勇者と威厳
俺とセレンは島を歩き回った後、拠点に戻ってくる。柵に囲まれたそこには天幕ではなく小屋がいくつも建てられていた。
騎士エルマと初顔合わせをした際、数千人ほどの戦力を動員すると語っていた。ただ、この島の規模を見てもそれだけの人員を入れるような余裕はない……と最初思ったのだが、ここへ来てすぐに答えがわかった。どうやら魔王の島周辺には、俺達がいるような島が点在している。
「これだけの準備をするって、相当な時間を掛けているよな……」
と、感想を漏らす。そして魔王はなぜこれを放置しているのかという疑問も残るのだが……ま、仕掛けなどないみたいだし、何かしら理由があるのかもしれない。あるいは、裏切りの魔族が何か仕込んでいるとか……どちらにせよ、俺は知らなくてもいい話なのだろう。
そして、騎士エルマを中心にして騎士や魔術師が作業をしている。どうやら霊脈を利用した強化魔法。その準備を始めているらしい。
それは俺達討伐軍に対する強化だけでなく、この拠点をさらに強固にするための意味合いもある。準備を進める中で、俺は黙々と作業をする騎士達以外に、勇者達へと目を向けた。
最初、城に呼ばれ話し合いを行った時と比べてずいぶんと穏やかになっているし、エルディアト王国の騎士達による指示とか頼みについても、素直に従っているし、ちゃんと仕事をしている。
まあこの辺りはギルジアの一件を含め、王国に対し良い感情を持っていなかった面々がいなくなったから、というのもあるだろう。ギルジアによれば「アシル君の戦いぶりも効果がある」とのことだが……俺自身自覚がないし、とりあえず俺の行動で勇者達が従順ならそれでいいか、などと思ったりもする。
ただ、俺自身一つ懸念がある。
「……なあ、セレン」
「どうしたの?」
「勇者達ともう少し会話とかしておいた方がいいよな?」
向こうは俺のことを知っているかもしれないけど、俺はよく知らない。俺とセレンはギルジア達と一緒で遊撃という役割を与えられているし、勇者と連携をするかどうかはわからないのだが、それでも多少勇者達のことを知っておくべきではある。
無論、滞在中に名前などは見聞きしている。例えばこの場にいる勇者についてはおおよそ名前などはわかっているのだが、逆に言うとそれ以上のことはほとんど知らない有様だった。
「あー、微妙なところだけど……アシルが納得するならやっておいてもいいんじゃない?」
そんな指摘を受け、俺は少し躊躇いつつも勇者と話をすることに。一応騎士エルマの許可をとることにして……ただ、どう喋っていいのかわからないな。
二千年の修行を行った後、俺は様々な出来事を経てここにいるわけだけど、多くの勇者……つまり名声を得ている人間がやるような言動についてはまったくの無知である。精神性は修行をする前とほとんど変わっていない。俺の問題点があるなら間違いなくここだけど、ギルジアなんかに「逆に親しみやすくていいんじゃないか?」などと言われる始末。俺としては釈然としないところがあったんだけど……今回共に戦う勇者などと話をする際、どう声を掛けていいのかわからないところを考えると、この精神性は改善した方が良かったのでは、と思ったりもする。
さて、どうしよう……と、少し悩んでいると俺に声を掛けてくる人物が。
「よお、どうした?」
ギルジアだった。俺は彼へと視線を向け、
「ああ、ちょっと勇者達と話をしようかな、と」
「ほう、話?」
なんだか興味深そうにギルジアは言う。
「唐突にどうした?」
「いや、王城に滞在していた時は自分のこととか、相当の対処とか、そういうのに時間をとられていて勇者達と交流とかできなかったからさ」
「何だ、そういうことか。別にアシル君がそこまで気を揉む必要はないと思うんだがなあ」
ギルジアの横で彼の従者、シェノンもまた頷いている。
「それに、戦場で出会ったとしても、全員勇者という称号を持っているだけのことはあるし、唐突な連携だって対応可能なはずだ」
「そう、かな。あ、でも名前以外のことを知っておくべきとか、そういうのはないのか?」
「共に戦うから、か。律儀だな」
……なんというか、彼とは勇者という存在の見解が違うような感じだな。俺は仲間で言えばカイムのような存在が勇者という言葉のイメージにぴったりだと思っているのだが、どうやらギルジアはヴィオンのような、孤高の存在の方がしっくりくるみたいだ。
「ふむ、能力に対してこの辺りのことがよくわかっていないというのは、修行の過程が特殊だったからか?」
「まあ、そうだな」
俺が同意するとギルジアは「わかった」と一つ呟いた。
「よし、なら俺が仲介してやろう」
「え?」
「ちゃんと連携がとれるかとか、あるいは自分がどういう風に見られているとか、そういうのが気になっているってわけだ。で、話しかけにくいのなら俺が色々と動き回ってやるさ」
「……ずいぶんと、世話を焼くんだな」
「この戦いの主役になるかもしれない人間の補助だ。そりゃあするだろ」
「主役、ねえ」
果たして本当にそうなのか……無茶な修行で強くなり、おそらく今回の討伐軍の中で俺が一番強い……かもしれない状況でギルジアが支援するのは、ある意味で当然なのかもしれないけど、主役と言われたら首を傾げたくなるな。
そんな様子を見たギルジアが、これみよがしにため息をついた。
「もう少し自覚を持ってもらいたいな」
「……自覚がないと何か問題があるのか?」
「戦場に立ったなら、影響が出るかもしれんぞ……おそらく、この戦いで最後まで立ち続けるのは君だろう。であれば、必然的に君は前線で戦い続けることになる」
本当にそうなるのか不明だけど、まああり得ない話ではない……と思う。
「つまり、騎士や勇者は君の背中を見ながら戦うわけだ。そういう状況でヘコヘコしていたら、威厳も何もあったもんじゃないだろ?」
「威厳、ねえ」
「威厳まで持てとは言わないが、最前線に立っていながら不安げにしていたら、それだけで士気が下がることだってある。だからまあ、傲慢な勇者みたく、どっしり構えていてくれた方が、こちらとしても思う存分戦えるってわけだ」
そんなギルジアの主張に、俺は押し黙った。




