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78 別れと再会



 一台の馬車に人垣が出来ていた。

 二匹のシュトラオスが繋がれたその馬車は、他領へと引っ越すための足なのであるが、見た限りでは積んである荷物に家具などの私物は少なそうである。


「ルーランさん、あの大きな箱はなんですか?」


「ああ、あれは魔道具だよ。中の温度を調整できるんだ」


 いやぁ魔法って便利だよねえと、ちょび髭親父は言いながらドラム缶くらいの箱の中を見せてくれた。中には肉などの食材が詰まっていてヒンヤリとした空気が漏れてくる。

 

 なるほどマヨネーズの運送対策だ。

 作る時には絶対に新鮮な卵でと言ってはあるが、手作りなので賞味期限は怪しい。おおよそ7日と見積もっても片道で3日は消費するし、これからの季節は気温との闘いにもなるだろう。


 そこで商人が用意したのが魔力が動力の冷蔵庫なのだ。

 幸い護衛のティグは魔力使い。彼の力を借りて冷やして運搬できるならば鮮度を保ってラルキルド領から運べる事だろう。これが昨日シャルラさんを質問責めにした成果か。


「ツカサ殿、ちょっと道を空けてくれますか?」


 後ろから声が掛かり、荷台の中を覗き込んでいた俺は場所を譲る。するとシャルラさんとティグが私物をルーランさんの馬車へと運び込んでいた。

 

「あれ? 二人もこっちに乗っていくんですか?」


 シャルラさんは乗ってきた自前の馬車がある。馬車といっても荷車に幌を付けた手作り感のある車と、それを引くのは毛むくじゃらで角のある牛だったが。


「牛の足だと時間が掛かるので、一緒に乗っていくといいとルーラン殿が。牛はアドロック殿に譲りました」


「まぁ俺も牧場に寄付したがな」


 荷物を積み込むシャルラさんの後ろには今日も元気にリーゼントを立たせる強面商人の姿があった。まぁ居るだろう。馬車の周りに集まっているのはほとんどがルーランさんの見送りだ。


 ルノアー商会の同僚以外にも友人や知人など結構な人数が集まっていて、この人だかりの数こそちょび髭親父の人徳を可視化したものだと思う。

 なお、リーゼントことアドロックさんに、ルーランさんの店の名前がちょび髭商会である事をバラされて、しばらく皆に弄られていた。


「ジグ、お前はなんて非道な事をしたんだ」


(止めはお前さんよ。共犯だ)


 リーゼント男は荷物を積み終えたシャルラさんを捕まえると、チラリと離れたルーランさんを一瞥した後、小声で喋る。聞かれたくない話だったのだろうけれど、たまたまに近くに居た俺には内容が届いていた。


「ラルキルド伯爵。どうかうちのルーランを宜しくお願い致します」


 此度、初の開業という名誉には感謝を。しかし商人は非力である。道中では常に魔獣と盗賊を恐れる。それでもなお旅をするのは商品を求める人に届ける為だ。だからこそ、加護が欲しい。どうかウチの子に良くしてあげて欲しい。


 見かけ12歳程度の少女に、深々と頭を下げるアドロックさん。

 思えばルーランさんとの縁は護衛が始まりだった。自分が少しばかり剣を振るえるからか、護衛をされる側の気持ちを考えた事がなかった。


 町に住む人達は魔獣を恐れて壁の中にいるのだ。商人だってそりゃ例外なく旅は怖いに決まっている。護衛を雇うから何だと言うのだろう。魔獣が危険な存在は変わりなく、盗賊だって十分に脅威で、下手をすればその護衛すらも信用出来ないのだ。

 

 商人は冒険者以上に危険を冒している。金のためと言えばそれまでだが、護衛という仕事の、命を預かるという意味を、まじまじと考えさせられた。


「無論ですアドロック殿。ラルキルド領の住民とはすなわち我が子。不便はかけるかも知れませぬが、断じて不義理は致しません」


 紫の瞳で真っすぐとアドロックさんを射抜き、力強く頷く伯爵に、商人親分は地に片膝を付き感謝を示した。


 うん。シャルラさんならそう言うだろう。

 俺も虎男を捕まえて、代わりにルーランさんを頼むよと伝えると、グルルと牙を見せ任されたと吠える。


 ティグとはラルキルド領では殴り合った間柄だけに実力は折り紙つきだ。じゃあなまた会おうと手を差し出して来たので、うんまたねと握手をした。人間関係とはどうなるか分からないものである。


