高梨を家に泊めたくないです
さて、することもないので開業届を書くか。
適当な印鑑と開業届の紙を取り出す。
そういえば前に後藤さんから記入サンプルを貰っていたな。
それを参考に書いていくか。
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納税地 -
事業所等 -
・
・
・
職業 -
屋号 -
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納税地は……ダンジョンの住所を書いてもいいのだろうか。
ただ、郵便物が来た時に困るので、自宅の住所を書いておく。
ダンジョンの住所は、次の事業所等の欄でいいか。
氏名やマイナンバーを書く欄もあるので、丁寧に書いていく。
ハンコは最後に押そう。
職業は「ダンジョンマスター」と書いた。
次に屋号だが、これはダンジョン名を書くのが一般的らしい。
ダンジョン名なあ……。
他のダンジョンはどうだったかな。
先ほど見たテレビ番組を思い出してみる。
東京都の世田谷区内の竹林から湧いたので「世田谷バンブーフィールド」という名前だった。
そうだなあ、世田谷のように知名度のある場所であれば、ダンジョン名にそのまま使ってもいいのかもしれないが……。
地元にゆかりがあって、全国的にも知られている名前か。
瀬戸内海、ミカン……。
瀬戸内ミカンパーク……、なんか道の駅みたいな名前だな。
でも、ダンジョンのあった畑には、ミカンは植えていなかったしなあ。
外から来た人が、「あれ、ミカンは?」となるのが容易に想定できるので、他の名前にしよう。
瀬戸内というのは付けていいかもしれない。
まあ、海から少し離れてるんだけども。
湿原は英語でマーシュというらしいので、「瀬戸内マーシュ」……少し安直か。
最後に適当な単語をつけるか。
フィールドだと、世田谷のダンジョンを思い浮かべてしまうので、ゾーンにしよう。
「瀬戸内マーシュゾーン」
かっこいい名前になったのではないだろうか。
少なくとも、僕はかっこいいと思う。
ネットで調べても同じ名前は出てこなかったし、これで行こう。
屋号に「瀬戸内マーシュゾーン」と書く。
ついでにダンジョンの管理端末のほうにも設定をしておいた。
あとは記入サンプル通りに書いて、押印をする。
ハンコを使うのが久しぶりすぎて、少し印影が濃くなってしまったが……文字がつぶれてはいないので大丈夫だろう。
開業届は後日、親が外出するときに出しに行こう。
田舎に帰って来たので、早いところ運転ができるようにならないとな。
トラクターは何とか運転できるが、ほとんどペーパードライバー状態だ。
開業届を書き終えたので、砂利の値段でも調べておくか。
安ければそのまま注文してしまおう。
パソコンを起動し、近くにあるホームセンターのネット通販ページを開いた。
家の庭に敷いているような、きれいな砂利でなくてもいいので、できる限り安いものを探す。
コンクリートを作るときに使うような砂利が、20kgで200円か。
1平方メートルあたり1袋でもいいらしいが、念のため2袋で計算をする。
取り急ぎ砂利を敷きたい場所が、畑の道路側からダンジョンの入り口までなので25mほど。
横幅が10mくらいは施行しておきたいから、500袋……うわ、10万はかかってくるか。
貯蓄はまだあるが、少し痛い金額だな。
うーん、どうするか。
いろいろ考えた結果、大金をはたいて失敗をしたくないので、10袋だけ購入して試すことにした。
配送先をダンジョンの住所にして注文をする。
注文ページの特記事項欄に、配送先が家から離れた場所であること、近くに来たら電話してほしい旨を書く。
近くにある実店舗から直接届けてくれるようで、最短時間である明日の昼過ぎを指定した。
そうだ、念のため親に知人が家に泊まるかもしれない旨、伝えておかないとな。
〇△□
母親が夕飯の支度をし始めたころ、玄関のチャイムが鳴った。
時間的に、高梨かな?
扉を開けると、泥だらけのジャージを着た高梨が立っていた。
横では五十嵐さんが苦笑いを浮かべている。
「お、無事……に戻ってきたようだな、一応。」
「これのどこが無事に見えますか!?」
高梨が汚れた部分を両手で指しながら、声をあげる。
「中野様、聞いてくださいよ……。高梨様ったら、怪物を見つけたら戦うのではなくて、触るために近づいて行ったんですよ……。」
おかげでほとんど私が弓で倒すことに……と愚痴をこぼす。
「可愛いじゃないですか、あのオオサンショウウオ!」
ウォーターサラマンダーな。
まあ見た目はほとんど、オオサンショウウオだけど。
「お前なあ。探索者登録したんなら、講習受けたんだろ? 今回は怪我をしていないみたいだけど。」
「むう。それはわかってますけど……。ああーダンジョンマスターになれたらよかったなあ。」
ダンジョンオタクなのはわかるが、危険な真似はやめてほしい。
「次はちゃんとします!」
はいはい。
「では、お二方。私は管理課のほうに戻りますね。」
あ、ちょっと待って。
「高梨、お前本当に僕の家に泊まるつもりか? ホテルとか今からでも取ればいいじゃないか。」
一応泊めたくない体で話をする。
「泥だらけの人を泊めてくれるホテルなんてありません!」
それはそうだが、管理課でシャワーでも借りればいいじゃないか。
そう思い、五十嵐さんのほうを見る。
「シャワーだけ貸して差し上げればいいじゃないですか。」
五十嵐さんが、高梨のアシストをする。
玄関で押し問答をしていると、母親がやってきて高梨を裏口に連れていった。
ちょ……。
「あははー。では中野様、そういうことで私は失礼します。」
そう言ってサムズアップをする。
五十嵐さん……絶対高梨からあれこれお願いされていたな。
心の中でため息をつくと、僕は玄関の扉を閉めた。
居間に戻ると、シャワーの音と高梨の鼻歌が聞こえてくる。
高梨がシャワーを浴びている間、母親から「恋人か?」「結婚するのか?」などと問い詰められる。
だから人を……特に女性を家に泊めるのは嫌なんだ。
まあ、顔やスタイルは悪くないし、最初あいつの教育係を任されたときには「役得!」と思ったものだ。
時々見せるポンコツぶりも、可愛らしいなと思ったこともある。
ただ、それには限度がある。
1年以上そういう高梨と接していた結果、近所の年下の子供程度にしか思えなくなっていた。
とにかく母親には、退職した会社の、ただの後輩であることを丁寧に説明しておく。
「あらあら、まあまあ。」とテレビで見るように茶化されたのは、少しイラっとしたが。
どうしてこんなことに……。