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607 ここで会ったが百年目



「さてはお前が【無乳】のオッパーイだな!」


「何も合ってなーい! だーれが無乳だ、大事な一文字を間違えないでくださるかしら!?私が冠する二つ名は無間。そう、【無間】のオッパーニよ!」


 余程に言い間違いを許せなかったのか、彼女はクワッと目を見開いて訂正をしてきた。更には腰を反らして立派な胸部を強調している。


 オッパーニの露出の多い黒革の服を身に纏うが、全身の肌は薄緑色で。乳白色の髪は長く、地に付きそうなほどだ。凍てつく様な視線と目が合えば、背筋にゾワゾワとしたものが走っていく。


 有り体に言えば勃起をしていた。馬鹿な。確かに意識は揺れる胸部に釘付けであるけれど、この程度の誘惑に負ける俺ではないはずである。


「どう、これでも無いと言えるのかしら坊や!」


「くっ【魔乳】のオッパーニめぇ……」


「いい加減に乳から離れなさいなっ!!」


 いや。この問答無用に性欲を掻き立てられる感じには覚えがあった。

 魅了の魔眼。淫魔が使う呪術である。もしやアイツの種族はと考えた時に、下半身を襲う快感と脈動。


 これは魅了なんて生易しい力ではない。ガクリと膝が抜けそうになるのを耐えながら俺は、必死に抵抗をして叫んだ。


「んほぉ~。止めろ、出ちゃう。これ出ちゃう~!」


「お、おいツカサ。一体何が出るんだよ?」


 隣では狼少女がキョトンとした顔で心配の眼差しを向けてくる。やめてほしい。そんな純粋な目で見られたら、まるで俺が汚れているみたいではないか。


 正解は魔力だよ。体から魔力を強引に絞り取られる感覚があり、それがやけに気持ちがいいのだった。抵抗も虚しく、身体からはドピュリと魔力が放出されて、もはや強制的に絶頂を味合わされた気分になってしまう。


 なんだコレ。謎の屈辱と敗北感が湧き上がるが、真に恐怖を感じるのは次の瞬間だった。

 下半身の疼きが消えない。まさか【無間】とは。絶え間なき絶頂地獄を表しているとでも言うのか。


「らめぇ~。もう出ないのー!!」


「あ、あら。拍子抜けするほどあっさりと魔力を出してくれたわね……」


 しかし、俺から弾け飛ぶ白い塊が彼女に届くことは無い。 

 赤鬼が、よそ見をするなとばかりに攻撃を放ったのだ。そして繰り広げられる異様な光景。竜さえ屠る拳が避けられて、刹那の交差に激しい攻防が繰り出された。


 衝撃により空気が爆ぜ、さながら竜巻のように湿地の草をなぎ倒していく。

 リュカの目には、もはや二人の動きは追えないらしい。なんだと困惑をしながら、荒ぶる風に耐えるので精一杯の様子である。


 これが三大天同士の戦いか。

 半端な実力では近づく事すら叶わぬぶつかり合いに、まさに天が割れたようだと感じ入ってしまう。


「マルグリット……被害は?」


「無い……とは言えないが、軽微だ。オイ、起きろ豚!」

 

