それぞれの意思
ギルジアの言い分については、まあ理解できる……確かに不安な顔で戦い続けるより、味方の戦意を高めるような勇壮、と表現するような戦いぶりの方が見ていて気持ちが良いし、何より士気も高まるだろう。
「ま、そういうわけで他の勇者と話をしてくるぜ。アシル君は少し待っていてくれ」
結局、そういう風に押し切られて俺は待機することとなった。勇者が来るまでどうしようか、などと考えているとセレンが話しかけてきた。
「どうしたの?」
「実は……」
これからやろうとしていることを話すと、セレンは小さく肩をすくめた。
「そこまでアシルが気を揉む必要はないと思うけどなあ。そもそも私達は遊撃的に立ち回るわけだし、士気の維持は騎士達の役目だし」
「でも、魔王との戦いだ。何が起こるかわからない以上、可能な限りやれることはやっておくべきだろ?」
そう返答した矢先、早速ギルジアが人を連れてきた。
「というわけで、まずは一人目」
「早いな!?」
「元々アシル君に興味があった人間が思い浮かんでいたからな」
「そういうわけさ。よろしく」
と、男勝りな口調で話したのは女性勇者……ややボサボサの黒髪を無造作に後ろで縛った人物。格好は無骨な鎧装備だが、その表面にはどうやら魔力が存在している。何かしら由来のある武具なのかもしれない。
「カーナ=レジェルさ。よろしく」
「ああ、俺は――」
「自己紹介の必要はないさ。しかし改めて話すと、ギルジアが言う通り威厳はないねえ」
「だろ?」
と、ギルジアが賛同するように相づちを打つ。
「ふうん、歴戦の戦士ってのは何かしら雰囲気が出るもんだけど、あんたには一切ないねえ。その辺りの事情って、話してもらえるのかい?」
――現段階で二千年の修行、などという無茶苦茶な話は騎士エルマやセレン、ギルジア達にしか話していない。
「ああ、えっと……」
「む、言いよどんだね。じゃあ言わなくてもいいよ」
「ずいぶんとあっさりだな」
「ここにいる連中は、別に経歴をほじくり返そうなんて人間がいないだけだよ。信頼できるのか? という話についてはそもそもエルディアト王国が大丈夫と判断して招待しているわけだから、そこで身分は保障されたもんだしねえ」
まあ、勇者同士のいざこざはあってトラブルが発生したこともあるけど、それはあくまで勇者同士という人間関係の話。例えば実力がどうとか、あるいは魔族と関連しているのか、とかはエルディアト王国が調査を行っているわけで、ちゃんとした身分は彼女の言う通り保障されている。
「……カーナは、なぜこの戦いに加わったんだ?」
なんとなく尋ねてみると、カーナは腰に手を当て笑い始めた。
「はっはっは」
「……ん?」
「いやあ、あたしは魔族とかを倒した実績とかあるけどさ、実を言うと勇者として活動していて金がヤバかったんだよねえ」
「金……?」
勇者として動いているなら、それこそ色々お金は入りそうだけど。
「正直言うと、ロクな理由じゃないぞ」
と、ギルジアが補足する。それはつまり――
「なあに、酒の飲み過ぎで入った金は全部消えちまうんだよ」
「おいおい……」
「しかも酒場の安酒ならともかく、一度お城で飲まされた酒の味が忘れられなくてさあ」
駄目だこりゃ……頭を抱えそうになる俺に対し、ギルジアはさらに補足した。
「アシル君と比べれば、百倍くらい駄目人間だな。人に迷惑を掛けていないとはいえ」
「まあギリギリ借金とかはしていないねえ。でもそれも時間の問題だった」
「で、この戦いに加わったと?」
「魔王討伐までは自由に飲み食いしていいって言われたし」
なんて俗物的な理由……周囲で話を聞いていた騎士や勇者も笑っている。
「ま、それでも散々好きなように飲ませてもらったし、食わせてもらった。だからまあ、相応の働きはするつもりさ」
けれど、その目には強い意志が宿っている……命を賭して戦う気でいるんだということが、明瞭にわかる。
「……こういう人間も、結構多いぞ」
と、ふいにギルジアが告げる。
「勇者っていうのは千差万別で、何も君や君の仲間みたいに清廉潔白な人間ばかりじゃないって話だ。それこそ、カーナはまだマシな部類かもしれんな」
「失礼だねえ。ま、あたしよりヤバいヤツってのも、確かにいるけどね」
何かを思い出すように、カーナは笑う。
「少なくとも今回の戦いでそうした人間はいなさそうだけどねえ」
「それはエルディアト王国の手腕だろう。俺を含め、それなりに勇者の人柄を判断して招き入れているというわけだ」
「――単純に、実力だけで呼ばれたわけでもないというわけじゃ」
老齢の男性……最初、エルディアト王国の城で話し合いをした際、騎士エルマへ発言した老齢の魔術師がいつのまにか立っていた。
「腕っ節が強いだけの人間なら、この場所にいる以外にも多数いる」
「ま、そういうわけだ」
ギルジアが応じた直後、老齢の魔術師が俺へ近づく。
「オムト=ハイゼルじゃ。頼りない姿かもしれんが、魔法技術を認められてこの戦場に呼ばれた」
「戦歴から言えば、それこそ今回の討伐軍の中で一番だな」
ギルジアが言う……おそらくこの人は、この年齢になるまで戦い続けていたのだろう。
「ふむ、儂自身は別に経験を誇るわけではないんじゃが……もし何か気になることがあれば、相談くらいは乗るぞ? それが魔法の分野であるなら、力を貸せるかもしれん」
淡々と語る魔術師オムト。俺が小さく頷くと、彼は目を細めた。
「ふむ、良い面構えじゃな……まだまだ戦い慣れていない雰囲気もあるが、その実力は誰もが認めておる。その戦いぶり、期待しよう」
「……どうも」
オムトは俺の返答を聞いた後、この場を去った……なんというか、つかみ所のない人だな。
「そういや、オムトさんはこの戦いを最後の戦場にするって言っていたねえ」
ふいにカーナが誰に言うというわけでもなく、口を開く。
「場合によっては、老い先短い自分を盾にして、なんてことを考えているかもしれない」
「……俺としては、犠牲になって欲しくはないけどな」
「全員生還が目標ってわけかい?」
俺の言葉に興味深そうに問い掛けるカーナ。それにこちらは、
「あくまで目標の話だよ……もちろん、並大抵のことではないとわかっている」
「ま、あたしも進んで命を捨てる気はないよ……お互い、頑張ろうじゃないか」
カーナはそう述べてにやりと笑う……それに俺は、頷き返したのだった。




