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605 不死身の怪物



 多頭竜は、傷つく程に増殖を続ける化け物であった。

 英雄級の強さを誇るマルグリットが対応をしたのが運の尽きか。首の一つならば造作もなく倒せる戦力を持つだけに、あれよあれよと頭を増やしてしまい。気が付いたら、蠢く首のせいで胴体も見えないくらいに大繁殖していたのである。


 もう竜というよりも毛糸玉の怪異のような外見だ。正面から対峙をすると、四方八方から絶え間無く大蛇が襲い来る感覚を味わう。


 斬っても減るどころか増えるばかりの相手に、いい加減こちらの息も上がり。さぁどうしたものかと頭を捻って。


「いやぁ、やっぱり数っていうのは力だね」


「皆さん頑張ってますね。あっ胴体が見えましたよ、ツカサさん!」


 相手が一匹で群れだろうと、こちらも軍。奴の弱点を晒しだす為に、大勢の人間が湿地を駆けた。ある者は魔法で、ある者は投石で。気合の入った狼少女たちは接近戦まで挑み、多頭竜の意識を引き付けてくれる。


 やはり増殖を続けると餓えるらしい。

 左右に分かれた混沌軍を獲物と見定め、ヒュドラの首が綺麗に方向性を持つ。そして隙間から僅かに覗く、足元と胴体があり。そこか。


 俺は皆が作り出してくれた千載一遇の好機に、心臓へと魔力を叩き込んで、闘気を真化させる。右手を頭上に掲げて、荒れ狂う魔力を光へ変換すれば。天まで伸びる輝きは、さながら勇者のデウスエクスマキナの如し。


「名付けて、【天羽々斬】」


 格好をつけて見たものの、実はただの属性変化の応用である。散魔銃が光の拡散する性質を利用したものならば、これは真逆の集束効果。かつて見た天罰術式のように、光を束ね重ねて研ぎ澄ます。


 光翼剣には竜墜蒐束砲もかくやの魔力が込められて、ここに天をもぶった切る極大の刃が生成されていく。


「これでも――食らえ!!」


 気合と共に、竜の胴体へ目掛けて右腕を振り落とした。

 灯台の光が夜空を撫でるような、とても静かな一撃だった。必殺技のつもりだったので、その感触には自分で拍子抜けをするというか。周囲は、俺が既に斬撃を放ったことにすら気が付いていないかも知れない。


 混沌軍はヒュドラの気を引こうと、いまだに大声を響かせながら攻撃を続行していて。その手がピタリと止まるのは、突然に数十の首が宙を舞ったからであった。


「「えぇ……」」


「ってなんで自分で困惑しているんですか!?」


 その光景にママとドン引きをしてしまう。とても子供には見せられないスプラッタなシーンであった。更に言えば、天羽々斬が切り裂いたのは多頭竜だけではない。


 少し伸ばしすぎたか、大地へ数キロに及ぶ線が引かれていた。それはヒュドラの背後にあった沼を刻み、底すら抜いたか徐々に水位も減っていく有様である。ここまで威力でちゃうんだぁ。


「嘘……まさかこんなに強かったなんて」


「あの人が【地吹雪】を倒したって話は本当だったんだな」


 俺は一応ボスとして祭り上げられてはいるが、思えば実力は未知数。中には疑いを持っていた人も居たらしい。だから微塵切りの玉葱のようになった多頭竜の死骸は、これ以上無い強さの証明となったようだ。


 混沌軍と言う名の寄せ集め集団は、勝鬨を上げながら、改めて俺を大将と認めて喝采してくれる。現金なものだと思うけれど、キトやマルグリットと比べれば、15歳のガキが見劣りするのは事実だろう。


 闘気の反動で襲い来る動悸に耐えながら、ドヤ顔でガッツポーズを披露して。

 なんというか、フィーネちゃんがいつも勇者として凛々しく振舞っていた気苦労が、少しだけ分かった気がした。 


「顔色が優れませんよ。大丈夫ですか?」


「ありがとうございます。俺は平気なんで、ママは怪我人の手当てを……」


「待て、来るな!」


 勝利に緩む雰囲気を一喝するのは女戦士の逼迫した声だった。

 遠目にはもうバラバラ死体なのだけど、最前線に居る彼女だから感じ取れる違和感があるらしい。


 心臓は外したかも知れないが、胴体は完全に真っ二つである。まさか、アレで再生をするのか。緊張感が高まりながら皆がゴクリと無言に固唾を飲んだ。


「キ、キャー!? なんであの状態で動くんですか!?」


「……いや」


 腕に抱き着いてくるママの豊満な感触を味わいながらも、俺は目の前の光景から顔を逸らせなかった。ヒュドラは切り落とした数十の首から、やはり倍の数の頭を一斉に生やしたのである。


