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93 冒険に行こう



 ラウトゥーラの森に入り二日目の朝である。

 相変わらずに日は差し込まないため、もはや時間の感覚も怪しいのだけど、一日の行動開始という意味では朝なのだ。


 今朝はイグニスが最後の火番だったので、起きれば昨日取ったキノコのスープが用意してあった。それは野草も一緒に煮詰めた緑色の液体で、栄養はあるらしいがなんとも食欲をそそらぬ朝食だった。


 用意してくれた物に感謝こそすれ、それと味の感想はまた別問題。皆一様にまずいと叫び、イグニスを拗ねさせるのだけど、五人で火を囲みながらの食事は楽しくて、あっと言う間に鍋は空になる。


「それでイグニス。どの辺を調べたいの?」


 お腹が落ち着いた所で勇者が今日の行動方針を決める為に魔女に尋ねた。樹木の成長が異常だから先に地面を調べたいと言ったのはイグニスだ。自然とみんなの視線は赤髪の少女へと向かい、言葉を持つ。


「そうだね。地面はこの有様だし、次は水場かな」


 樹木の大きさ、地表を覆う七色苔。この二つから導き出されるのは、地脈の属性を染める程に大きな魔力を持った何かがあるという事。


 そしてその何かが何処にあるのかと言えば、クレーターの中心地である巨大樹のある場所だろう。最終目的地として中心の調査は欠かせないが、調べられる所は調べておきたいと魔女は言う。


「やっぱり何か在るなら真ん中だよね。他の冒険家はどの辺まで進めたのかな?」


「そっか。地上まで降りてきたのは私達が最初ってわけじゃないのね」


「まあね。でも残念ながら私も情報は殆ど持ってないんだ」


 光る苔の存在は知っていたが、まさか一面に生えているとは思わなかったよと零す魔女に俺たちは顔を見合わす。イグニスが知らないのなら、他の誰もそれ以上の事は知りえないからだ。


 中でも気持ち悪いのが生還率の少なさである。

 イグニスの話では、このクレーターの大きさは直径約30キロ程。つまり、中心までの距離は15キロくらいだ。


 15キロ。平坦な道なら歩いて3~4時間くらいか。森の中だと速度は落ちるし、迷わず直線で進めるかという問題もあるが、一日あれば十分到達は可能だろう。数字を聞いて、俺はなんだそんな程度なのかと思ったほどだ。


「意外と小さいと思うよね。しかし、その短い距離を誰も踏破していないのが現実さ」


 探検家が無能だったのか。まさかだ。領主から任命され派遣される存在が無能なはずがない。

 いわば領の威信を掛けた計画だ。むしろ名高い先鋭が抜擢されたのではないか。

 だが、それでも踏破はもとより、生還して情報を持ち帰る事すら出来ていないという。


「つまり、あれか。ここから先に全滅するような何かがあるって事か」


 緑髪の少年はヘラクレスさんを弄りながら呑気に言うが、三白目の鋭い目を一層に尖らせ先の困難を見据えている。


 何せ全滅だ。魔獣にやられたのか、毒などの環境か。脅威の形は不明なれど、この森には簡単に帰さない何かがあるのだろう。

 

「そうだね。一番の有力候補は元魔王軍幹部【黒妖】の存在だけど、どうも環境が出鱈目すぎる。気は抜かず行こう」


 冒険。危険を冒す。そんな事は皆承知だから此処に居た。イグニスの言葉に頷きこそすれ、誰も彼もが瞳をギラギラとさせ、臆病風を吹かせる者はいない。


 なんとも頼もしいメンバーだ。そう思っていたら、フィーネちゃんが「それ私の台詞なのに……」と唇を尖らせていて、なんだか可笑しかった。



「お前ってさ、イグニスに弱みでも握られてんの?」


 イグニスに段差があるからと手を貸した時の事だ。ヴァンが唐突にそんな事を言ってきた。

 脅される事も騙される事もよくあるが、確か弱みまでは握られてなかったよなと頭を捻っていると、そこは即答しろとイグニスがツッコんでくる。こいつは頭良いくせに日頃の行いという言葉を知らないらしい。


「このくらい当然だろう。お前と違って紳士なんだよ」


 まぁ紳士うんぬんかんぬんは冗談だが、手くらいは貸そう。荷物を背負っての木降りは俺でも辛かったのだから、あまり運動をしない魔女にはさぞ厳しかったと思うのだ。


 筋肉痛に浮腫みに豆に靴擦れ。活性のおかげで治りは早いが、けして痛まないものではない。気丈な仮面の下には、きっと歯を食いしばる顔があると思うから。


「ああいう女の子扱いって私ちょっと憧れちゃうな」


「あ~分かるわ。みんな最初のうちだけよね優しいの」


「はは、化け物共がなんか言ってら」


 この森で行く手を阻むのは終始木だった。クレーター跡という特殊な地形のためか、大地には山岳地の様な起伏は少ない。代わりに樹高100メートルという馬鹿げた大きさの樹木が、その身を支えるために涙ぐましい努力をしていて、簡単に言えば根が凄い。


