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570 潜入任務



「ねー、お兄ちゃん。あそこにおかあさんいるの?」


「うん。そうだよー」


 肩車をする幼女が、頭をペチペチと叩きながら聞いてきた。

 俺は返事をしながら、内心で多分ねと付け足して。道の先に見える町を静かに睨む。


 なるほどね。

 いや。この子たちの故郷で出会ったオポンチキ軍の行動が、どうにも不可解だったのだ。


 侵略者として金品を奪うのは、まぁ分かる。

 町の人を戦利品として奴隷にすることも、無くはないのだろう。それでも、誰も居なくなった町にまで、火を付ける必要はあったのかなと。


「町を燃やしたのは、自分たちの大きさだと使えないからか」


「そんな事で僕らの家が……」


 全ては相手が巨人だからなのだ。

 人間用の住居は使えないので、町を建設するにしても、いっそ更地の方が都合が良かったのだろう。


 目的の町にも、その隣には大きな住まいが仮設をされていて。

 同時に、大規模に奴隷を集めていた理由も見えてくる。奴らが作っていたのは、畑だった。監視のもとで、大勢の人が畑仕事に従事させられているらしい。


 思えば人の3倍大きな体を維持する為に、彼らは人の3倍以上食べるのではないか。

 いや、食料だけではない。衣食住の全てを巨人の規格に合わせるのであれば、人間の町を一つ抑えた程度では、生産力がとても足りないのだ。


「まぁ奴らの事情はともかく、殺されなかっただけましだったと思うしかないよ」


「そう……なのかな」


 俯く少年の頭を軽く撫でて、さぁ行こうと手を引く。

 目的地が見えても子供の足だ。到着までにそれなりの時間が掛かり、町門に辿り着いたのは日が高くなってからで。


 素知らぬ顔で入場をしようとすると、頭上から降り注ぐ「待て」という声。巨人の兵士が単眼をギョロリと下へ向けていた。ですよねー。


「頭巾を取って顔を見せろ。この町に何をしに来た?」


「げへへ。孤児を見つけてね。ここなら高く売れるって聞いたんでゲス」


「……人間か。ガキなんて労働力にもなりゃしねえと思うが、まぁ値段を決めるのは俺じゃねえな」


「ゲスゲス」


 へりくだった下賤な笑みを浮かべると、俺を見つめる巨人は、嫌そうな顔で早く通れと追い払うように手を振る。


 入門料を取らなければ身体検査もしない。なんて雑な管理体制だ。むしろ本当に通って良いのかと不安になるけれど、それだけ人間が脅威に思われていない証拠かも知れない。


 考えてみれば、騎士というのは貴族のエリートが剣に人生を捧げて成るものだ。育成の土台が無い環境では、強い人間というのも育ちづらいのだろう。


「ツカサ兄ちゃん、さっきの変な笑いはなに?」


「奴隷商人になりきってみたんだ」


 子供たちの手にかけた縄を解きながら、名演技だったろうとウインクすると、少年は目を逸らしながら「……うん、そうだね」と肯定をしてくれる。


 これでも貴族や商人と数々の交渉をして来た俺だ。もしかしたら才能があるのも知れない。幼女のツボにもハマったか、キャッキャと笑いながらゲスゲスと言っていた。


「いやー。にしても想像以上に賑わってるな。エルマの街もこんなだったの?」


「ううん。こんなに沢山の人が集まるのは、お祭りの時くらいだよ」


「わたち、お祭りすき!」


 そっかー。目を輝かせるマリーちゃん5ちゃいに返事をしながら、周囲に目を戻す。そんな活気のある町だが。印象としては雑多の一言に尽きるだろうか。


 ラルキルド領でもそうだったけれど、種族に個体差がありすぎて理想とする建物の形状が安定しないのだと思う。木造の建築を主体に、縦や横に伸びた建物が入り混じり、装飾も様々で。目で見るぶんにはとても楽しいものだ。


 建物がそんなだけあり、通りを行く種族も様々である。

 人豚や人犬が普通に店番にまで立っていると、魔族の領土に来たのだと実感せざるを得なかった。


「まぁ、その辺りは鬼の里を経験してるし今更か」


「いまさらだー」


 幼女はマジでテンションが高いので、逸れないように手を繋ぐ。大通りは人も多いし、馬車の通行も激しいみたいだからね。

 