 ルーランさんも一頻り挨拶を終えたのか荷台に大量の餞別を載せていた。別れを惜しんでくれるのはありがたいが、また来週には会うんだよねと苦笑いだ。盛大にお別れ会をした後の気まずい再会を予感して思わず俺も笑いがこぼれた。


 そう言えば見送られる側は何度か経験したが、見送る側というのは初体験である。

 御者台に乗り込み「それじゃあまたね」と手を振るちょび髭親父に、「お元気で!」と手を振り声をあげる。


 馬車が進みだす直前に荷台からツカサ殿と手招く灰色の吸血鬼を見て、そういえば別れがまだだったと駆け寄ると、身を乗り出したシャルラさんの唇が頬に触れた。


(ぬあっ! やりおった!)


「えへへ。それではお元気で。さようなら紳士さん」


 スカートの裾をちょいと摘み貴族式の挨拶をする吸血鬼に、ご褒美のお礼も兼ねて俺も貴族式の礼をする。


「さようならお嬢様」


 顔を上げれば既に馬車は遠く、表情も分からなければ言葉も聞き取れない。頬に残る余韻に浸りながら、さっそくに次の再会が恋しくなったのだった。


「随分嬉しそうじゃないかよオイ」


(あんなロリババアが好みかオオン?)


 赤い瞳と金の瞳の不穏な視線に怯えながら、俺たちも人知れず王都へと旅立った。



 口は災いの元と言うが、うっかり口が滑る事もあると思う。俺はそう、感想を間違えた。


 駝鳥は結構な速度が出る生物なので、後ろに乗る時は手綱を握る人物にしがみつかなければ落下の危険性がある。


 最初こそ女の子に抱きつくのに照れもあったが、最近はイグニスだしなと思い、遠慮なくくっ付いていて。だからこそ、違和感に気づいてしまったのだ。食後でもないのにやや弛んだ腹に。


 気のせいかとも思いプニプニと弄っても魔女は無言。そして調子に乗り、摘まんだ時に、確信と共に口に出てしまったのだ。「太った?」と。


 騎乗というのは動きを真似る健康器具があるくらい筋肉を使うのだが、ナンデヤの町にいる間は魔女は運動をしなかった。しかも美食の町を良い事に、美味しい料理を食べるだけ食べ、酒も浴びるほどに飲んだ。


 心当たりがあったのだろう。あるいは気づいていたからこそ手綱を取ったのかも知れない。逆鱗を触った、いや、摘まんだ俺はウオラァアァァ!と肘打ちをぶちかまされて地面を転がった。


「君にはまだ紳士度が足りないようだな。暫く反省して走るといい」


「口が滑ったのは認めるよ。けどさ、走ったほうが良いのはイグニスだよね」


「……【展開】【弓より早く】【槍より重く】」


「うわぁ待って待って。知ってる。それ炎の槍出すやつ~!!」


 小気味よく地面を蹴るボコの背で、赤い魔女は問答無用と魔法陣を展開した。

 不思議な話だが正論が正しいとは限らない。なぜならば正論とは反論を許さない。いわば袋小路に追い詰めるようなものだ。追い詰めたならば鼠だって猫を噛む。


(いっそ脂肪でも燃焼させればよいのになぁ)


「ぶふぅう!」 


 土下座を覚悟したのだが、ジグルベインの冗談に思わず噴き出してしまった。

 完全に謝る機会を逃し、むしろガソリンを注いだ俺と、無表情。いや、コロスコロスコロスと内の感情が大きすぎて出力しきれない死んだ目の少女。


「ご」


「ごぶぁ!」


 俺はごめんなさいと言おうとしたのに、醜い悲鳴を上げてボコから落馬したのはイグニスだった。前を見ていなかったからその人に気づかなかったのだ。

 

 時速40キロで走るシュトラウスに乗る女を拳で撃墜したのは、浅緑の功夫服のような服を着た女性だった。瑠璃色の長い髪を後ろで結っているお姉さんの名前はカノン・ハルサルヒ。イグニスの親友にして、三大宗教の一つフェヌア教の助祭。勇者一行の聖女だ。


「カノンさん! お久しぶりです!」


「おっすツカサー! 元気してた?」


 別れがあれば出会いがある。それはそれとして、イグニスは生きているだろうか。よそ見運転はだめ絶対。





明日からまた出張なので少し短いけど更新をば

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