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君の本は(前編)

 4月は春だといえどまだ肌寒い日がないわけではない。それも日が昇り切っていない早朝だとなおさらだ。そんな寒さにも耐え俺は徒歩で通学している。

 しかし時間としては余裕がありすぎる。それに学校へ向かう道から少し離れている。それはなぜかといえば。

「今日発売の本を買うためだ!」

 そう。今日は待ちに待った定期購入している本の発売日。この日のために日々の学業を頑張っていると言っても過言ではない。いわゆるご褒美というやつだ。

 それにしてもこんな早朝に買いに来る必要があるのかと、別に放課後でもいいのではないかという者もいるだろう。この冷え冷えとした寒空の下を歩いていることにはきちんと意味がある。

 まず大前提として俺が今から買おうとしているものをはっきり言おう。エロ本である。より具体的に言うならば触手プレイ満載のエロ本である。

 別段最近の奇妙なことがあったからこのジャンルの本を買おうとしているわけではない。元から大好物なのだ。いや、もはやこれは一種の芸術鑑賞に他ならない。語りだすと長いので、続きは同志を見つけてからにする。

 エロ本ということはもちろん18禁である。高校生になりたてほやほやの俺には禁書といえる。普通の本屋で買おうと勇気を出してレジに持って行っても一笑に付すがごとく年齢確認からのお断りをされるだろう。

 しかし今から向かう「古川書店」は店主が九十のおじいちゃんで、特に咎められることはない。むしろ会計を震えながらしている様子を見るとお客や本が見えているのか心配になるほどだ。それでも計算は出来ているし、お釣りもちゃんと返ってくる。震える手で渡してくるのでめっちゃこぼれ落ちるが。

 その上学校から少し外れにありなおかつ狭い路地の奥の方でひっそりと経営しているので、同級生や知り合いにエロ本を購入していることを目撃されることもない。まさにエロ本を買うのにうってつけの書店なのである。引っ越し先でこのような良い店を見つけられたのは天恵にも思えた。ありがとう触手の神様。クトゥルフ万歳。

 現在朝の7時。これまたおじいちゃんゆえに開店時間がすこぶる早く、ちょうど今シャッターを開けているのが見える。おはようございますと挨拶をし、いざ店内へと足を踏み入れ――

「およ!? 淵神くん!?」

「……巻月、さん?」

 スライド式のガラスドアの引こうとすると触手と手が重なった。見間違えるはずもない。巻月触子その触手だ。

「お、おはよう淵神くん。ぐぐ偶然だね! こ、こんな朝早くにどうしたのかな?」

「い、いやぁその、ちょっと目が冷めちゃって、俺ほら! 引っ越してきたばっかりだから。町を見るついでに散歩、的な……? そっちこそ、その、ずいぶん早いな?」

「あ、あーうんうん。わたしはほら、あれだよ早起きは三本の得って言うじゃん? そんな感じ! あ、あははははー!」

 お互い探りを入れられたくないのが丸わかりな会話を繰り出す。巻月さんのことはわからないが、自分が買いに来たブツを悟られるわけにはいかない。入学早々早起きしてエロ本買いに来た奴だと知れ渡ればこれからの三年間がパァになる。

「(彼女に絶対に知られるわけにはいかない!!)」

 かたや巻月さんはというと

「(どどどどうしようどうしよう!? 誰とも会わないように睡眠欲を撃退してこんな朝早くに人気の少ない本屋に来たっていうのに! それも隣の席のクラスメイトだなんて! ダメ絶対! 今日発売のエロ本を買いに来ただなんて、絶対にばれたらダメなんだから!!)」

 目的も手段も1ミリもぶれることなく同じだった。お互いに気づく様子もないが。

「……い、入り口で立っててもなんだし、は、入らないか?」

「そ、そそそうだよね! 入ろう入ろうはははは!」

 かくして純粋で邪な思いが入り混じった二人の少年少女の静かな戦いは

「いらっひゃいまひぇえぇ」

 店主の弱弱しい開幕のゴングとともに始まったのである。

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