「はふぅん!?」


 地面に倒れる人豚の尻を、無情に蹴飛ばす女戦士。だと言うのにドエムという名の男は、何故か嬉しそうな声を上げて泥塗れの体を起こした。


 周囲をよく見れば倒れる者は大勢居る。俺と同じように魔力を奪われたのだろう。

 中にはママの姿もあり、慌てて肩を貸すが。やはり怪我は無いのか、皆は昼寝からでも目覚めるように立ち上がっている。


「大丈夫ですか?」


「ええ、ありがとうね。ちょっとクラクラしただけよ」


「一時的な脱力感を味わっているに過ぎない。私ですら防げたのに、何故お前が奪われているのだ」


 俺や手下への心配など微塵に見せず、隻眼で三大天の動きを追うマルグリット。

 彼女は言う。オッパーニの種族は人艶花(アルラウネ)。精気と共に魔力を奪い、それを養分に育つ、植物の魔族なのだと。


「なにその淫魔と妖精の悪魔合体みたいな性能」 


 しかし今の説明で、なぜオッパーニがここに現れたのかは察するというもの。

 狙いは恐らく、捕らわれていた兵士達だ。正面からではキトに敵わないので、魔力補給か人質にでもしようと考えたのだと思う。


 何せ戦いは赤鬼の優勢。ここで会ったが百年目とでも言うように振るわれる拳は、人艶花の余裕を確実に奪い。いまや防戦一方である。


「危なかったな。もう少し遅れていたら、救助に間に合わなかったかも」


「半分は同意する。だが、そもそも。なんでアイツがこの砦に居るのかが問題なんだよ」


 何か知らぬか。女戦士は俺の後ろに続く、軍勢の勢力を見た。

 すると人牛や鬼たちの表情が固くなるのが分かる。敵ではないと分かっても、わだかまりは簡単に解けないらしい。


「心当たり、というほどでもありませぬが。あの多頭竜は彼奴めが何かをした様子でありんす」


「……ほう」


 そんな険悪な空気の中で、真っ先に口を開いてくれたのは仮面を付けた青鬼さんだった。

 誠意を自分から見せようとする姿勢に痛み入る。マルグリットは奇襲に命を懸けているから、絶対に手札は隠すタイプなのだった。


 ちょうど俺たちも多頭竜の事は聞きたかったのである。

 一体どんな経緯があれば、あんな無限増殖するような化け物が生まれるのかと。けれど話を聞く前に、周囲には耳に痛い絶叫が届く。


「ぐぅあああ!? おのれキトォ。よくも私の腕を!」 


「こんなもんじゃあ、腹の足しにもなりゃしねえ。【軍勢】を裏切ったケジメは付けて貰うぜオッパーニ」


 キトの手には薄緑の色の腕が握られていたが、雑に地面に捨てられた。欲しいのはお前の首だと、力強い前進がベチャンと湿地に足跡を刻み。そんな赤鬼の放つ圧に、オッパーニは血の吹き出す右肩を抑えながら一歩引く。


「やっぱり強いのね、キト。これだから貴方とは戦わないようにしていたのに、こんな所で鉢合わせるなんて嫌になっちゃうわ」

 

「殺す前に、これだけは聞かせろ。何故裏切った。俺たちが最前線で戦えば、勝てないまでも、ここまで魔王連合に好き放題はされなかったはずでい」


「何故って……。絶好の機だからに決まっているでしょう。大変だったのよ、貴方やモアを魔大陸の外に連れ出すのは」


「……ああ?」 


 まさか負けて帰ってくるとは思わなかったと、肩を竦めて精一杯の虚勢を張るオッパーニ。対してキトの表情はどうだ。さながらに、初めて聞く言語を話されたような。理解不能という怪訝な顔をしていて。それはきっと俺も同じだったと思う。


 だって、奴はこう言ったのだ。

 負けそうになったから裏切ったのではない。自分は最初から、魔王連合と通じていたのだと。


「何が目的だ!」


 激昂する鬼を見て、心当たりがあるのだと感じる。

 確かにキトやモアと出会ったのは魔大陸外でのこと。【深淵】の悪魔を追っていたはずだが、まさか本人も露知らずのうちに誘導されていたとはね。


 オッパーニは額から大粒の汗を溢しながらも、ウフフと妖艶に唇を釣り上げてみせ。「始獣」と。思わぬ生物の名前を口にした。


「私が軍勢に近づいた目的はソレ。でも知っての通り、管理は厳重でしょ。【深淵】の天使モドキの襲撃のどさくさで、やっと手に入ったのよ」


「あの気持ち悪い不死獣がなんだってんだ」


「そうよね。大抵の者は存在を恐れて害獣としか見ないわ。けれど魔族や魔獣の細胞には、いまだ彼が生き続け、進化をしろと吠えたるの。いいでしょう、今はまだ貴方が強いことを認めます」


 捨て台詞と共に駆け出す人艶花。赤鬼は勿論のことにがさぬと後を追うのだが。彼女が向かったのは、吸精されて力の入らない俺……を通り越して、婚約者のクレハさんで。


 青鬼はすかさずに抜刀をするも力量差は瞭然。一瞬のうちに制圧され、投げてばされてしまう。キトが唇を噛みながら受け取りに走れば、オッパーニは多頭竜の死骸の上に立っていた。


「まさかこの子が殺されるなんてね。本当に想定外続きで嫌になっちゃうわ。続きはまた今度やりましょう」


「あっ待て!」


 ズボリと手刀が竜の心臓を抉り出す。それをペロリと飲み込んだ、オッパーニはどうだ。

 ヒュドラを想起させる回復力で無くした腕を生えてくる。瞳には爬虫類のような縦長の瞳孔に変化していて。


 俺が伸ばした手も虚しく、笑う口元に鋭い牙を見せながら姿を消してしまう。




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