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君の本は(後編)

 この古川書店は個人経営ということでそんなに広くはない。入り口を入ってすぐ左にレジカウンターがあり、数歩歩いた先が三股に分かれ中通路を挟んで一番奥で合流できる。上から見ると縦に長い「甲」のような店内になっている。

 エロ本がある棚は甲で言うと左上の角。一部の棚がエロ本コーナーであるが両手を前に突き出した人の暖簾があるわけでもなく、ただ普通に並んでいるのでその付近に行っても怪しまれることはないが、立ち止まって本に手を伸ばせばすぐにわかる。なので

「(巻月さんに見られずに本を確保する必要がある)」

 そのためには常に巻月さんの居場所を把握しておかなければいけない。取れる策はある。

「巻月さんは何の本を買うつもりなの?」

「わ、私!? 私は……えっと、ファッション雑誌でもみようかな~。あ! 淵神くんは何をお探しで!?」

「俺は写真集でも見てこようかな」

「……エッチなやつ?」

「世界の風景に劣情を抱くならエッチだな」

 ですよねー。といい右側の通路に向かう巻月さん。計画通り。

 ファッション雑誌はエロ本とは反対の通路にある。そして全く興味はないが風景写真集を買うと言ったのはそれがエロ本のすぐ隣にあるがゆえ。

 速足で写真集コーナーにたどり着く。ポジショニングは完了。チラ見で新刊が収まっている場所も確認。あとは気づかれないうちに本を手に取ってお会計――

「っ!」

 第六感が警鐘を鳴らす。本に手を伸ばした先にある触手ではない所から触手の気配がする。気配の正体を見るために首を動かさず眼球だけで視界を広げると。いた。

「(細い触手が本棚の角からのぞき込んでいる……だと!?)」

 胃カメラくらいの細さの触手がちろちろとこちらの様子を窺っている。先端にカメラ的なものは見えないが、あれでおそらく見えているのだろう。一体なんの目的で監視しているかはわからないがどうにかするまでは写真集を見ているふりをしておかなければ。

「ね、ねぇ淵神くん。いい本あった?」

 しばらくすると本体も本棚の角からのぞき込んでくる。

「え、あぁうん。小さい店だけどそれなりに種類があって迷っちゃうよははは」

「そうなんだー……ふん!」

 ヒュオン!

「? 今後ろで何か音が」

「き、気のせいじゃない!? それよりほら! 早く買うなら買わないと学校に遅れちゃうよ?」

「そうだな。うん、そう……だな」

 エロ本を買うときに一番気を払わなければいけない時が、レジでのお会計の時だ。

 持ち運ぶときは別の本を重ねて持つことでブロック出来るが、レジのバーコード読み取り時にそのガードは崩される。

「(つまり見られないためには相手より後に会計をしなければいけないということだ!)」

 先にお会計をし、順番待ちで後ろに並ばれているときに見られでもしたら今までの苦労がパァだ。何としても後攻を取らねばならない。

「巻月さんこそ、迷っている俺に構わずレジに行ってもいいんだよ?」

「い、いやーその、ね? 私はほら、ちょっと小銭が足るか数えないといけないから。ははは」

 後攻を取ることが必要なのは巻月も気付いている。ゆえにこのようなギクシャクした譲り合いが繰り広げられている。

 しかしこの戦法も長くとれるわけではない。二人は学生なので当然学校がある。会計作業が絶望的に遅いおじいちゃん店員のことも考えればもうすぐにでもレジに向かいたいところである。

「(遅刻覚悟で粘るか……いやダメだエロ本を所持している状態で目立つわけにはいかない。覚悟を、決めるか)」

目的のエロ本と世界の風景百選を手に取りいざレジへ。ところがその途中で向かい合うようにばったりと目が合ってしまう二人。

「巻月さんもレジかな? 先に行ってもいいよ?」

「いやいや! 淵神くんこそどうぞどうぞ!」

 エロ本を買う者同士考えることは全く同じ。後攻を取りたい二人は邪な譲り合いの精神を披露し続ける。

 埒が明かずたどり着いたのが。

「「これください!!」」

 二人同時にお会計するというなんともハタ迷惑な珍行動であった。

 それでもマイペースにお会計を始めるおじいちゃん。震える手で本を手繰り寄せる。

「巻月さん! ちょっとこっち向いて話をしようか!」

「そうだね淵神くん! 偶然! 偶然私も同じこと考えてたよ!」

 ガードが崩れ表紙がもろに見えているので何としてでも向かせまいと神経を研ぎ澄ませてお互いが見つめ合う。はたから見ればレジの前でいちゃつくカップルに見えたかもしれないが、二人の思惑にはそんな愛くるしい感情など入り込む余地などない。己の人生が懸った逼迫の場面である。

「あっち向いてホイしようよ! それも上下のみ縛りで!」

「その提案乗った! じゃんけんぽん! よし来い!」

「いくよ! あっち向いてホイ!」

「ちょ! 分裂して上下両方刺すのは反則だろう!?」

「お客ひゃん。お会計が済みましふぁ。こっちのおにいしゃんが――」

「「遠慮はいらねぇ釣りはとっときな!!」」

 文字通り身銭を切る勢いで千円札を二枚叩きつけ、エロ本の入った紙袋を奪い取り店を出た。

「よ、よぉーしそれじゃあ学校に向かいますか!」

「そうだね! なるはやで行ってみよう!」

 お互い買った本の詮索をされたくないがために速足で歩き、天気がどうとか株価がどうとか全く当たり障りもない話題を繰り広げ続ける。

 両者苦労の甲斐あってか本に触れることなく学校に到着する。まぁお互いが絶対に話題を振らないようにとしているので口に出るはずもないが。

「じゃあ俺はトイレ行ってから教室に行くから!」

「あぁ私も自販機で飲み物買うから、また教室でね!」

 またもや考えることは同じく示し合わせたように二手に分かれる。トイレや飲み物が本命ではない。苦労の末手に入れたお宝を確認し、安全に隠す必要があるからだ。

 しかしここで重大な事件が明るみになる。トイレの個室で紙袋を開けた淵神は

「ファ、ファ……ファッション誌……だと……!? はっ!」

 方や自販機の陰では

「なんで、せ、世界の風景百選が……あっ!」

 レジで会計をしたあの時である。お互い見られないことに必死で紙袋を奪い取ったあの時、中身が見えないがゆえに取り間違えてしまったのだ。目の前に用意されたから無意識に自分の分だと思い込んでしまって。

「これってつまり」

「お互いの買った本が」

「「入れ替わってる!?」」

 お互いの高校生活をかけた大きな戦いの、思いがけぬ第二幕を告げるようにホームルームの予鈴が鳴り響いた。

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