと……あ、でもその人物はどこにいるのかわからないか」

「改めて調べるしかないじゃろうな。とはいえ、もしかすると……」


 オムトは何やら思いついたらしい。しかもその目は――期待に満ちている。


「魔王は資料を残しても問題ないだろうと判断したのかもしれんが、それが隙になったかもしれんな」

「思いついたんだな?」

「あくまで可能性の話じゃ。断定したことは何も言えないが、試してみる価値はありそうじゃ」

「なら明日は書庫の調査だ」


 俺の言葉にオムトと、セレンやエルマは頷いた。






 翌日、書庫を調べて回り次元の悪魔に関する資料を発見することに成功した。その内容を吟味したオムトは、幾度となく頷いた後俺へ向け言う。


「これは一つの可能性じゃが……」

「話してくれ」

「この場にいる者達の見解として、島を取り巻く結界……それは、永続的に効果を発揮するものだと思うか?」


 その言葉に、俺達は沈黙する。


「永続……というのは?」

「一年、二年程度では壊れないことは百も承知。じゃがそれが十年後……あるいは百年後は?」

「次元の悪魔が構築した異空間は二千年経過しても何も起きなかったぞ?」

「うむ、極めて特殊な隔離空間ではそうじゃろう。しかし、現実に近しい空間であれば話は別かもしれん」

「……何をするんだ?」

「次元の悪魔に関する資料によれば、この悪魔は時空関係に干渉して他者を隔離させるという魔法を持つらしい。空間は取り込まれたアシル殿ならば容易に理解できるじゃろう。それに対し時間……それを外部とは隔絶したものに変化させることで、二千年経過しても外部では数分程度のものになった」

「そうだな」

「資料を読めば、儂にもこの技術をある程度再現できる……結界の一部分に対しこの魔法を使って時空間を隔離する。通常の空間と地続きにして、一部分だけの時間を加速させる。それを実行し、上手くいけば……もし内部の時間が数千年、数万年という歳月を魔法の中で流せる」

「どれだけ強力な魔法でも、時間が経過すれば崩壊すると?」

「結界は強固じゃが、魔力によって構築されている。それを維持できる魔力が消えれば、あるいは――」


 ……俺としては理解できない領域の技術ではあるが、時を加速させる……そんな手法が実現すれば、確かに今までより可能性はあるかもしれない。


「俺達は何をすれば?」

「今回は特に何もせんでいい。通常通り島の中で過ごしてくれ。技術に関する資料はあるため、三日ほどあれば魔法をくみ上げることは可能じゃ。それまで待っていてくれ」


 三日……その間は通常通りに作業を進めればいいか。


「勝算は?」

「わからん。正直、人間に扱えるものなのかも検証してみなければ……他ならぬ魔王もまた現実世界でそれを再現することはできなかったことを考えると、理論的にはできても実際には……という可能性も否定できん」

「魔王ですら成しえなかった偉業ってわけか……」

「これを習得すれば、ある意味魔王を超えられるかもしれんな」


 壮大な話になってきたが……そのくらいのことをしなければ、魔王の目論見を打破することはできない、か。


「魔法を使用する際のリスクなどは?」


 エルマが問う。それにオムトは、


「多大な魔力を消費することになる。この島に眠る魔力を使えば対処は可能じゃが、それにも準備がいるな」

「ではその下準備を私が」

「私も」 


 セレンが続く。やることを見いだしたためか、二人の目にはやる気が戻っていた。


「よかろう、二人には魔法を使用するための準備を頼もう。アシル殿は今まで通り、作業をしていればいい。もし何かつかめたら、報告を頼む」

「わかった」


 ――正直、期待できる技法なのかもわからない。けれど、もしかすると……というわずかな可能性を見いだすことはできた。


「もしこれが失敗しても、魔王が所持していた技術を利用すれば……」

「今までよりは期待が持てるかもしれん……これから忙しくなるかもしれんな」


 オムトは笑う。それによって俺やセレン、エルマの顔にも笑みが生まれる。


 ――そうして、俺達は改めて行動を開始した。上手くいくかはわからない。けれど、それでも……俺は拳を握りしめつつ、作業へ向かうため島の外周部へと向かったのだった。


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