出立の朝
そして――俺達は出発の日を迎える。その日の始まりはとても穏やかで、朝は綺麗な快晴だった。
「さて……」
支度を済ませた俺は、一度部屋を見回す。結構滞在していた無駄に広い部屋だったが、今ではもう慣れてなんだか名残惜しくもある。
戦いが終わったら、おそらくここには戻ってこない……いや、戦勝報告に一度赴くだろうから、その際にもう一度泊まるだろうか? どちらにせよ、長々と滞在することはないだろうから、フカフカのベッドでゆっくり眠れるのも今日までか。
この国へ来て色々あったが、最終的に良い形で決戦の日を迎えることになったかなと思う。しばし俺は部屋の中を眺め……意を決するかのように扉へ視線を送り、部屋を出た。
そして廊下を歩き出す。集合場所は城門前。城内は慌ただしいかと思ったが、前日までに準備は済ませていたせいか、俺が予想していたよりは穏やかな朝だった。
そして道中で仲間……セレンと合流する。
「おはよう、アシル」
「おはよう」
「体調はどう?」
「問題ないよ。そっちは?」
「私は絶好調」
笑みを浮かべるセレン。俺はそれに笑い返し……ふと、先日セレンと町を見て回った時のことを思い出す。
彼女は最後に……ただ、今言及することではない。戦いが終わってからかなあ、と思っている間に他の仲間であるカイムやヴィオンとも顔を合わせた。
「今回、俺達はサポートに回るつもりだ」
と、ヴィオンは俺やセレンへ告げる。
「多数の勇者がいる場所で、自分の実力にも気づけたからな。なんというか、まだまだという言葉がしっくりくる」
「ずいぶんと殊勝だな」
俺の言葉にヴィオンは肩をすくめる。
「色々あったからな。そりゃあ自分の実力を見つめ直すことくらい、するさ」
「……俺としてはヴィオンやカイムの力は心強い。サポートに回るにしても、絶対に貢献できるはずだ」
「そう言ってもらえるとありがたい」
「カイムも、頼むぞ」
「うん」
頷くカイム。因縁と決着がつき、彼の顔はどこか清々しいものだった。
レドやジャックと魔王決戦前に遭遇できたのは、ある意味で良かったのかもしれない……などと考える間に、城門前に辿り着いた。そこには既に多数の騎士と勇者が待っており、その中にはギルジアと従者であるシェノンの姿もあった。
「よお、体調はよさそうだな」
「おかげさまで……そっちは問題なさそうか? 確か昨日まで、色々と動き回っていたよな?」
「まあな。でも騎士さんが配慮してくれたおかげで、最後の三日間くらいはゆっくりできたぞ」
おかげで元気だ、と言いたげにギルジアは笑みを作ってみせる。
やがて、俺達の前に騎士エルマが姿を現した。それを機にザワザワとしていた喧噪が収まっていく。結果的に自然とエルマの言葉を聞く流れとなり――
「……まず、この日を迎えられたこと、感謝します」
そう切り出し、彼女は演説を始めた。
「魔王討伐の寸前、魔族が襲撃に来るという事態にも見舞われましたが、それを英雄の方々が対処したことにより、事なきを得ました。しかし同時に魔王という脅威について、私達は認識した……生半可な覚悟では、絶対に勝つことのできない存在であると」
騎士は黙って話を聞く。それに釣られるようにして、俺やセレンを含めこの国に招かれた勇者達もまた、話を聴き入る。
「多数の犠牲を伴う戦いでしょう。しかし、私達は果たさなければならない……この場に集う者達の名は、このエルディアト王国がしっかり刻みます。歴史に名を残す栄えある皆様に祝福と、健勝を」
その言葉と共に、騎士が吠えるように鬨の声を上げた。厳しい戦いが待っている。それは紛れもない事実だが、それでも勝つために……騎士達は世界を救うために、戦うつもりでいる。
それはこの国に招待された勇者達も同じだった。おそらく長い滞在期間で、エルディアト王国がどのように戦おうとしているのか知ったから……彼らもまた、騎士達の反応に触発されて、声を張り上げていた。
士気が高まり、魔王へ挑むための意志が一つになる……その中で俺とセレンを含めた仲間達の反応は少し違っていた。
「少なくとも、誰かが裏切って逃げ出すなんてことにはならなそうだな」
ギルジアもまた、この状況を客観視していた。
「意識が一つになった……この討伐軍は相当に強固だ。魔王としても手を焼くに違いない」
「本当に、そう思うか?」
俺は逆に彼へ問い掛けた。
「魔王に対抗できるだけの力を有しているのは事実……でも――」
「わかっているさ、魔王グラーギウスという存在が何をしでかすのかまだ判然としないところがある。本当に勝てるのか……それは、実際に魔王へ挑まない限りわからない。だが、少なくとも人間同士で争うような展開にはならない。それだけでも、相当勝率が上がると思わないか?」
歓声が湧き立つ中で、ギルジアは冷静に語る。俺もそこには同意だが……いや、いつまでも不安を抱えていても仕方がないか。
「後は、俺達がやってきた鍛錬の成果が、魔王に通用することを祈るだけ、か」
「そういうことだ。自分を信じなければ、勝てるものも勝てなくなるぞ」
その顔には微笑が浮かんでいた。少なくとも目の前の状況に対し、一致団結した姿を見てギルジアは満足げだった。
そして俺達は、王都を出るべく動き始める。大通りにはたくさんの人がいて、出陣する俺達のことを祝福しているようだった。
「……アシル」
そうした中、横にいるセレンが俺に声を掛けてきた。
「必ず、魔王を倒そう」
「そうだな」
決意を秘めた彼女の言葉に俺は頷く。例え懸念を抱いていても、その決意だけは一切変わっていない。
俺はこれまでのことを振り返る。二千年の修行、万の異名なんて言われるようななったこと、そして様々な人との出会い……あまりに激動過ぎる出来事を通じ、それらは全て魔王を打ち破るために必要なことだったのではないか。そんな風に感じられる。
二千年の修行をして強くなった理由を見いだすとしたら……俺自身が力を手にしたかった以外に、魔王グラーギウスを倒すため、なのかもしれない――
「魔王……」
複雑な感情を内心で抱えつつ、俺は騎士や仲間と共に進んでいく。いよいよ、始まるのだ……そんな風に考え、俺は全身に力を入れたのだった――