 植物に同じ形はないと言うけれど、時に自然は人間よりも余程個性的に自己主張をするようだ。階段があった。トンネルがあった。橋があった。


 一体どう成長したらそんな形になるんだと疑問に思う前衛芸術に、ただただ植物の偉大さと育む歴史を感じる。


「敵襲!?」


 勇者が剣を抜き放ったのと、後ろで大きな物音がしたのは同時だった。なんという反応の速さと感嘆するも、俺も気を抜いては駄目だと反省をする。ヴァンがシャラリと腰の剣を抜きながら、明かりを突き出し、音のした場所へと向かった。


「いや、敵じゃないな。丸太だ……」


「丸太?」


 はて。なんで丸太が降ってくるのか。不可解な現象に目をパチクリしていると、またも、今度はバキバキと音を立てながら枝が降ってくる。


 それは偶々にカノンさんの頭上で、俺は危ないと駆け出した。だが僧侶は「あらいやだ」と小枝でも払う様に巨大な枝を片手でいなす。ヴァンが「ほらな化け物だ」と呟き拳骨を落とされて、俺は曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。

 

「あー。もしかしたら雨かも知れないな」


「え? 雨ってあの雨?」


 フィーネちゃんの上げる素っ頓狂な声に、魔女は「ほかにどの雨があるのさ」と笑いながら落ちてきた枝を撫でる。


 ほらと見せる手のひらは僅かに濡れていて、ははぁ雨ねぇと上を見上げれば、漆黒の天井からピチャンと一滴、雨漏りの様に水滴が落ちてきた。


「上で折れた小枝が溜まるなどして、連鎖的に太い枝も落とすんじゃないかな」


 言ってしまえばドミノ倒しみたいなものだろうか。原理はともあれ、頭上には人が歩けるサイズの枝があり、それが何らかの拍子で落ちてくるのだ。晴れ時々丸太とは何ともロックな天気があったものである。


 魔獣の襲撃でもなく理由も判明したところで、さぁ先に進もうとヴァンが先頭に戻るのだが、フィーネちゃんはジーっとこちらを凝視し動かない。どうしたのかなと思っているとイグニスにぺしりとお尻を叩かれた。このやり取りには覚えがあった。


「足元が悪いから気を付けてね」


「きゃー!」


 か弱い女の子でなかろうと、大切に扱われたい時はあるのだろう。

 恐る恐ると握られた手は、魔女の柔らかな指先とは違い、豆の硬さが窺えた。それでも、勇者というにはあまりにも小さな手だった。


「いけないな」


 強さは彼女達の研鑽の賜物。手を差し伸べるほど弱くないのは重々承知だが、ならばせめて敬意を向けなければ。



 とりあえずの目的地は昨日フィーネちゃんとカノンさんが見つけたという川なのだけど、目指して歩いている時に魔女が言う。


「なぁ、探索中に誰か目印は見かけたか?」


 目印。何の、とは聞くまい。先の冒険家が迷わない様につけるだろう道しるべの事だ。

 そういえば見てないねと返すと、他の3人も同様に見てないなと口にする。


「けど、入口の違いもあるし、木降りなんてしたら同じ場所に出る方が少ないんじゃないの?」


「うん。まぁそうなんだけどさ」


「おっ、てことは何だ。此処は人類未踏って事もありえんのか」


「近くに拠点の跡が無ければあり得るかもね!」


 ちなみに魔女が考案した目印は光る苔を利用したものだ。分岐路で通った道の苔を掘り返しておくのである。周辺が輝く中でその場所だけ意図的に黒く抜けているのでかなり目立つ。もし別の冒険家が来たとしても同じ事をやるだろう。


「お、あったあった。ここよ」


「どう、綺麗でしょ」


「うわぁ。凄いね。綺麗だ」


 石清水というのは岩の隙間から湧き水が出る様を言うが、木の根の隙間から湧き水が出ている場合はなんと言うのだろうか。


 段になる木の根の隙間を満たしては下に降りる流水は、場違いにもシャンパンタワーを想像し、零れ落ちた滴りが岩の間を縫い道を作っていた。


 木の根から水面までの妙な空間は、もしかしたら土でもあったのだろうか。水の流れが長い時間をかけて地面を削り小さな滝が出来ている。


 周囲にはやはり七色苔が生えていて、水と光の相性の良さは溜息が出るほどに美しい。

 木を伝う流体は水面に苔の優しい光を乗せて移動する。揺ら揺らと、まるで水の鼓動を感じる様な、心安ぐ夢うつつな体験は、水と光と暗闇と。そのどれが欠けても再現は出来ないのだろう。


 流れるせせらぎは、久しぶりに自然の音というものを思い出させ、そういえばこの森は静かだなと思い返す。風が吹かず。揺れる葉は遥か上空だからだろうか。雨音さえ届かぬ暗黒の地でまさか癒しを覚える事になるとは。


(水音が癒しか? その感覚わからんわ)


 ふっ子供だなジグ。こう、耳を澄ませばさ、なんか、なんか感じない?


(ふむ。ではお前さんが寝る時に耳元でちょろちょろと効果音つけたるわ)


 やめて!漏らしちゃう!この年齢でお漏らしは嫌!




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