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万の異名を持つ英雄~追放され、見捨てられた冒険者は、世界を救う剣士になる~  作者: 陽山純樹
第三章

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進撃

 その日、夢を見ることはなく俺は交代の時間まで起きることはなかった。さらに言えば魔物の襲撃などもなく……夜が明ける。

 体の調子は十分戻り、疲労感もだいぶ消えた。俺達は日が昇ると同時に食事を済ませ、準備をして……いよいよ、決戦のために動き始める。


「反対側の面々も準備完了とのことだ」


 ギルジアが告げる。こちらが頷き返すと、


「こっちも大丈夫そうだな……それじゃあ、始めるとするか」


 決戦――ギルジアが指示を行い、さらに騎士エルマが号令を掛け、俺達は静かに動き出す。万が一に備えて拠点にも騎士や勇者を残し……魔王の城へと向かう。

 周囲はひどく穏やかで、魔物の気配もあまりない。さすがに城へ近づけば大軍勢とまではいかないにしろ、魔物がいる……と思っていたのだが、接近しても魔物の姿はない。


「なんだか不気味だな……」

「やっぱ敵は俺達の想定とは違う動きをしているんだろうな」


 と、ギルジアが言及する。


「正直、不明なことが多すぎる……が、城へ行けばある程度の事情はわかるだろ」


 彼の言葉にこちらは頷き、今はひたすら歩を進める……その道中でとうとう魔物と遭遇したが、数は少なく俺達は難なく撃破。そして城へ近づいても……魔物の気配はあまりない。

 拍子抜けするような展開ではあるが、逆に俺達は気を引き締めた。魔王の城――そもそも目の前にあるそれが本物なのかもわからないが、そこには絶対何かがある……俺達の予想を超える何かが。


 やがて、城間近まで辿り着く。外周部を確認するが、平地にそびえ立つ城というだけで、魔力も感じられない。


「……おーい」


 そして、反対側から勇者や騎士がやってくる。合流を果たしたわけだが、これほど簡単にいくとは想像もしていなかった。


「何の障害もないとはな……」


 ギルジアもさすがに訝しげに城へ視線を投げる。中へ繋がる扉は大きく閉め切られているが、建物に何も仕掛けがないようなので、破壊して入ることもできそうだ。


「ここは私が」


 シェノンが手を上げて扉を破壊するために魔法を使用する。それは光の槍であり、扉に魔法が直撃すると、綺麗に抉り抜かれて入口ができた。

 俺やセレンは警戒しながら中へと入る。室内はヒンヤリとしており……なおかつ、やはり気配らしい気配がない。


「もぬけの殻、か?」

「そもそも、ここが本拠だって可能性も薄そうだな」


 と、ギルジアが建物を見回しながら告げる。


「たぶんだが、これは張りぼてみたいなものだな。構造的に魔王が住んでいるとは考えにくい」

「この島に仕掛けはあるけど、魔王の本拠は別にあったということか?」

「その可能性もあるが……この島へ踏み込む前は魔王グラーギウスの気配は感じられていたし、魔族ブルーもここが本拠だと断定していた。それを踏まえると、魔族ブルーが裏切った後、こちらの攻撃に応じるべく島そのものを変化させた……という風に解釈もできるが、それだって理屈に合わないことが多すぎる」


 俺は視線を巡らせて魔物や魔族がいないかを確認するが……そもそも動くものがない。城は天を衝くような巨大な建物であるため、まずは上を調べてみるのだが、


「何も、ないな……」


 例えば俺がエルディアト王国で滞在していた時に用いていた客室のようなものはある。ご丁寧にベッドや家具などもあるのだが、生活感が皆無だ。


「別の場所に厨房とかもあったぞ」


 と、探索していたギルジアに合流するとそう言われる。


「ここを拠点として活動できそうな雰囲気ではある」

「いやいや、さすがにそれはないだろ……で、やっぱり魔族や魔物は――」

「ゼロだな。それとシェノンが周囲を分析してわかったことがある」


 と、ギルジアは困惑するように、俺へと語る。


「魔物が強くなっている、というのは昨日時点までの見解だったな?」

「ああ、実際勇者カーナとかはそう評価していた」

「それは事実なんだが、問題は強くなった過程だ。魔物は島にある魔力を取り込んで強くなったが……転移当初、この島に存在していた魔力によって俺達は気配探知もかなり難しい状況になっていた。しかし今は違う。島の中心に位置するここでは薄い」

「薄い? 濃いのではなく?」

「どうやら島に存在する魔物が糧として取り込んだ結果、濃度が薄くなった……島の外周部にいる魔物や悪魔の生命維持にもこの魔力は使われているはずだが、いずれ枯渇して滅ぶかもしれない」

「何だ、それ?」

「この島自体、私達を閉じ込める檻以外の役目を放棄しているのですよ」


 と、騎士エルマが近づいてきて続きを語った。


「島に存在していた魔力は魔王の残り香のようなもの……その力で私達を外に出さないよう結界を張り巡らせ、検証を妨害するべく悪魔や魔物を配置した……私達が戦っていた魔物ですが、あれはもしかすると元々外周部をうろついていた個体で、それが中央まで移動しただけなのかもしれません」

「……中央にはまだ魔力があったから、魔物がそれを吸収して強くなったと?」

「おそらくは」

「……どういうことだ、これ?」

「現時点で俺達は、島を出る手段がない」


 と、ギルジアは俺達へ語る。


「つまり、この場所は徹底的に俺達を閉じ込めることのみに特化した場所……わざわざ本拠をこうまでして改造していることから、事の本質はこれで間違いないだろう」

「問題は魔王がなぜそれをしたのかだけど……」

「――みんな!」


 今度はセレンの声だ。見れば何か慌てた様子で近づいてくる。


「騎士の一人が異様な物を見つけたって」

「わかった、すぐ行こう」


 俺達はセレンに追随し、当該の場所へ向かう。そこにはこの城へ踏み込んだ勇者カーナを始め、結構な人間がいた。

 そうした中で、目に映ったのは……黒いローブを着た存在。最初魔族なのかと思ったのだが、


「これは生物じゃない」


 と、騎士の一人が声を上げる。


「触れても手が貫通した……影か何かを、この場に投影させているようだ」


 ――どうやら、とことんこの場には魔族がいないらしい。


「魔法使っても効果がなかったので……」

「わかりました」


 騎士エルマは警戒のために剣を抜きつつ、


「ゴーストの類いというわけでもなさそうですね。気配がほとんどないことからも。念のため、もう一度索敵を――」

『よくぞ集った、栄えある勇者達よ』


 突如、影から声が飛んできた。


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