荒唐無稽
日が沈み、俺達は二日目の夜を迎える。とはいえ、状況としては昨日よりも遙かに改善している。騎士達は集い、セレンやギルジアとも合流し、さらに結界を構築して休める環境ができている。疲労により危なかった騎士も、結界内では安心して体を休めているし、仮眠もとれている。
これなら明日に備えて休むことも容易だった。見張りの交代要員も十分すぎるほどであり、決戦に向けて体力をしっかり回復することはできそうだ。
「ただ、それでも戦力的に不安が残るのも事実だ」
――たき火を囲み、食事をしているとギルジアが発言。彼と共に俺やセレン、騎士エルマなどが座り込み、干し肉やチーズをかじっている。
「当初の戦力規模では到底ないからな」
「……まだ見つけられていない騎士達は、大丈夫でしょうか」
エルマが呟く。ちなみに、明かりを見つけて夜の間でも合流する騎士がいる。ただそうした彼らは相当疲弊しており、戦力としても見張りとしてもプラスにはならない。
「ここに集っている人数と比較して……と考えると、犠牲者も相応にいるだろうな」
ギルジアが発言。それにエルマは俯いていると、
「ただ、俺達が早期に決着をつければ……現在も生き残っている騎士達は助かる」
「……そうですね」
「だから、明日の戦いは全力で……必ず成功させなければいけない。ま、失敗したら俺達も死ぬわけだが」
と、笑いながら話すギルジア。その豪胆さに苦笑しつつ、俺は一つ言及した。
「魔王の城へ向かえば当然、今までとは比べものにならない敵が出るだろうな」
「ああ、そこは間違いないと考えていい……が、相手が魔王でなければ、いくらでもやりようはあるだろ」
「根拠があるのか?」
「というより、魔王ですらない配下を討てなければ、そもそも俺達に魔王を討つ資格はないってことになる……だから、こちらも死に物狂いで戦わないといけないな」
その言葉に、同意するかのようにセレンなんかは小さく頷いた。
正直なところ、勝算も情報もないような状況であるのは間違いない。だが、それでも……この現状を突破するために、全力を尽くす。その点については間違いないし、この場にいる仲間や騎士は勝てると感じている。
非常に危険な状況ではあるが、それでも希望を失わず戦い続けている……士気は十分あるし、結果はどうあれ戦うことについては問題なさそうだった。
なら今日のところは休むだけ……と、ここでセレンが疑問を呈した。
「魔王は、何の目的で私達をここへ閉じ込めたんだろ?」
「俺達が計画の邪魔になったから、だろうな」
と、ギルジアは明瞭な返答を行った。
「どういう目論見があるかわからんが、魔王は俺達が自分の目的のための障害になると考えて、今回こうして俺達に策を施した」
「つまり、私達とは戦いたくない?」
「あるいは、勝てるにしても……というか魔王のことだ。勝つこと自体はできるが、それなりに傷を負うという予測を立てた。これまでの実績……つまり、俺達の戦いぶりを見る限り。けれど、例えば魔王がやろうとしていることは、相当な力を消費するため、ダメージを負うことはまずい……と考えたら、俺達と戦わないという選択もあり得る」
「魔王が、何かを……」
「確かに、何か目的がなければこんな手の込んだ真似をしようとは思わないよな」
ギルジアの言葉に賛同するように、俺は発言した。
「ギルジアさんの言うとおり、魔王はどうやら俺達と戦いたくないって雰囲気がある」
「そういうことだ。少なくともそこについては正解だろうと思うぞ……理由はわからないが」
「魔王が人間と戦闘を避ける、というのはなんだか逃げているようにも感じられるけど」
「さすがにそんなわけはない……もっとも、配下を説得できているのかはわからないが」
「……そういえば、配下の魔族もいないんだよな」
島を駆け回っているわけだが、遭遇するのは魔物と悪魔ばかり。
「ということは、魔王軍の主力もこの島にはいない……」
「魔王と帯同しているってわけだな。ま、これで魔族まで出てきたらさらに犠牲が増えていたことを踏まえれば、良かったんじゃないか?」
「逆に言えば、そういう戦力を残しておくことで俺達を再起不能にもできたんじゃないか?」
「けど、それをやらなかった……というのは、配下を使いたくない理由があったという話だろう。魔王の目的のために配下が必要であるとか。あるいは――」
と、ここでギルジアの口が止まった。
「……魔王が何かしらの理由で、配下を消したとか」
「どういう理由で?」
「……戦いながら、現状を考えていたのですが」
と、ここで騎士エルマが口を開いた。
「私達をこの島に閉じ込める……それは外周部の結界を踏まえれば正解でしょう。ではなぜ、そうまでして……なおかつ、ここまで戦力が手薄なのか。理由は不明ですが、配下がいなかったからだと考えることもできますよね」
「いなかったから、こういう作戦に出た?」
「あくまで推測ですが」
騎士エルマの言葉に俺達は沈黙する。
なんというか、現状を考えるとそのくらい荒唐無稽な理由でなければ、今の状況はあり得ない気もしてくる。ただ、なぜ配下を……というのは、絶対にロクでもない理由が存在しているはずだ。
「……単純に、魔族が人間にやられたってわけじゃないよな」
「エルディアト王国へ仕掛けるだけの戦力がありました。あの軍勢が残っていた魔族全てとは考えにくいでしょうし、防衛や拠点に戦力を置いておくのは当然でしょう」
まあそうだよな……交戦したレドやジャックについても、特におかしい様子はなかった。それを考慮すると……こうした事態に陥ったのは、この決戦が始まる直前なのだろうか? それとも――
「……推測ではあるが、だいぶ真実に近づいている気はするな」
その時、ギルジアがまとめるように発言した。
「確実に言えるのは、魔王はまともなじゃない事をしでかそうとしている……配下が消えているのなら、相応の理由があるはずだ。それが最悪の理由でないことを祈りたいが、こういう予感は当たるんだよな」
「予感とは?」
俺が問い返すとギルジアは肩をすくめ、
「魔王が、力を得るため……同胞を吸収したとかならヤバそうじゃないか――?」




