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万の異名を持つ英雄~追放され、見捨てられた冒険者は、世界を救う剣士になる~  作者: 陽山純樹
第三章

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嵐の前の静けさ

 潮騒が俺の耳を一時満たし、さらに潮の香りが鼻腔をくすぐる。俺はエルディアト王国へ来る際に船に乗っていたが、船の上から見えるのは主に大海原だけであり、今のように白い砂浜を伴って見る景色は、なんだか少し違っていた。


「綺麗だねー」


 隣にいるセレンが呟く。俺達の眼前には白い砂浜と、青い海。海面は透き通るほどで、波打ち際には蟹などもいる。目を凝らせば、綺麗な海に魚が泳いでいることもはっきり見えた。

 そして……白い砂浜から真正面。少し離れた場所に、大きな島が一つ。それこそ、俺達が目指していた魔王グラーギウスが居城を構える島であった。


「まだ、気配は感じられないな」

「――というより、魔法により気配を消しているっぽいな」


 それはギルジアの声だった。振り向けば、従者のシェノンと共に近寄ってくる姿が。


「島の周辺は魔物や悪魔だらけかと思っていたら、意外な展開だったな」

「そうだな……索敵は済ませたのか?」

「ああ、さっき騎士エルマが報告を受けていた。俺達が転移したこの島……拠点には、魔物の姿一匹すらない」


 ――俺達は、エルディアト王国の王都を出て転移魔法によりこの島へ辿り着いた。転移魔法陣へ踏み込む寸前、臨戦態勢に入ったのだが……魔物がいなくて拍子抜けしたくらいだ。

 喉元に刃を突き立てているというのに、向こうは悠長……それはあくまで魔王は俺達に眼中がないのか。あるいは誘っているのか。


「……どう思う?」


 俺はギルジアに尋ねてみると、彼はやや大げさに肩をすくめた。


「正直、こればかりは魔王に尋ねてみないとわからないが、まあ意図してのことだとは思うぜ」

「とすると、誘い込んでいるってことか」

「騎士エルマも同じ見解だったな。まあこっちも敵襲を察知できる手はずは整えているから、奇襲攻撃は問題ないはずだ」


 ギルジアはそう言うと、俺に背を向ける。


「アシル君は島を見て回るといい。俺は騎士エルマと仕事をしてくるさ」


 シェノンが小さく会釈し、ギルジアと共に立ち去る。俺とセレンは一度視線を合わせ、


「……島内を調べてみるか」

「そうだね」


 ギルジアの言葉に従い、移動を開始したのだった。






 騎士エルマを始め転移した騎士の多くは拠点の整備を行い、勇者達はそれの護衛をしたりする者もいるし、俺達のように島を調べ回る人間もいる。事前に物資などの搬入は済ませているらしく、転移してきた時点でも寝泊まりできるくらいのものだったが、そこからさらに結界を張るなどの準備に勤しんでいるようだった。

 そうした中で俺はセレンと話し合う。その内容は、魔王について。


「魔物一匹すらいないというのは、こちらが来ることを誘っているという可能性が濃厚だが……」

「さすがに眼中にない、ってことはないか」

「最初から俺達に関心がないなら、そもそもエルディアト王国にレドやジャックを派遣してはいないだろ」


 俺の指摘にセレンは「そうだね」と応じる。

 まあ、元々魔王グラーギウスが何をしているのかわからないため、不気味さはあったわけだが……もしかすると全て同じ理由で繋がっているのかもしれない。


 魔王が何をしているのかという理由については解明できていないし、討伐するだけだったら調べる必要性がない……これはここへ来る前から考えていたことだが、それでもなお不安はあった。知らなければ、致命的な何かがある……そんな風に思えてしまうような不安が。

 ただ、不安ばかりで討伐に尻込みしていては勝てないと、俺は感情を押し殺してここまで来たが……魔物がいないこの島を目の当たりにして、確信した。魔王は何かをやっている。しかもそれは、おそらく本拠地に踏み込まなければ解明できない。


「……どうやって、戦う?」


 ふいにセレンが問い掛けてきた。海岸線を歩いていて、魔王の島が今も見える。


「そこについては、騎士エルマの作戦次第だな。俺達は遊撃として動いていいと言われているが、状況によって立ち回りはいくらでも変わる」

「ある意味、おまかせだから大変だけどね」

「セレンは命令があった方がやりやすいか?」

「騎士だからね。でも、なくてもなんとかなるよ」


 一人でダンジョンに潜るくらいだし、指示がなくとも戦えるだけの戦術や能力はあるってことだよな。愚問だったか。

 俺は一度魔王の島へ目を向ける。外観からは中の様子を窺い知ることはできない……というのも島の周囲は断崖絶壁であり、上陸するのも一苦労そうであるためだ。


 ただ、今回はその懸念はまったくない。というのも、魔王の島へ侵入することについても、転移魔法によるものだからだ。

 これはエルディアト王国に寝返った魔族ブルーによる魔法だ。話によると彼は魔王の島から脱出する際にいくらか仕掛けを施した、再び帰ってこられるように……ただそれは、再度魔王に忠誠を誓うためではない。魔王を倒すために……作戦の一つとして、残した仕掛けだ。


 それを基にして、転移魔法を行使する。もし魔王に見つかっていたらまずいことになるのだが、魔族ブルーはそうした対策をして、なおかつ人類の技術も加えている。いかに魔王とて、最近考案した魔法……未知の技術については、対応できないはずだとのことだった。


「いつでも魔王の島へは踏み込める……けど、もう少し先かな?」

「まだ完全に準備は整っていないからね」


 騎士エルマを始め、エルディアト王国はさらなる戦力増強策があった。というのも、俺達がいる島には霊脈が存在している。それを利用し、強化魔法を施そうということらしい。

 それを行った上で、転移魔法により魔王の島へ踏み込む……あの内部に入ってしまえば、勝って生き残るか道半ばで倒れるかの二択。そして、おそらく俺達が負ければ人類は、


「……俺は、全力を尽くすだけだな」


 そう結論を述べた。魔王の技術を持っていたレドを打ち破った、二千年という歳月の修行によって得た力。さすがにこれが魔王を倒すために得たものだなんて言うつもりはないけれど、魔王を打倒できる一助にはなれるかもしれない。

 島に来たことで決戦が近いけれど、今はまだ穏やか……まさしく、嵐の前の静けさといった空気だった。


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