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才能なしの冒険者

「アシル……今日限りで、パーティーを抜けてくれないか」


 場所は酒場の一席。突然話があるからと言われ、パーティー全員が集まった瞬間に俺はそう言われた。

 そして聞いた瞬間、ああやっぱりかと心の中で嘆いた。


 俺へ宣告した相手は勇者――そう呼ばれ、仲間から、世間から、そして何より国から認められ期待を寄せられている人物。その後方支援役として俺は一年ほど前から彼と共に旅をしていた。当初仲間は俺一人で彼もどこか頼りなかったのだが、一ヶ月経つごとにメキメキと頭角を現し始め、評判も上がって異名なんかもついて、心強い仲間も加わった。


 現在、パーティーの人数は俺を含めて合計五人……その中で数日前、パーティーの一人が新たな仲間を推薦した。俺と同じ後方支援役で、剣に加え魔法まで高レベルで扱える……そんな人物だった。

 推薦した仲間は少人数のパーティーで後方支援役は二人もいらないと主張。よって、俺か新たな仲間かどちらを残すか勇者は選択に迫られた。ただこのパーティーは基本的に仲間と相談して物事を決める。よって、最後は俺と仲間候補以外のメンバーによる多数決……それで俺に解雇通告を出したのだ。


 もし俺に新たな仲間と同等の実力があれば、残留の可能性もあった。けれど俺の実力は……目の前の勇者と同じ量の鍛錬は重ねていた。仲間が寝静まった夜、密かに剣を振る日もあった。けれど、まったく強くなれなかった。


「……わかった。今までありがとう」


 俺は淡々と返事をした。この決定に抵抗はできただろうかと考え、無理だとすぐに悟った。俺と似たような人をパーティーに引き入れたのは間違いなく俺を追い出すためで、最初からこの結末は確定していた。

 パーティーの中で一番古株だった俺に対し、勇者以外の仲間は厄介者だと感じていたようだし……遅かれ早かれこうなった。


 勇者は席を立つ。あまりにあっけない別れ方だが……元仲間が一人、また一人と席を立っていく。そして最後に残っていた男性……新たな支援役を推薦した戦士は、俺へ言った。


「良かったじゃないか、これで旅が終われて」


 言葉とは裏腹に、彼の声はひどく冷たいものだった。


「お前の旅はもう終わりだ。冒険者を辞めて故郷にでも帰れ……無能がこれ以上あがいても、死ぬしかないぞ」


 そう告げた後、彼もまた酒場を出て行く。一人取り残された俺は……しばらくの間、立ち上がることもできなかった。






 子どもの頃、本で読んだ勇者が魔王を打倒する実話の物語……それに憧れ、俺は冒険者になりたいと思った。いつか自分もまた勇者に――そんな願いを携えて故郷を飛び出し、剣を手に取った。

 どこかの都市で魔族を討ち果たし凱旋する勇者の姿を見たことがある。騎乗し、大通りを仲間と共に進む光景は今でも心に残っている。沿道にいる人々に手を振る姿を見て自分もあんな風にと思い、ひたすら修練を重ねた。様々な剣術を学び、魔法も必死に勉強し、色々な人物から話を聞き、時には師事した。


 だが、現実は厳しかった……知識は得た。しかし才能がなかった。師事した人物から「お前には才能がない」と言われ続けた。それでも諦めきれず、知識を増やし冒険者として大陸を渡り歩いた。教えを受けたある魔術師からは「無限の時間があれば、その知識を活用して強くなれる」と言われた。実質才能がないと言いたいのだろうが、俺は決して諦めなかった。

 正直、多数の知識を得て勇者という存在に手が届かないことはわかってしまった。でも、俺は冒険者を続けていた。それを人は単なる無謀と捉えるか、それとも――


「よし、次に行くぞ!」


 大柄の戦士が声を上げた。周辺にいた仲間は声を上げ、俺は背のリュックを担ぎ直して追随する。


 勇者パーティーから追い出されて数日後、俺は別のパーティーで後方支援役をやっていた。あの後、どうするべきかと仕事を探していたところ、元勇者パーティーの支援役ということで、声を掛けてきた男性がいた。彼によると今いる町近くのダンジョンに入るということで、その手伝いをして欲しいと。

 ただ彼らは色々と噂もある……主に悪い噂が。ガラが悪いとかそういう面だけではなく……でも今の俺には選択肢がなかった。とりあえず今回限りではあるが、もし首尾良く動けたなら本採用もあるということで、俺は必死に働いていた。


