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596 同じ空の下ならば



 俺は竜の吐息を命からがらに避け、上空からの奇襲を最後の手段としたわけだが。

 実はこれ、強そうに見えて、あまり威力は無かったりする。何せ空中では踏ん張れないから、力が籠められないのだ。


 超活性の魔力防御ともなれば、並みの攻撃では破れない。手打ちはもとより、体重と自由落下の慣性が乗った程度では、とても竜を殺すことなど出来ないだろう。


「これで駄目なら、お前の勝ちだ」


 だから混式を纏って、剣も自重も増しに増す。

 でも足りない。これではきっと足りないから。俺がイメージしたのは、あの日、オリハルコンをも切り裂いた最強の一撃で。脳裏を掠めるは、師匠にして最愛の魔王の言葉。


 (破限(はげん)は身体強化と使う都合で不安定な力じゃ。なので、その形状は術者のイメージしやすい物が理想とされる)


 俺は、かつて彼女が使用していた形を(おも)った。

 溢れる魔力。濃縮される闇。背より噴き出す黒い翼。エネルギー波が空を叩き、ここに落下は飛翔となり。


 グンと進みだす身体に、まるでジグが背を押してくれたようだと涙が滲む。

 さながら流れ星。零れる黒い魔力が尾を引き、朝焼けの空へ一筋の線を残してラストアタックを試みた。


「ああ――」


 地上に居るのは、町壁まで薙ぎ払った会心の一撃に勝利を確信する青銅男。

 そんな彼が、ふと空を見上げたのは、地上に落ちた影か、竜の本能か。こちらを見つめて眩しそうに目を細め。


「自由に翼を広げられる、楽園に行ってみたかった」


「俺に願い事を言われても困るね」


 体力尽き、根も尽きたのだろう。竜人は回避行動すら取れず、無防備に胸元を晒していた。黒剣が勢いのままに、その中心へと落ちて。氷鱗を貫き、心の臓を食い破る。


 深々と刺さる刃に勝利を確信するも、誤算があるとすれば、その後を考えていなかったことだ。ちっとも減速をせずに目前へと迫る地面に、これ死んだんじゃねと走馬灯すら見えて。


「……あれ?」


 青銅男が残した言葉の、言い回しが少し引っかった。

 楽園。同じ言葉を、奇しくも大空の冒険で聞いたことがある。そして魔王同盟は最後の天使である【深淵】が持ち掛けたもの。


 もしや竜巣軍は、比喩でもなんでもなく、本当に楽園の空を夢見ていたのでは。そんな事を考えながら、俺は大地に猛スピードで突撃をして、地面の染みとなったのだった。


「一応聞いておくが、生きてんだな?」


「返事がない。ただの屍のようだ」


「……よし!」


「何も良くねえよ」


 巨漢の赤鬼が俺の首を摘まんで持ち上げる。確信して言うが、こんな猫のような扱いをするのは自分が汚れたくないからに違い。


 俺の落下した地点は大きく陥没をして、べちゃりと赤い液体が飛び散っていた。

 下敷きになった青銅男の血も含まれるのだろうが、多くは地竜の死体から流れるものだ。


 突きによる攻撃を躱した時に出たのだろう。お陰で土がぬかるみ柔らかくなっていたようだ。そこに血溜まりと氷と死体がクッションになり、なんとか致命傷で持ち堪えられたぜハハハ。


「まさか……本当にディネーヴェを倒してしまうとは……」


「やぁ、そっちも生き残ったみたいだね」


 全身血泥パックな俺をキトが凄く嫌そうな顔で遠ざけるもので、何とか抱き着いてやろうと苦心をしていたら、足元からか細い声が聞こえてくる。女戦士が目に涙を貯めて、鼻水交じりの言葉を捻りだしていた。


 雪山で眠るように、静かに瞼を閉じた彼女だ。もう駄目かもと思っていたのだけど、無事に目を覚ます事が出来たらしい。


 いや、偶然ではないのか。マルグリット卿の寝そべる辺りだけ、不自然に氷が解けていた。キトが勝負を見守る傍らで、卵の孵化を待つように炎で温めていたのだと伺える。


「少しは優しいところあるじゃん」


「勘違いすんな。コイツの素性くらいは知ってらあ。だからこそ、まだ死なれちゃ困るんだよ」


 それよりもと、キトは顎をしゃくって青銅男の死体を示す。

 彼はこの町を支配していた魔王軍の幹部だ。倒したのは大金星で、首を掲げれば一気に名前に箔がつくと言うのだ。


 今度こそ自称ではなく竜殺しの名を貰えるだろうか。俺はくだらない事を考えるも、いいよとゆっくり首を横に振る。


「決闘した相手を晒し者にする気はない。悪いけど、嬲られる前に灰にでもして、空に還してやってくれ」


「まぁ、そりゃあお前の自由だぜ」


 二つ返事に頷く赤鬼は、燃える拳を背後に振りかざす。

 青銅男の凍らせた町を瞬時に解凍する熱量。地竜の大きな死体と共に周囲は炎上し、パチパチと音を立てて煙は天へと昇っていった。


 情けない流れ星でごめんよ。俺には、これが精一杯さ。



「よお、ツカサ。随分と長えウンコだったな!」


「女の子が、そんな嬉しそうな顔でウンコって言うなよ……」


 キトは事後処理をするということで、俺はマルグリット卿にお姫様抱っこをされながら、町門まで帰還する。


 すると、こちらに一早く気付くのは狼少女であった。おーいと手を振り存在をアピールしていて。そんなリュカの元には、ママを始めとした子供達の姿も見て取れた。


 手を振り返したいところだったけれど、もはや腕は上がらない。

 灰褐色の少女を筆頭に、元気よく駆け付けてくるエルマとマリーを、俺は微笑ましい顔で眺める事しか出来なかった。


「良かったツカサ兄ちゃん、無事……じゃない!?」


「もぉケンカはめっなの。おにいちゃんは、どうしてすぐにケガしちゃうの!」


「ごめんねマリーちゃん。ウンコが強くてさぁ」

 

