強さを得て
技法を体得……現時点で悪魔を両断できるだけの力を持っている以上、もし俺の能力をつぶさに把握する人がいたとすれば、必要性はあるのかという疑問が生じるかもしれない。ただ俺はそう思わない……確かに強さを得た。でも、世界は広い……上には上がいる。例えば魔王だって、どれほどの強さかわからない。
そもそも魔王と戦う必要性などあるのか……については、強さを得たのだから、それを試したいという気持ちがあった。悪魔を打倒できたのは事実。けれど、まだ見ぬ強敵はたくさんいる。それらと戦うために、技術を高める……さらに強くなるためには、避けて通れないところになるだろう。
もっとも、他にも理由はある。単純に強くなりたいという願望だけではない。力を得たからこそ、見出した考えが……とはいえ優先する目的はガルザを見つけること。大会とかに出場しつつ、彼を探すことにしよう。
「……まだ強くなろうとしている、と」
セレの言葉。まあ悪魔の腕を吹き飛ばせるだけの力だから、必要ないなどと言われそうだが、
「足りないものがあるのは俺が一番よく知っているよ……だから見識を広めようと」
「なるほどね……でも、そうまでして強くなるのはどうして?」
「それは……セレと同じだよ」
キョトンとした瞳を俺へ投げかける。そこで、
「異能で降って湧いたような力を手にしたにしろ、それが役立てるのなら……という気持ちさ」
これもまた本心だった。別に俺は、魔物に恨みがあるとか魔王を憎んでいるとか、そんなことはない。ただただ勇者に憧れて冒険者になった人間だ。
でも、力を得て……それを役立てたいと思うようになったのだ。憧れの勇者に近くなったから真似しよう、とも違う。純粋に、役に立とうと考えた。
それはここまで強くなった基礎的な部分は、才能ナシと烙印を押されながらも付き合ってくれた人々のものだからだ。俺はこのウィンベル王国に生まれて、魔王と戦うために技術を研鑽してきた。理不尽な形で強くなったわけだが、それが根っこにあるので恩返しもしたかったのだ。
「……そっか」
そしてセレは俺の返答を聞いて、それ以上追及はしなかった。こちらの言葉に嘘偽りがないと察したのかもしれない。
「わかったよ。そうだね……私もそこに行く予定があるし、一緒に行かない?」
「構わないけど……騎士なわけだし、帰らなくていいのか?」
彼女が所属する『太陽騎士団』の本拠地は王都だ。彼女は休暇申請をして旅をしているわけだが、そう長く休めるというわけではないと思うのだが。
「そこへ行ったら、騎士団と合流するから」
知り合いとかがいるのかな? まあ俺としては別段問題ないので、
「わかった。ならベルハラまで一緒に行こうか」
「うん、ありがとう」
笑みで応じるセレ。邪気のないその表情に俺は少しドキドキしつつ……今後のことをセレと話したのだった。
さて、俺はセレと共に旅をすることになったのだが……翌日、その前に戦利品の換金を行うべく、店を訪ねた。さすがに手に入れた金貨全てをまるごと換金したらとんでもないし、一枚だけ。それでかなりの額になるし十分だ。
だがそれでも持ち運ぶには結構大変な額なので、ギルドで預かってもらうことにする。冒険者ギルドにはお金を預けるシステムがあり、登録者は大陸各地にあるギルドで出し入れができるというわけだ。かさばる金額でも問題ないし、これで当面旅費の心配はなくなるな。
「それでは改めて……出発だ」
「おー」
気の抜けた返事と共にセレは俺に追随し始める……と、俺はここで一つ疑問をぶつけることにした。
「俺と一緒に行くことに意味はあるのか?」
「ん? どういうこと?」
「仮にベルハラへ用があるにしても、そっちの強さなら護衛とかの必要もないだろ?」
「まあまあ、単純に誰かと旅をした方が面白いし」
冒険者的に発想だなあ……彼女が本当に冒険者であれば特段違和感もないのだが、彼女は騎士だからな。
「……念のため確認しとくけど、俺に対し何かしら警戒しているとかじゃないよな?」
「警戒?」
「ほら、悪魔を吹っ飛ばせる能力とか……何かやらかさないか観察しているとか」
――よくよく考えると、これを馬鹿正直に尋ねて答えが返ってくるのかも微妙である。ただ俺の能力を危険視するのであれば、俺と同行はせずに密かに監視するとかの方が可能性は高そうだけど。
一応その辺りも考慮して周囲の気配なんかを窺ってみるのだが、何もなし。騎士団の中には隠密行動に優れた人物がいたりして、俺でも気づけないなんて可能性もあるけど。
「んー、そうだね……まず私が言いたいのは、それは私の仕事じゃない」
「……仕事、じゃない?」
「能力がどうとか判断するのは『太陽騎士団』じゃないし」
つまり管轄外ってことか。
「それにほら、少なくともアシルは魔物や悪魔を倒しているわけだし、人々の迷惑になりそうな雰囲気じゃないでしょ?」
「俺の能力とかより、俺が何をやっているのかで判断してるってことか」
「そうそう……で、どうやらそちらは私が同行した理由に疑問を持っているようだけど」
「そうだな」
ふいに彼女は俺を覗き込むように視線を投げる。そして、
「……道中、ちょっと剣の鍛錬とかに付き合ってくれないかなー、と」
ああ、なるほどな……その実力を見込んで剣の修行に付き合ってくれと。
「まあそれなら……」
「やった!」
ガッツポーズまでする彼女。俺のことを評価してくれているのは嬉しいけど……ま、俺も彼女から得るものはありそうだし、闘技の町へ赴くまでに勉強させてもらうか。
と、いうわけで俺達は旅をしながら剣の鍛錬をすることに……それは旅を開始して初日からスタートした。夕刻前、宿を手配してから町の郊外で剣を打ち合うことになった。
剣を構え、真正面から彼女と対峙する。鍛錬名目なので剣に魔力は注がない。ただこれだと単なる鉄の剣になる……うーん、下手に魔力を入れると相当な威力になるから人間相手には危険だな。ベルハラへ行って大会に参加するなら、剣を一本購入することにしようか。
これは魔力の制御とかにいかせそうだな。冒険者は魔物を倒す以外にも動物を捕獲するとか、殺さない滅さない仕事だって存在する。それをきちんと達成するには必要最低限の力を用いて戦うことになる……二千年の修行では次元の悪魔を倒すことを目標にしていたため、こういう訓練はほとんどしてこなかった。これを機に、そこを強化していくべきだな。
手加減をする、というのは実のところ結構難しい。相手の力量や能力などを含め、あらゆることを解析して敵を倒す……単に全力を出すよりも実力が必要だ。今の俺ならその辺りの調整できるとは思うけど、大会ではそれをより確固たるものにする、ということが目標でよさそうだな。
様々な技術も、加減するのに役立つことになるだろう……そう思うと同時にセレは動き出した。彼女もさすがに悪魔を打倒した時のような力を出しているわけではない。むしろ魔力は出さず、剣術だけで応じようとしている。
俺もまたそれに倣い、魔力を発さず剣で応じる……力はあるけど、剣の技量面は不安もあるし、彼女を満足させられるかどうかわからないけど……茜色の空の下で、俺とセレは時間を忘れて剣の鍛錬に没頭するのだった。