 舗装もされていない地面は、既に轍でデコボコで。見れば、その凹みの中にスライムが蠢いているのが分かった。


 オイオイ。スライムは腐肉喰らい。腐った肉や野菜はもとい、糞にまで集る生物だ。

 体内の強酸で生ごみの処理をしてくれる反面、汚すとすぐに湧いてくるので人間の町は清潔に保たれていたものだが。


 そんなこと知らぬとばかり、通行人がポイポイとゴミを道へ捨てていくではないか。子供達が驚かないあたり、こっちでは茶飯事なのかも。ばっちいわね。


「これからどうするの?」


「うーん。とりあえず、少し見て回ろうかな。俺はこの町の事を何も知らないから」


 せっかく同盟を結んだ鬼族であるが、今回は俺たちだけの単独潜入である。理由はずばり、鬼の肌は非常に目立つのだった。


 キトの性格を考えるならば、すぐにでも乗り込み、町を奪還しそうなものだけど。

 それが出来ないのが人質の存在らしい。内部の裏切りとは厄介なもので、彼が不在の間を狙い、この町の主要な魔族が囚われてしまったのだとか。


 敵も馬鹿ではない。同じ三大天を警戒していないはずがなかったか。なので目下の任務は、捕虜を含めた奴隷の解放なのである。


 そうすればエルマとマリーのお母さんも助かるし、あの赤鬼が憂いなく大暴れ出来るというわけだ。


「取り戻しても結局は魔王軍の支配下なんだけど、今よりはマシだろう」


 雑踏を歩いているとチラホラと目に付くのは、鎧を着て武器を携帯する兵士。

 いづれも蜥蜴のような種族で、羽振りよさげに金を使うも、周囲の人間からは煙たがられているのが見て取れた。


 俺はそんな様子を眺めながら、ポケットの中の硬貨をジャラジャラと遊ばせる。キトから滞在費という形でお小遣いをもぎ取ったから、金銭的には余裕があるのさ。


「ねぇ、マリーちゃん。どれが食べたい? 買ってあげるよ」


「いいの!? ……でも、むだづかいはめって、おかあさん言ってた」


「……そうだね!」


 5歳児の返答に思わず固まってしまう。

 確かに二人とも目を輝かせて露店を眺めるわりに、「欲しい」とは一度も強請らなかったね。


 俺は最初から買い食いをする気満々だったし、イグニスならば欲しいものがあれば、地面に寝そべり駄々を捏ねるだろう。どこか人間的に負けた気分である。


 しかし情報収集だから無駄じゃないのよ。

 立派な教育のところに悪いが、今日は特別だよと、お母さんに内緒の約束をすれば。エルマとマリーは、まるで縁日に訪れたようにはしゃぎ出し。


「やだやだやだー。わたち、お菓子がいいのー!」


「マリーはいつも我儘なんだよ。僕だって欲しいのあるんだぞ!」


「……おぅ」


 仲の良い兄妹の絆は、物欲により簡単に引き裂かれてしまった。

 どうやらデザート系とがっつり系でぶつかっているようだ。遠慮の無い大声に注目を集めてしまい少し恥ずかしい。


 けれどエルマは、教会跡で見つけた時から、努めてお兄ちゃんだったというか。辛さに耐えて不満も口にしなかったので、年相応の姿が見れて安心した気分だ。


「騒がせて、すみませんね。その料理一つ貰えます?」


「はは。元気があっていいじゃないか。妹ちゃんの分もおまけしてあげるよ」


 俺がお金を渡すと、ゴリラのおばちゃんはケバブのように回転焼きする魔獣の丸焼きから肉を削ぎ落す。その片手間に儲かってそうですねと世間話を振れば。客は絶えないけれど治安は悪化するばかりと嘆きを見せた。


「大きな声じゃ言えないけど、巨人族が竜人族に吸収合併されたみたいでね。【竜巣】軍の奴らが調子に乗るばかりさ」


「へぇ。それは大変ですね」


 と白々しく返す。

 そうか、オポンチキが死亡して空中分解しかかった所を、ランガが丸々飲み込む形に収まったのである。


 あの女が生きているという話に信憑性が増したな。そんな事を考えていると、カランカランとハンドベルのような音色が響き、奥の広場が盛り上がるのが見えるではないか。


「何かあるんですか?」


「ああ、奴隷の競売だよ。可哀そうに、他所の町から無理やり連れて来られたのさ」


 しかし、人と同時にこの町には金品も集まってくる。

 人が増え、消費が増え、仕事が増える。その循環が皮肉にも好景気を生み出しているらしい。


 住民であるオバサンからすれば、支配者が変わったというくらいの認識だそうだが、好きにやられて面白くはないと不満を漏らしていた。俺は話をしてくれたお礼を言って、子供たちと共に広場へと向かってみることに。


 もしや、この子達のお母さんも居るのではないかと思ったのだが。手枷を付けられ牽かれる集団の中に、見慣れた顔を見つけて唖然としてしまう。


 灰褐色の髪をした、中性的な外見の少女である。

 端正な顔には青い痣をつけるも、まだ牙は折れないか。近づけば喉元を食いちぎるとばかりの鋭い視線で周囲を威嚇していた。


「リュカー!?」


 なんでお前が此処に居るねん。




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