577 私がやりました
「おい貴様。そこで何をしている?」
不意に背後から声を掛けられてビクンと肩が跳ねた。そのせいで、手からは硬貨がこぼれ落ち、チャリンと金属の軽やかな音が場に響く。
やっべ。俺は金貨の詰まった袋をサッと後ろ手に隠して、如何にも卑屈な笑みを浮かべながら振り返った。
「っ!? こ、これはでゲスね……」
「フン。火事場泥棒か」
男は吐き捨てながら、冷ややかな視線を浴びせてくる。
まるで夏のゴミ捨て場で、カサカサと地を這う害虫でも見つけたかのように、嫌悪を持ちながらも無感情で無表情だった。
誰だろう。その男は肩まであるセミロングの青銅髪。声から視線まで爬虫類じみて冷たく。下手に顔の造形が整うせいか、彫刻のように温度を感じない。なんとも黒い軍服が似合い、雰囲気まで凍り付かせる圧を持っている。
既に間合いだ。答えを間違えれば、腰の剣で躊躇いなく首を落とされると悟るも、それに気づかぬ間抜けを装い、低姿勢に揉み手をした。
「そこの虫けら。近くに居たのであれば、地竜を殺した者を見なかったか?」
「い、いや~。あっしが見た時にはもう死骸だったもので……」
初対面で罵られるのも仕方がない。俺がいまやっている事はサルベージ。子供たちの身代金として投げた金を、倒壊した家屋から回収している最中なのだ。
現場から早く離れた方がいいのは分かっていたけれど、あれが全財産なのよね。
大暴れした竜のせいで、崩れた建物の中から探すのは大変で。もう本格的にトカゲのことが嫌いになりそうである。
「つくづく使えぬゴミだ。取るに足らん小物め、とっとと視界から失せろ」
「ゲスゲスゲス」
彼はゴミ捨て場に湧く虫よりも、竜を倒した相手の方が気掛かりらしい。それもそうか。自宅にでも出たならばともかく、虫なんて何処にでもいるもんね。
まぁ犯人は俺なのだが、失せる許可が出たのならば早く消えよう。
粗方回収し終わった金貨を抱えて、コソコソと移動をしようとするのだが。視線はついつい、巨大なトカゲの亡骸を悲しそうに撫でる青銅の男へと向いてしまう。
「下級とは言え竜を殺せる奴が町に紛れ込んでいるとは。これは由々しき事態だぞ」
「口ぶりからして、やっぱり竜巣軍なのかな」
軍服君は、先程のワニよりも偉いのだろう。兵士を顎で使い、集まりだした野次馬の対処をさせていた。
それもそのはずで。肌のところどころに見える鱗に、額から伸びる角。かつて見た魔王に似た特徴から、彼も竜人族なのだと伺える。
竜殺しの実績も人間にならば持て囃されようが、竜人にとっては不倶戴天の敵に他ならない。次に顔を合わせる時は、命のやり取りになりそうだなと考えて。
「あっ、アイツですよ隊長を倒した奴は!」
「何? あの覇気の欠片も無いカスのような人間がか?」
「そこまで言うことないじゃんかよ……」
兵舎に居たトカゲが戻って来たらしい。
言っておくが、お前らの隊長は自爆だぞ。それでも仲違いをしていたのは事実なので、第一容疑者には浮上してしまうだろう。俺は目線を逸らし、素知らぬ振りをしながら、野次馬の中へと紛れていく。
「逃げやがった! やっぱり怪しいぞ。追いますか、ディネーヴェ様!?」
「捨てておけ。コイツの死因はどうみてもチェパロに踏まれたものだ。竜笛をくだらん事に使いおって」
慌てふためく兵士と違い、男は意外や冷静に判断を下す。
竜殺しをした人物が、せこく火事場泥棒などしているとは思いもしないのだろう。まぁ、犯人は俺なのだが。
その代わり、顔は覚えたぞとばかりに、氷柱のような視線が最後まで向けられるもので。俺は冷や汗を流しながら、奴の瞳から逃げるように大通りへと駆け出した。
◆
「はぁ。ここまで来れば大丈夫かな。後で指名手配とかされなきゃいいけど」
少し離れた場所では、騒ぎなど無かったかのように日常が送られている。今度は尾行されていないかを確認しつつ、歩行者に紛れて一安心。
と、行きたかったのだけど。通りすがる人は、誰もが数歩離れて距離を取っていくではないか。顔に何か付いているかな。一体何故と首を傾げながら、ふと頬に触れば疑問は解消した。
