これからのこと
「ほら、魔族が残したダンジョンって、魔物が際限なく現れるからたまに外から出て周辺の村や町を襲うよね? それらは町にいる騎士団とかで対処はできるけど、やっぱり被害をゼロにしたいの。でも『太陽騎士団』は基本、魔王が根城にしている場所の周辺で活動するのが中心だから、こうしてダンジョンへ潜ったりすることはない。だからその、時折暇をもらってダンジョンに潜って敵を倒して……」
セレは矢継ぎ早に俺へと語るのだが……無茶苦茶である。つまりあれか、休みをもらって仕事をしているのか。
「……そこまでする必要あるのか?」
「私にとっては」
即答だった。これまで言い訳がましく説明していたのとは異なり、一点俺の目を真っ直ぐ見据えて告げた。
それで彼女の意図をなんとなく理解する……そもそも『太陽騎士団』は魔族や魔物との戦いに特化した精鋭中の精鋭だ。そうであれば当然、刃の向け先は魔王になる。彼女の言うとおり活動のメインは魔王の本拠地がある場所の周辺だし、そんなところへ行ったことはなく俺も彼女の姿は知らなかった。
対して俺達が今いるダンジョンは魔王城からは離れている……しかもダンジョンから魔物が出て被害が出るにしろ、周辺の警備兵などで対処できるレベル。魔族が周辺の町や村を焼くのならまだしも、このダンジョンは悪魔が財宝を守っているだけだった。この場合、国側としては攻略する優先順位は低くなる。
だからこそ冒険者達がこぞって探索しているわけだが……セレはそれを良しとしなかった。俺が周辺の情報を集めた限り、魔物による被害はあっても犠牲者はここ数年出ていない。けれどそうした被害に対してもセレは対処するべく、ダンジョンに入り込んで根源を絶とうと活動しているわけだ。
騎士としての正義感が彼女を突き動かしている……ただまあ、無断でこんなことをしていればどうなるかくらいは俺も想像できる。
「確認だけど」
「うん」
「もしこの活動がバレたらどうなる?」
「騎士団では、許可なくこの剣を使うことは……怒られる」
悪魔を倒した剣を指差しながら答える。そりゃそうだよな。国を平和にするための活動だから、お目こぼしとかあってもおかしくはないけれど……。
「なるほどな。そういう理由なら、君に任せるというのはナシだな」
「ごめんね」
「別に謝る必要はないけどな……ということは、俺達が入ったら悪魔が倒されていた、とかでいいかな」
「アシルがやった、ということにしなくていいの?」
「大騒ぎされるのも嫌だし、そもそも信じてもらえないさ」
「ん、どうして?」
「先ほどの事情から察するに、セレは今回のダンジョン踏破についてもやりました、と表明はしないわけだろ? だとしたら俺一人で悪魔を倒したことになる……新進気鋭の勇者でさえ踏破できなかったダンジョンを一人で、と主張するのはさすがに無理があるだろ?」
「あ、確かに」
「だからこれでいいんだよ。報酬はもらったし、それで十分さ」
もし信じた場合も、急に強くなってどうしたんだと質問攻めに遭うのは目に見えている。一応頭の中でどう説明するか思い浮かんでいるけど、大層面倒だ。彼女の事情もあるし、黙っておくに限る。
「さて、やることもやったし戻ろうか」
「うん」
セレは頷き、俺達は元来た道を引き返すことにする。
「……ところで」
と、セレは俺に話を向けてくる。
「その力……どういうものなのか、教えてくれたりする?」
彼女自身、身の上を話したのだから、俺に振ってくるよな……とはいえ、理由については答えを用意できる。
「あー、話してもいいけど……そっちと同じく他言無用でお願いできるか?」
「別にいいけど、何か事情が?」
「そんな大層なものじゃないさ。端的に言えば……『異能』だよ」
――武術と魔法に加え、それには該当しない特別な力のことを指す言葉だ。どうやって発現するのかもわかっていないようなものであり、誤魔化すために説明するにはうってつけである。
「ある時、突然目覚めた。能力は……さすがに言わないでおこうか。俺にとって生命線だからな」
「ふうん、なるほど……」
と、俺のことをまじまじと見つめる彼女。なんだか疑っているような素振りもあり、
「……わかった。話してくれてありがとう」
しかしあっさりと引き下がった。納得した様子とは少し違うけど……勘だけど、これ以上無理に追求したらヤブヘビになりそう、なんて考えたのかもしれない。
先ほど彼女は騎士団所属という説明をしたわけだが……雰囲気的にまだ何か隠している気がする。下手に突っ込むとその辺りを指摘されるかも……みたいな感じだろうか。
ただ騎士団所属というのは本当だと思う。まあ俺としても尋ねるようなことはしない。彼女と同じでヤブヘビになるだろうから。
互いに含みを持たせるような状況ではあるが、先ほどの激闘を共に戦ったためか、雰囲気は悪くない。軽快な足取りで、俺は歩き続けた。
やがてダンジョンの外へ出た。時刻は夕方で、前回のダンジョン探索と違い終始戦い続けていたが、まだまだ余裕があった。
このダンジョンは敵のレベルが高かったはずだけど、それすらも踏破できる……強くなったことを内心噛みしめつつ、俺はギルドへ向かった。
そしてダンジョン内の状況を報告する。ここのギルドの人は俺のことも知っているから、さすがに俺が踏破したなどと思うことはなかったようで、明日にでも町の騎士団と調査へ向かう、ということとなった。
悪魔を倒して本当に安全になったかどうかを確認するわけだ……立ち会いの必要はないので、これでダンジョンについて俺の仕事は終了だ。
外に出て、これからのことを考える。ダンジョンを踏破したことで、俺みたいに犠牲になるような事態になることは、あの場所ではなくなった。けれど、根本的な問題は解決していない。
それは、俺を身代わりにしたあの人物……名はガルザ=ボルド。彼の所業はさすがに見過ごせない。
幸い目的地はわかっているので、そこを目指して……ただ、そこへ赴いて具体的にどうするのか。考えようとした矢先、
「おーい、アシル」
横にいるセレが声を掛けてきた。
「これからどうするの?」
「どうするって……晩飯はどこで食べるとかの話か? それとも――」
「両方。もしそちらが良かったら、一緒に食べない? それと、今後旅でもし目的地が同じなら、その道中一緒に行かないかと誘うのだけど」
……俺の能力に対し不思議がってはいるようだけど、強敵と戦って信頼はしてくれている感じだな。
「あー、そうだな……ま、店に入ってから話すか」
「いいよ」
というわけで、俺にとっては馴染みの店へ。壁際の席を陣取って向かい合うように俺達は座る。注文を済ませてから、俺は改めて切り出すことにする。
「えっと、今後の予定だけど……ちょっと人を探すつもりだ」
「人を?」
「因縁……と言えるかどうか疑問だけど、一言もの申したい人間がいてさ。その人が向かった場所へ……そして剣の修行も兼ねてベルハラへ向かおうと思う」
その町の名は――武術使いが多数いる闘技の町。セレの戦いぶりを見て、改めて確信した。
彼女の戦いぶりは技術に裏打ちされた強さがある。それに対し俺は、悪魔を一蹴できるだけの力は得たけど、技量面はまだまだ。それを補うべく、実戦の中で達人と戦う。今の俺なら魔力制御は完璧だし、相手の動きを見極めることもできる……武術使いの技法を体得していくという手法を思いついたのだった。