覚悟
残るジャックについても、俺達はレドを倒した後に撃破した。
そこについては、特に語るようなこともなかった。レドが消えたことにより明らかにジャックには隙が生まれた。これだけの力を得ても、駄目……という事実が、どうやらジャックを大きく動揺させたらしい。だからなのか、俺や仲間が戦線に加わった段階で動きも相当鈍くなっていた。
最後はセレンと騎士エルマの剣戟が、トドメになった……俺は終始援護に回り、魔王軍の排除に成功した。
「……脅威ではあったが、魔物が散ることなく全て殲滅できた。そこについては良かったな」
と、ギルジアが戦いの後に総括した。
「ただ、懸念も生まれた。ああした技術、魔王以外に持っているかは不明だが……」
「いざとなれば、如何様にも扱えますね」
騎士エルマがギルジアの言及に応じる。
「魔王との決戦まで時間はありませんが、早急に対策を講じる必要があります」
「できるのか?」
「やらなければ、私達は負けるでしょう」
騎士エルマはそう告げると俺を見る。
「アシル様に頼ってばかりでは駄目ですしね」
俺は沈黙する……強大な力を抱えた存在を真正面から打ち破ったのだ。元々俺は勇者や騎士の中でも一目置かれていたわけだが、ここからさらに評価が変わりそうだ。
ま、この辺りは気にしていても仕方がない……と思うことにする。
「ともかく、勝利はした……予定通り魔王の本拠へ向かうってことでいいんだよな?」
「犠牲者もゼロです。当然ですね」
エルマの返答に対し俺は小さく頷く……そこで、朝日を眺める。
魔物も魔族も全て消え去り、すがすがしい朝がやってきた。俺達の新たな戦いを祝福しているなどと言うつもりはないが、何か始まりそうな……そんな予感を抱かせるような、朝焼けだった。
俺達はその後無事帰還し、改めて騎士エルマは魔王討伐の準備を始めた。その仕事ぶりはとんでもなく、休まなくていいのかと思うほどだったのだが……彼女から「心配ない」と返答してきたので、俺はとやかく言わなかった。
一方で俺やセレンは休むことに……部屋にいるとギルジアがやってきて、魔王との戦いについていくつか言及をした。
「今回の戦いぶりから、信頼における勇者なんかは隊に組み込む可能性もあるって話だ。その中にはそちらの仲間の名前も挙がっている」
「ヴィオンやカイムか……俺達は国のやり方に従うし、カイム達もそれならそれで同意すると思う」
「悪いな……で、今回の活躍で君のことを表彰しようなどという話が上がっているようだが、どうだ?」
「いやいや……」
俺は首を左右に振る。
「そもそも、魔王との戦いは始まってもいない。あれは前哨戦レベルだ。表彰云々はともかくとして、喜ぶのは早すぎるだろ」
「そうだな。なら俺からそう伝えておくとしようか」
「……そっちも、色々大変なんだな」
国の関係者でもないのに、なんだか色々と仕事を押しつけられている感じだ。
「まあこれは率先してやっている面もあるからな」
「率先?」
「国と上手く付き合うには、信用されて仕事を任されるのが一番って話だ」
なるほど……納得しているギルジアはニヤリと笑う。
「今後、どういう身の振り方をするのであれ、国とは上手いこと付き合わないといけないぞ?」
「……努力するよ」
ギルジアは俺の返答に笑いつつ、部屋を去った。その後、俺は彼の言ったことを思い返して思考する。
「身の振り方、か」
魔王との戦いが終わり、打倒できたのであれば根無し草として旅をするつもりだけど……それについて国が放っておかないのであれば、ギルジアの言うように色々と処世術を習得するべきだろう。
「といっても、一朝一夕で学べるものでもないし、強さによって危険視されないよう、腰を低くして立ち回るのが今は最適かな」
力を持つが故の悩み、というのはなんだか奇妙だが……それが必要であるなら、やるしかない。
そして次に浮かんだのは魔王グラーギウスについて。奇襲部隊を用意するほどである以上、向こうも人間側が動いているのは知っているばかりか、逆にそれを利用して、という節もある。策略という面でも注意すべきかもしれない。
「一体、魔王は何をしようとしているんだろうな……?」
その中で目的についてはまだ不明瞭……別に解明する必要はないかもしれない。ただ、俺は言い知れぬ予感があった。これを放置すれば、何か取り返しのつかないことになるのではないか、という――
根拠は一切ない。でも、魔王がやろうとしていることは、おそらく俺達の想像もつかない何かであるのは理解できる……もしそれが魔力を利用した何かであれば、俺の力でも対処しきれない可能性は高い。魔王の本拠へ踏み込んでからも情報を集めるべきか?
そんな余裕があるのかどうかもわからないが……戦いの中で何かをつかめたのであれば、魔王との決戦の際に役立つかもしれない。
とすれば、狙うのは魔王のいる居城とかではなく、研究機関とかだろうか……次元の悪魔などという存在が生まれた経緯がある以上、何かしら人間の真似できない技術を保有している。そこから何かしら情報を得ることができれば――
「真相が判明した段階で、退却するなんて選択肢はないかもしれないけど……」
この国は最後まで戦い続けるだろう。騎士エルマを見ていればわかる。魔王の本拠へ向かい、死ぬまで戦う……少なくとも命を捨てる覚悟を持っている。魔王を倒すための舞台である以上、死ぬ覚悟はとうに済ませているだろう。ただ、生還するつもりはない……むしろ自らのことを犠牲にすることすらいとわないような雰囲気がある。
俺はそんな風に考えるのは難しいし、他の勇者だって同じだろう。でも、気持ちは絶対に一致している。すなわち、できる限り犠牲を少なくして、勝つと。
「そもそも魔王を倒せなければ全滅同然だけど、な」
仮に援軍が来たとしても、それで倒せるとは思えない魔王だが……俺はここで頭を振り払った。思考がずいぶんと否定的になっている。
大丈夫、信じろ……仲間や騎士に対しそう呟き、俺は寝るかと思いベッドに転がることにしたのだった。




