ソースが命(はぁと)
授業がすべて終わった後に掃除当番の順番がトップだったので、まだ見慣れない教室と手馴れない掃除用具で床の汚れを始末する。
一緒に掃除した班のクラスメイトに挨拶をし、帰り道を歩いているとソースのいい匂いが漂ってくる。たこ焼きの屋台だ。朝見かけなかったので昼からの営業なのだろう。
ふと視線をやるとたこ焼き以上に気になる存在がいた。巻月さんだ。店主の視界の死角でうんうんと悩ましげにボディをくねらせている。
「どうしたんだ巻月さん」
「わ、淵神くんだ。今帰り?」
「掃除当番のトップバッターに任命されたので。そっちは買い食いの検討か?」
「そんなところ。ね、このたこ焼き屋さ、8個入しか売ってないの。別に食べれるんだけど、そんなに食べたら晩御飯に差し障るじゃない? 私的には3.4個のミニサイズも売ってほしい所だなぁって」
「小さい屋台だからそんなちまちま売ってたら売り上げにならないんだろう。コンビニに切り替えとかは?」
「いやーもう私の口は小麦粉とソースの口になってしまってるんだよねぇ。今日の晩御飯がお好み焼きだったら我慢できるんだけど」
またしてもうんうんと悩んでいると頭の上に電球でも光ったのかこちらに向く。
「ねぇ淵神くん。半分こしない? 私が奢るからさ」
「あぁなるほど。いいよ。ただ俺も半分払うよ」
「いや悪いよそんな。私が言い出しっぺだから私が払うよ。財布財布……」
紐を肩掛けタイプにした通学バッグを漁る。しかしその細いうえつるつるのボディにどうやって引っ掛かっているのかは全く謎であった。
取り出されたのはいかにも女の子なピンクの長財布。角にデフォルメされたたこのイラストがワンポイントで描かれている。自分と同じものに惹かれるのだろうか。
中身を空け残金を確かめると、急に手が止まりゆっくりとこちらを向く。展開が読めるにもほどがありませんか。
「朝お菓子買ったのでほとんど使ったんだった……淵神くん。もし君の財布がお太りであるようなら……」
「そんな身を低くしなくてもいいよ。建て替えとく。別にこのくらいだったら返さなくてもいいけど」
「だ、ダメだよ! そういうお金の貸し借りは厳格にしないと! いいかげんだと大人になって借金地獄に落ちるんだからね!」
借金を背負って取り立て屋に詰め寄られる触手の絵面はシュール極まりない。
「そうだな。まぁ返済期限は無期にしておこうか。買ってくるよ」
「そこまでさせられないよ! 私が行ってくるから待ってて!」
細い触手で小銭を器用に握りしめ意気揚々と屋台へ向かう。ちょうど焼き立てが出来上がっていたのか熱々の1舟がすぐに提供された。
「見てみて! 屋台のおじさんにお嬢ちゃんは艶めかしいからサービスって一個おまけしてくれた! ラッキ~!」
その褒められ方でいいのか巻月。……いいのか? それに多いから半分にしようと言っていたのにサービスは受けるんだな。タダとは消費者の感覚を狂わせる。
近くの公園のベンチに腰掛け冷めないうちにたこ焼きをほおばる。お決まりのハフハフをして火傷を防ぎながら味わう。
「ん~美味しい~♪」
巻月さんは開いた先端に放り込みモグモグと咀嚼している。熱くないのか?
口の中で冷めてきたたこ焼きのたこを味わっていると、思わぬことに気が付いてしまった。
「(たこって……共食いではないのか?)」
いやしかし巻月は触手こそあれどたこではない。しかし自分と似た種族を食べているようなことだから……類友食い?
「むぐむぐ……あ、ねぇ淵神くん。動かないでね」
「え? っ!?」
伸びてきた平たい舌のような触手に頬をベロリと下から上になぞってくる。
「ふふっ。ソースついてたよん」
それを自分の口に入れて舐めとった。
突然のことで胸が高鳴る。男子高校生ならだれもが憧れる「お弁当ついてたよ」を急にやられたせいか。はたまたそれが触手ベロだったからか。このドキドキはいったいどういうものなのか。
考えているとたこ焼きが冷めていたりするが、とりあえず真っ先に気になっているとこを言ってしまおう。
「巻月さん」
「なぁに? あ、大丈夫。ソースついてたことはみんなに秘密にするからね」
「口の周りにめっちゃ鰹節ついてるぞ」
「うにゃ!?」