 しかし同時に不安もある。今回入り込んだダンジョンは過去、魔王の配下である魔族が根城にしていたもので、町の近くではあるが奥深くには強力な魔物がいる。現在魔族はいなくて地上に魔物が出てくることもめったにないが、魔族の側近だった悪魔がダンジョン最奥を守護しているとのことで、ここの危険度は相応に高い。

 無論見返りも多く、出現する魔物を倒すことで得られる素材だけでも結構な金額になるし、噂では魔族が貯め込んだ金銀財宝があるなんて話もあるため、悪魔を倒せば一財産かもしれない。


 ただ元いた勇者パーティーは一度入ってレベルが足らないと引き返した。そして現在のパーティーは……勇者と比べると、能力は低いように感じられた。

 とはいえ深層にまで到達しなければいいか……などと考えていた時、誘ってくれた戦士であるパーティーのリーダーが声を掛けてきた。


「アシル、首尾はどうだ?」

「あ、ああ。ここまでは良いと思う」

「そうか。支援も上手いし、町へ戻ったら今後どうするかは相談しようぜ」

「わかった。とにかく、頑張るよ」


 その言葉でリーダーは「頼むぞ」と返事をして俺の所から離れた。時折彼が見せる眼光が鋭いのは気になるけど……周囲を警戒しているのだろうと解釈して、後を追うことに。

 さらにダンジョンの奥へと進んでいく……と、ここでリーダーが声を上げた。


「ここからヤベえ敵が出てくる。そいつは『次元の悪魔』と呼ばれているヤツなんだが」


 次元……確か、このダンジョンに出てくる特殊な敵で、俺も冒険者ギルドにあった資料を読んでメモをした記憶がある。


「そいつは俺達人間を異空間へと取り込んで食らう存在だ。異空間の中でその悪魔の力は絶対無敵。脱出したなんて話はごくわずかで、とことんヤバい。出たら一目散で逃げる……俺が叫んだら全力疾走だ。もう少し先へ踏み込むが、辺りを警戒するように」


 指示に俺を含めた面々が一同頷き、進んでいく……その間に俺は『次元の悪魔』について思い出そうとする。リュックにあるメモ用紙を取り出せれば良かったけど、さすがにそんなことをしている余裕はない。


 もし自分に、対抗できる力があれば……ふと元いたパーティーの勇者を思い出す。この世界には魔物を率いる魔王という存在がいる。それに対抗できる存在として認められたのが勇者。無類の強さを持っていたり、あるいは神様から何かを授けられたり……言わば選ばれた者だ。

 そんな存在に憧れて俺は剣を振り続けた。結果は強くなれず、後輩にも抜かれ続ける。でも俺は、諦めたくなかった。それは今までやって来たことが無駄ではない……そういう証明をしたかったからだ。


 次の階層へ入る。このダンジョンは大洞窟で、天然の要害を利用して魔族はすみかとしていた。最下層には建造物が存在しているらしいが、そこまで到達した人間はほとんどいなかったはず。

 リーダーはそれを目指しているのか、あるいは素材目当てなのか……と、前方に敵の姿。仲間が全員剣を向け、臨戦態勢に入った……その直後だった。


 ふいに、左側に違和感を覚えた。気配を察知した、とも少し違う。もし魔物が急に現われたら、俺も察知することができる。けれどその時は、何も感じ取ることができなかった。

 言わば直感とでも言うべきだろうか? そこでリーダーが左へ視線を向けた。そして、


「出たぞ!」


 叫んだ瞬間、弾かれたように仲間達は全員走り出した。同時、俺は首を左へ向けた。そこに、子どもくらいの大きさを持った魔物――いや、悪魔がいた。

 漆黒の細い体を持ち、悪魔を象徴する細長い尻尾が揺れている。顔つきは……キツネのように鋭く、細い目は視線がどこへいっているのかまったく読み取ることができない。


 あれが次元の悪魔――頭で理解すると共に、俺は足を動かそうとした。けれど他の仲間達よりも数歩遅れたことで……何より、荷物の重さと戦士としての能力の低さから、決定的に対応が遅れた。

 体を反転させ逃げようとする。だがそこで俺は、退却寸前で数歩先にいたリーダーと目が合った。


 その瞳は、恐ろしい程に冷たかった。


「悪いな」


 それだけ。直後、理解した。俺は……もし次元の悪魔に遭遇したら、他の仲間を無事に逃がすため、身代わりとして……最初から利用し、見捨てるつもりで仲間に誘ったのだ。

 その事実に俺は……怒りも悲しみもなく、ただ驚愕し――何かが肩に触れた。


 それが悪魔の手であると察した矢先、視界が歪む。仲間達の姿が見えなくなり、意識が飛び……俺は次元の悪魔に捕らわれてしまったのだった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 期待できる始まり方。 楽しみです。
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