返り血でべっとりなのだ。うん、雨の様に浴びたもんね。
あの冷酷男が雑魚雑魚と言いながらも、最後まで不審な目で見ていた理由が分かった気がする。
どう見ても殺竜事件の犯人であった。むしろ節穴かと言ってやりたい。こんな容疑者が居れば名探偵も必要なかろうよ。はい、私がやりました。
「こりゃ寄り道せずに早くアジトやらに行くか。シャワーくらい浴びられるといいなぁ」
合流場所は何処かなと看板を見上げながら大通りを進む。
キキの話では、鬼哭街にある青鬼の看板の店と聞くが。そもそも鬼哭街が分からないぞ。
そんな事を考えながら、頭上に注意を払っていたもので、ドンと正面から人にぶつかってしまい。ごめんなさい、すかさず頭を下げると、トカゲのお兄さんは槍で肩をトントンと叩きながら威圧した声で言ってくる。
「君~ちょっといいかなー。市民から、なんか怪しい人物が居るって通報があってね?」
「っ!?」
こんな時にまさかの職質だと。
頭を過るのはフードで顔を隠した鬼娘のこと。あんな怪しい姿の奴が子供を抱えていたら、人浚いにしか見えないのではないか。
俺は毅然とした態度で受け答えをしようとするも、この町に着いてから後ろめたい事しかない。震える声には多少の動揺が表に出てしまった。
「ななななんでしょう?」
「よし。ちょっと詰所まで来て貰おう」
兵士はノータイムで黒と判断してきた。ツカサ・サガミは逃げ出した。
こう言うのはなんだけど、ちゃんとしたトカゲも居るんだね。待てと叫びながら仲間を呼ぶ彼に、罪悪感を抱きながら俺は全力で駆ける。
「ふーふー。よし、捲いたか」
大通りが、どこもかしこもトカゲ兵だらけになってしまったので、俺は人気の無い方向へとドンドンと迷い込み。気付けば居たのは寂れた飲み屋街。
狭い通りだけに薄暗く、掲げられた提灯が怪しくボンヤリと道を彩っている。
表とは客層がガラリと変わったせいか、流れる空気まで一転していて。日もまだ高いというのに酔いどれる飲んだくれ。
一見は俺になど無関心なようで、誰もかれもが鋭い視線を浴びせてくる。いかにも脛に傷のありそうな連中が、そこでは隠れるように夜を迎えようとしていた。
まさか此処じゃないよねと祈りとつつ、恐る恐るに歩を進めると。あったよ青鬼の看板。
「軍勢時代の名残を隠そうともしてない店だな……」
しかし佇まいは悪くない。灯りは提灯のくせに、その店の入り口は西部劇に出てくるような左右へ開くスイングドア。魔族の前提としているのか、やたらと大きい入り口を、ギイと鳴らして中へと踏み込む。
「……らっしゃい」
迎えてくれたのはカエルであった。
カウンターの奥には前掛けをびしりと決めた両生類が、視線も向けずに皿を磨いている。
そこにそこに広い店内だが。丸い机が六つは並ぶも、椅子に座る者は誰も居ない。
酒場の癖に、感じるのは埃と鉄の匂いだ。
剣や槍が壁に掛けられ、内装の至る所に残る刃物傷。まるで店が、騒いだら殺すと訴えかけて来ているようだった。
いいね。ボソリと呟く。
なんというか、俺が期待していた冒険者ギルドの雰囲気そのままである。何より、これからのやり取りに男心を妙にくすぐられる。
「今年は桃の花が綺麗だね。思わず一杯やりたくなっちまったよ」
カウンターの奥から三つ目の席に座り、合言葉を告げた。カエルさんはキュートなお目目をパチパチとさせて言う。
「ああ、キキなら先に来ているよ。ほれ、鍵だ」
「空気読めよ、ぶっ殺すぞ!」
約束では「赤い花も見頃だぜ」と出されたコップの底に、奥の部屋へ行く鍵が隠れていると聞いていたのに。他の客が居ないからと省略しやがった。このスパイごっこ感がいいのにさ。
俺は微妙に不貞腐れながら、奥にある階段を登り、貰った鍵を使って部屋へ入る。
そこで待つエルマとマリーへ爽やかにただいまを告げると、やっと素顔を晒した鬼娘が額に血管を浮かび上がらせて叫ぶのだ。
「お前、潜伏する気あるのかよ! たった一日でどれだけ問題起こしてやがるんだ!?」
確かに。