 それはまるでビックリ箱から蛇の玩具が飛び出すような心臓に悪い映像で。

 しかし百近くに増えた竜の首は、大輪の花を思わせる勢いで咲き狂い、一瞬の内に萎れて地に倒れてしまう。


「増殖に体力が追い付かなかったんだな」


 死因は恐らく、餓死と言ったところか。

 まさかこんな結末になるとはね。必殺技で仕留め損ねたバツの悪さから、ボリボリと頭を掻きながら死体の元へと近づいていく。


「見ろよ、ツカサー。オレも首を一つ倒したんだ。竜の牙貰いー!」

 

「おお、凄いね。やったじゃん」


 すると巨人を引き連れて戦っていた狼少女が、戦利品の大きな牙を見せつけながら黒剣を返しにやってきた。


 まるで猫がネズミを運んでくるようだなと思いつつも、目当ての品を手に入れて満面の笑みなので余計は事は言わない。けれど黒い凶器を受け取りながら、おやと引っ掛かりを覚える。そう、首を倒したという事は。


「増やしてるじゃねーかよ!」


「なはは。食われそうになって、めっちゃ焦ったぜ」


「そうねぇ」 


 隊長の暴挙を止めきれなかったのだろう。背後に続くギガ子が苦笑いをしながら謝罪をしてきた。その手にはリュカが仕留めたと思わしき、巨大な竜の頭部が持たれいてる。


 こうして死体を見る分には地竜とさして変わらないと言うのに、恐ろしい進化をしてくれたものだと、俺は口をへの字に曲げた。


「もしかして、オポンチキの食料計画ってやつか?」


「すんません。俺ら下っ端でして、軍の動向とか全く知らされていないんですよね……」


 そもそもにギガ男の本職は鍛冶師だそうだ。同じ単眼巨人族というだけで強制徴兵されて来たのだとか。そうねぇと巨女まで頬に手を当てて相槌を打つ。


 俺はこの様子だと本当に知らないのだろうなと思い、唯一に魔王軍の事情を知りそうな者へと目を向けるのだが。肝心の女戦士は、隻眼でもはや動かぬ百首の竜を睨めつけている。


「始獣とは一体何なんだ。進化を飛躍的に加速させると聞いたが、ただの水竜をここまで変貌させるとは」


「そうか。マルグリットは生きているのを見たことないんだね。本物こそ、まさに不死身の怪物さ。バラバラになっても蘇るんだ」 


「その言い方だと、貴様らはあるのか?」


「ああ、オレの故郷に居るぞ。見たければいつか来いよ」


「絶対に行かんわ!」


 二足歩行の駝鳥が四足歩行の馬鳥に進化する世界で、何を今更と思わなくもないが。首を自切して頭を増やすという変貌は、こちらの住人にも異様なものだったらしい。


 まぁそうだよなと俺も頷いた。

 進化論ではキリンの首が長くなったのは、高い場所にある葉を食べられる首の長い個体が生き残ったからだと聞く。本来の生物は、そうして長い歴史の中で遺伝子を強くしていくのだろう。


 けれど始獣はここで翼を生やしてしまう。もはやエボリューション(進化)ではなくレボリューション(革命)の領域なのだ。スライム山椒魚や幽霊学者を思い出して、げんなりとする。


「とりあえず、何があったかは彼らに聞いてみたらいいんじゃない?」


「……あれこれ考えるよりかは、それが早いか」


 障害だった多頭竜は倒れ、檻を兼ねていた沼の水も抜けた。

 後は囚われた軍勢の兵士を迎えに行けば、ここでのミッションはコンプリートである。

 さて、キトの婚約者の顔で見てやるかと、俺は泥の溜まる沼底へと降りていくのだけど。肝心の赤鬼がまだ到着していない事に気づく。



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