最下層、とはいっても住めそうな家が一軒
テレワークの影響か、気晴らしに筆が進みます。
パソコンで書いてる場合も、筆が進むんですかね。
キーボードを打つことを、打鍵と言ったりしますが、打鍵が進む。
ちがうな。
水の魔石は、日常でも時々見ることができる。
確か、特殊な装置に入れると水を生み出すことができるとか。
ダンジョンがこの世界に現れる前は、乾燥地帯では水不足が人類の課題とされていたが、現代社会では解決策の一つとされている。
日本でも水不足の都市には、魔石を利用した給水所が設けられたこともあるらしい。
ただ、大人数の水需要を賄うことはできないため、従来通りの水道の仕組みが使われているのだが。
「中野様、どうぞ。」
いつの間にか戻っていた五十嵐さんから魔石を受け取る。
ビー玉ほどの大きさなので、実用にはあまり向かないらしいので、記念にとっておこう。
そのままダンジョンを進むと、次の階層に移動するための大木が見えてきた。
話の通り幹に大穴が空いている。
ファンタジー小説や映画などでは、こういった穴が現実と異世界をつなぐ扉になっていることも多い。
「ここを通ると、2階層です。」
促されるままに穴に入る。
穴の中は真っ暗で、入ってすぐ2階層というわけではないらしい。
奥にうっすらと光が見えるため、そこまで歩く必要があるのか。
ー
穴を抜けると、1階層とは少し違った景色が広がっていた。
木が多く、先ほどはなかった川が流れている。
「2階層は木が多く、森林型のダンジョンに見られるような怪物も襲ってくるようです。」
おや、後藤さんが五十嵐さんと立ち位置を変更したようだ。
「ここでは、五十嵐に代わり私が先頭を行きます。」
車の運転もそうだが、1階層だけでも先頭に立って気を張り続けるのは疲れるのだろう。
気を張り続けることが苦手な僕には、向かない仕事だ。
ダンジョンが実家に湧かなければ、おそらくダンジョンに関わることはなかったと思う。
ふと後ろを見ると、五十嵐さんも集中はしているようだ。
左右を見渡し、怪物がいないか確認している。
「さて、早速来ましたね!」
後藤さんの体越しに、ウサギに似た小動物が見える。
少しかわいらしいが角がある。確かあれはー
「ホーンラビット……。」
「そうです。ホーンラビットです。角で突き刺すのもそうですが、牙が大きく発達しているので、注意が必要です。」
名前なんて、意外と安直に決まるものだ。
「さて、行きます!」
そういって、後藤さんが飛び出した。
武器は、刀身が1メートルほどの剣で、剣先が鋸のようになっている。
頭を打つ向き、角を後藤さんに向ける。
口を邪悪に広げ、牙に唾液を滴らせ、獲物をにらみつける。
かわいいと思った僕を叱りたい気分になってきた。
これから飛び掛かるのだろう、ホーンラビットが足を強く地面に沈める。
全身の毛が逆立ち照準を合わせる。
その瞬間、後藤さんに飛び掛かった!
タイミングよく振り下ろした剣が角を受け流す。
ホーンラビットが重心を回転させ、着地に備える。
だが、ホーンラビットが生きて地面に立つことはなかった。
後藤さんはすぐに剣を回転させ、胴体を横に両断したのだ。
「おお……。」
つい声が出てしまう。
「いやあ、先輩の技はすごいですね。あの人、もともと探索者だったんですよ。私みたいに公務員になってから身に着けた強さとは、全然違いますね。」
五十嵐さんが解説をする。
そうか、もともと探索者だったのか。
「っと。まあ、一度踏破されているから弱体化してますね。さすがに今の自分ではこれが限界ですよ。」
フッと笑う後藤さん。
現役時代が末恐ろしいのだが、上には上がいるということなのだろう。
探索者か……。
もう辞めた会社だが、後輩の高梨の顔がちらつく。
あいつも探索者とか成りたかったりするのだろうか。
まあ、無理だろうな。
ホーンラビットからは、何もドロップしなかったようだ。
少し残念そうな後藤さんだが、すぐに切り替えて歩き始めた。
しばらくすると、1階層で見たような大木が見えてきた。
しかし大穴は空いておらず、高さ3メートルほどの大きな両開きの扉が付いている。
「さて、これが3階層の扉です。ダンジョンの主のような怪物は討伐されているので、危険性はありません。」
そういい、後藤さんが扉を開ける。
大穴の時と同じように、中は暗闇になっているようだ。
そのまま、奥の光へと進む。
3階層、そこはあまり湿地らしくないというか、川が流れていて、小さな池もある……まるで田舎から人工物を引っぺがしたような場所だった。
中央には大きな岩と、その隣に平屋の建物が立っている。
「驚かれました? 説明は後で、中央の岩に向かいましょう。」
岩の前まで行くと、うっすらと輝いた。
「この岩は、ダンジョンの心臓部。つまり魔素を使ったエンジンみたいなものですかね。端末を操作して、同期をしてください。」
……管理命令
管理端末を取り出すと、画面に「同期」と書かれたボタンが表示されていた。
ボタンを押す。
『同期中……』
また、あの声がする。
『同期完了……』
「同期できたようです。」
「お、ではあちらの平屋に向かいましょうか。」
平屋は1階建ての日本家屋だった。
縁側部分に腰掛けると、後藤さんが説明を始めた。
「ダンジョンマスターとなった方には、基本的にダンジョンの中で仕事をして頂いております。もちろん外に出てはいけない、ということはないですが。」
この辺りは、本で読んだことがある。
いわゆる仕事部屋というところか。
「プレハブ小屋が普通なのですが、ええと……最初に湿地型ダンジョンが珍しいため研究機関で調査をしたと説明したのは覚えていますか?」
うなずく。
「その研究リーダーが興奮して、『研究の謝礼として、立派な家を建ててやれ』とダンジョン管理課にかけあったのです。」
確かに、これだと永住できるくらいだよな。
あ、そういえば気になったことを聞き忘れていた。
「ダンジョンの主って結局何だったんですか?」
後藤さんがポケットの中から写真を取り出す。
「スライム、だそうですよ。」
スライム……がボス……。
想像できないな。
そんなことを思いつつ、写真を受け取る。
そこには、この階層中央の大岩を背景に、その大きさに匹敵するスライムが写っていた。