604 イカした仲間たち
「あっ増えた!」
「なに勝手に増えたみたいな言い方をしてやがる。テメエが増やしたんだろう、このクソボケが!」
俺は脇から迫りくるヒュドラを、うっかりと黒剣で斬りつけてしまう。
その首は度重なる接触で既に瀕死だったのか。目から光が消えるや、自切されて新たな頭が二つ飛び出してきた。
またかと辟易していれば、隣に居るマルグリットの口から汚い罵倒が放たれる。少しはボスに対して敬意が欲しいものだね。
しかし気が立つのも仕方がないか。多頭竜と対峙してしばらく。気付けば首の数は50を超えていて、敵はもはや絡まった毛糸玉のような外見になっているのだから。
「不味いぞ、完全に見誤った。まさかこれほど厄介な生物だったとは……」
「まさか斬らなくても増殖するなんてねー」
「何を呑気な。今のうちに対処を考えなければ、流石に手が追い付かなくなるぞ」
女戦士は返り血で染まった服を邪魔だと脱ぎ捨てて、ビキニアーマーの引き締まった尻を晒しながら言う。
首を増やしたくないなら殴ればいいと、フェヌア教もニッコリな脳筋策を講じた俺たちだが。どうやら奴は死にそうになると、自切して新たな頭部を生やすらしい。
つまりトカゲの尻尾切りならぬ、トカゲの首切り。それで元気何倍かは知らないが、アンパ●マンも吃驚の復活方法だった。
「くっそー、こんな時にキトは何をやっているんだ!」
もしや、こちらと同じように手こずっているのか。
そんな考えが頭を過ったとき、ふと胸騒ぎがして視線は背後の湿地を向く。「バカ!」マルグリットの叱咤が聞こえて、慌てて敵に意識を戻すのだが。
「ぬあー! なんでこっちに来るんだよー!」
「あらら」
攻撃はこちらに訪れず、リュカが泣きべそをかきながら逃げ惑っていた。
女戦士ほどの実力があれば簡単に屠るが、あれで多頭竜は首の一本でも中々に手強い。電車のような太さと長さであり、それでいて蛇のしなやかさと瞬発力を持ち合わせているのだ。
青い鱗はヤスリのように尖っていて、地を這うだけでぬかるむ土など簡単に抉れた。
大型バスさえ丸呑みにしそうな口が、地獄の門のように開いて狼少女を迎えようとしているではないか。
「ごめん。コレ使って!」
武器を持たない灰褐色の髪の少女へ黒剣を投げて渡す。刃物を手にして強気になったか、リュカちゃんはかかって来いとばかりに足を止めるのだが。
ヴァニタスの鋭さでも、彼女の腕力では鱗も裂けないようだ。ガビンと目を見開き、泥の上を転げ回りながら、必死に首の届かぬ位置を目指して移動していて。
「……?」
僅かに俺への攻撃が緩んでいる事に気が付く。どんな理由か、多くの首が逃げる狼少女を追っていた。何故と考えながら、迫る顎にアッパーを叩き込み迎撃し。もしやこれが理由かと唖然とする。
捕食。牙という武器を用いた、ありきたりな行動だからこそ、奴の意が霧中に消えていたらしい。
「そうか。増殖は肉体を増やすんだ。魔力以外にも大量のエネルギーを消耗するよな」
肉体を治癒する神聖術ですら体力を奪うものだが、俺が思い返したのは、緑の小鬼ことゴブリンだった。かつて出会った、食べて食べて増え続ける暴食の権化。姿形が違えど、本質は一番似ているのかも知れない。
もしやと周囲を見渡して、確信をする。
散々に自切りしてきたはずの死骸が地面に落ちていないではないか。激しい攻撃に紛れて、ちゃっかりと捨てた肉を食べていたようね。
「マルグリット、混沌軍に戦える人間はどのくらい居るの?」
「私の奴隷は大半が剣奴だ。この場のほとんどが並みの兵士程度に戦えるが……」
何か閃いたのか。顔に疲弊を見せ始める隻眼の女が、期待を込めてこちらに視線を向けてきた。強く頷けば、マルグリットは縫い目の残る頬をニイと吊り上げる。
「作戦は?」
「30秒でいいから隙を作って欲しい。そうすれば、俺が奴を両断するよ」
「それで死んでくれるかは賭けだが……他に手段も無いか」
心臓が弱点なのは最初から想定していたことだ。