 せっかく近くまで来たのに、子供たちはトンボ返りをしてしまう。ワーキャーと騒ぎながら、早く来てとばかりにママの手を引いていた。


 耳元でフフと笑う声が聞こえる。抱き抱えられる俺は、視線を上げれば、すぐにマルグリット卿の顔があるのだが。その哀愁漂う横顔をなんて例えよう。


 まるで水を求めて砂漠を漂う者が、蜃気楼と分かりつつもオアシスを見つけてしまったような。届かぬ幻に、それでも未練を残すような目であった。


「貴女は、これからどうするの?」


「【竜巣】軍と一戦やらかすんだろう。一緒に連れて行ってくれ。自分で言うのもなんだが、私はきっと戦力になるぞ」


「そりゃあ頼もしいけどさ」


 彼女はもう傷だらけ。探し続けた弟がやっと見つかったのだ。ならばもう、剣を捨てて余生を過ごしてもいいのではないか。


 そんな考えが浮かぶのだけど。傍から見れば、ママと子供たちのなんて幸せそうな事。そこに自分の居場所が無いと思うのは、仕方がない事なのかも知れない。


 俺とて同じだ。幼女の無邪気な笑顔を見ると、自分の血塗れの手が酷く汚れたものに見えて。抱きしめるのを躊躇ってしまうもの。


「けど、こんな状況だからね。俺が旅立っても、腕の立つ人が側に居れば、あの家族も安心なんじゃないかな?」


 エルマにしても、急に姉を名乗る者が現れては困惑をするだろう。

 しかし、互いに歩み寄る気持ちさえあれば、人は魔王とだって家族に成れるのだから。これからゆっくりと失われた時間を取り戻していけばいい。俺はお姫様抱っこされたままにキメ顔でそう言った。


「えっ……ツカサ兄ちゃん、もしかして僕たちを置いて行っちゃうの?」


「置いていくというか。まぁお別れてきな……ね?」


 タイミング悪く、本人に予定を聞かれてしまう。

 エルマ少年は妹の手前、努めて兄として振舞ってきたものだ。俺に迷惑を掛けぬようにと、年の割に非常に聞き分けの良い子で。


 だから子供のように嫌だと泣き叫ぶような事はしなかった。

 「そうだよね。ありがとう」必死に口元に笑顔を浮かべて見せるのだけど、目からも鼻からもボロボロと隠し切れぬ感情が溢れ出していて。


「おい、なにエルマを泣かせているんだ。ブチ殺すぞテメェ」


「流れを知っていて、その台詞を言えるの凄いね」


 すっかりブラコンのお姉ちゃんが、隠さぬ殺意を伝えてくる。

 ひぇーと逃げ出したくなるものの身体は動かない。助けてリュカと、頼れる仲間に救いを求めると、フイと視線を外す灰褐色の髪の少女は言った。


「やだ。汚ねえからウンコ塗れ野郎に近寄りたくない」


「これは泥だ!」


 犬系少女にしては抱き着いて来ないと思ったけど、そういうことね。まさか汚物のように思われていたとは。キトといい薄情な奴らばかりである。


 結局、俺を救ってくれたのはママだった。糞塗れという誤情報にドン引きしながらも、なら綺麗にしないとと全身を拭いてくれる。


 彼女は本当に聖女なのではないか。溢れるバブみに思わず「ママ~」と叫びたくなるも、キエーと幻聴が聞こえた気がして真顔になった。


「それで、俺としてはこの町で静かに暮らして欲しいかなって」


 傷が癒えたところで事情の説明をする。俺たちがこれから向かうのは【軍勢】軍の救出。敵は魔王の他にも、裏切り者の三大天まで居る。どう考えても激化していく戦いに子供達を巻き込みたくはないと。


「なるほど、よく分かりました。マリーが懐くだけあって、本当にお優しいのですね」


 そう言うと、ママは手を握り予想だにしていない言葉を掛けてきた。貴方もまだ子供でしょ、無理をしないでと。指先から伝わる温もりに、本当に泣きたくなる。


「戦いが激しくなるのなら、神聖術は必要でしょ。私、お料理も洗濯も頑張るわ。子供たちを救ってくれた恩を少しでも返させてちょうだい」


 エルマにもマリーにも、帰る場所が無い。同じ空の下ならば、好きな人と一緒に居る方がいいのではないか。イグレシアさんはそう考えるようだ。付いていくという発言に、子供達は曇っていた表情をパァと輝かせた。


 これは困ったぞ。考え方によっては俺の近くの方が安全だろうか。うーんと眉間に皺を寄せて悩んでいると、ポンと肩に手が置かれた。灰褐色の髪の少女が、さながらオレも居るぜとばかりにアピールをしていやがる。


「汚物なんだろ。触るんじゃねえ」


「そんなっ!?」


「俺の味方はお母さんだけなんだ!」


「だからマリーのおかあさんなの!」


 もう少し、賑やかな面子での旅が続きそうか。

 同じ空の下と言われ、ついつい思いを馳せるのは、別れてしまった仲間たちの事。頭上に広がる、果て無き青に視線で尋ねる。


 ねぇイグニス。君はいま、何処に居るんだい。俺は進むよ、早く追いかけて来てね。



これで魔大陸上陸編は完結です

閑話を挟み、次章に続きます。感想

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