しかし俺たちは前衛で。胴体に近づこうと武器を振り回していたら、みるみるうちに首の密度が濃くなってしまい、このありさまだった。
今では体が何処に埋まっているのかも目視出来ない状況である。
時間の制約が大きい真化を使うにはリスクが高く。だから躊躇っていたけれど、竜の動きを誘導出来るのであれば話は別だろう。
勇者や魔女の並みの火力とはいかないけれど。場さえ整えば、俺でも一発かます事は可能と判断する。
「つまり必要なのは囮だな。首の方向を左右に散らして、胴体の位置が確認出来ればいいと」
「そうだね。ちょっと危険が大きいかもだけど」
「そのくらいは役に立って貰わねば困る。私が引き付けておくから、作戦はお前が説明しろ」
女戦士がパチンと指を鳴らすと、待っていましたとばかりに一組の男女が駆けつけてくる。どうやら【抱天】として活動していた時からの腹心で、他の奴隷たちのまとめ役らしい。
恐らくはリュカやママ、そして巨人たちとも顔見知りなのだろう。作戦の中継役としてはピッタリと言えた。
「私はエスデス。魔法使いですが、人を使うのはそれなりに得意ですわ」
エルフの女性は明るい黄緑の髪をしていて、スチャリと眼鏡を直しながらハキハキとした声で喋る。硝子の下には睨まれたらゾクゾクするような鋭い眼光が潜んでいて、目元にある泣きぼくろがセクシーだ。
「俺はドエムです。どんなにキツイ仕事でも任せてください!」
「……分かった」
隣の自信溢れる魔法使いとは打って変わり、小さな声でぼそぼそと喋るのは小太った人豚。全力で駆けてきたせいか鼻息が荒いも、過酷な任務を前につぶらな瞳を輝かせている。
彼らはなぜいきなり性癖を暴露したのだろう。SにMねと頷きながら、もっとましな人材は居ないのかとマルグリットを恨んだ。これでは俺が変態軍団の大将みたいではないか。
いや、思えば女戦士が半裸で戦う痴女だったね。人の嗜好などそれぞれだと、懐大きく優しい笑顔で俺は問う。
「それで二人の名前は?」
「「いま自己紹介しましたよね!?」」
「……名前だったんだ」
かくかくしかじかと、いざヒュドラ攻略の作戦会議をしていれば、面白そうだなとリュカまで話に加わり。こうして混沌軍、初めてのミッションが開始される。
眼鏡エルフは、人を使うのが得意というだけあって指揮官に向いていそうか。
左翼に戦闘員を集めて、石の投擲や魔法の遠距離攻撃で自分たちの存在を敵にアピールし始めた。
やはり狂暴と感じた攻撃の根幹には、飢えがあるのだろう。
纏まった餌に食指が動いたようで、多くの首がニョロニョロとエスデスたちの方向を向いていく。その様はまるで、乙女の髪が風に靡いているかのようだった。
「よーし、オレ達も行くぜギガ男!」
「えっ隊長。俺の名前は……ギガ男です……」
「うふふ。そうねぇ」
右翼からは、黒剣をブンブンと振り回す狼少女に巨人たちが続く。
俺の付けたあだ名が定着したようで、単眼の男は諦めた表情でこん棒を担ぎ。ギガ子が微笑ましく背を支えていた。
これにマルグリットが加わり、こちらは単純に質量と暴力で多頭竜を威嚇していく。
するとどうだ。今度は余っていた頭が戦士の迎撃に動き、横から見ていれば毛糸玉のように蠢いていた竜の首も、七三分けのようにピシリと整っていくではないか。
「あっ、ツカサさん。見えましたよ、竜の胴体です!」
作戦の成功にママがやったと可愛らしく飛び跳ねる。この純真さに育てられたのならばエルマが健気に成長するのも頷けるものだ。
ともあれ、喝采すべきはチームワークだろう。英雄級の人間が二人でも持て余したというのに、小さい力が束になってヒュドラから隙を作りだしてしまう。
「これが人数の力か。やっぱり侮れないもんだな」
皆のおかげで確かに目視出来た胴体と足の位置。
ならば真ん中は、あの辺りかな。俺は心臓に魔力を送り込みながら、勇者のように右腕を天に掲げ。光の柱が頭上に伸びていく。
氷竜を打ち落とすのにはジグの技を借りたけれど、あれから自分ならばどう戦ったかと考えてみた。この光翼剣が、その答えである。
名づけ。
「【天羽々斬】」




