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569 盃



 白熱した試合の結末が、まさかの反則負けとは。

 しかし結果だけを見ればあの不屈の赤鬼に土を付けた快挙なわけで。俺は吠えながら勝利のガッツポーズを決める。見てるかい、勇者一行のみんな。リベンジは俺が果たしたよ。


「やっふー! 勝った勝った、キトに勝っちゃったぞー!」


「だから反則だって言ってんだろ馬鹿人間! お前なんかに兄貴が負けるかよ!」


 横からガオーと意義を申し立てる妹鬼。だがその言葉は耳に届かない。俺は立ち上がった拍子にくらりとひっくり返り、既に意識が飛びそうになっていたからだ。へへへ。


 しかし反動が凄まじいな。流石に超活性と並ぶパワーを引き出すだけのことはある。

 たった30秒でこれだと、使い所を考えなければ自滅をする諸刃の剣になりかねないか。


 もう戦いを引き継いでくれるジグもいないのだから。ふとした拍子に溢れ出す喪失感に目を細めていれば、スッとこちらに差し出される大きな赤い手。


「……次に勇者一行とやりあう時は、お互い命のやり取りになりそうだな」


 キトは勝敗を口せず、ただ俺の力を認めてくれた。なによりの称賛に心が沸き立ち。向けられる手を力強く握り返す。この握手の意味くらいは理解出来ているつもりで。


「やるか。魔王殺し」


「ああ、面白くなるぜぇこりゃあ」


 とはいえ、まずは手当をして欲しいかな。起こしてもらっても相変わらずに足元はフラフラで、額からピューピューと血も噴き出していた。


 エルマはどうしようと狼狽するばかりなのだが、マリーが俺の傍に駆けつけてくる。勝利でもお祝いしてくれると思ったのだけど、幼女が口にした言葉はこうだった。


「けんかは、めっ!」


「……はい」


 また叱られてしもうた。



 正式に鬼族と同盟を結び、今日はキトの館に泊まっていく事となった。

 外傷こそ回復薬を貰い治ったのだけど、内臓のダメージが大きくて何処か調子が悪く。そんな時に勧められたのが湯治だ。


 薬草をたっぷりと浮かせた湯なのだが、これがなかなかに効果がある。

 本領は湯気にも混じる成分だろう。身体強化の治癒力と合わさると、まさに染み入る心地で身体を内側から修復してくれるではないか。


 暫く浸れば気分も落ち着き、やっと一息つけた心地であった。


「すげー。あの怪我がもう治っちゃったの?」


「大活性でも一晩寝れば骨くらいはくっつくからね。ところでエルマ。マリーちゃんはどうしたら機嫌を直してくれるかな?」


「……っ! ……っ!」


 だと言うのに、気持ちよく湯に浸かっていれば、マリーは無言にビシビシと俺の頭部を叩き、荒ぶる感情を表現してくるではないか。口数は少ない癖に意外と自己主張が激しいぞ、この幼女。


 そんな妹に困った顔を浮かべる茶髪の少年は、けれど止める素振りも見せずに言った。きっと怖かったのではないかと。


「あー血が噴き出してたもんな」


「まぁ顔が血で真っ赤なのに笑ってて、どっちが鬼か分からないくらいだったけど……」


 違うよと、湯舟から出す顔を横に振るエルマ。

 死んでしまうかと思ったと言われ、その真意を察す。今の俺は、これでも彼らの保護者なのだ。


 俺の肩に、この子達の命まで乗っているならば、少しばかり考えなしの喧嘩だった。

 真化した闘気の使い所をより一層に見極めねばと思うと同時、ジグもこんな気持ちだったのかなと考える。


 置いていく側の不安に、残される側の不安。きっと死の間際まで、迷いに迷って、俺は生かされたのだろう。


「大丈夫だよ。お母さんに会わせてあげるって、約束をしただろう」


 俺は死なないよと頭に手を置けば、見知らぬ大人に頼る罪悪感か。少年はバツが悪そうに目を泳がせていた。


「ありがとうね、ツカサ兄ちゃん。本当は僕がマリーを守らないといけないのにさ……」

 

 買い被られても困る。俺だって強くは無いのだ。守りたいものなんて、何一つ守れないから、いま一人ぼっちをやっているわけで。嗚呼。だから自分に言い聞かせるように、先輩風を吹かせる。


「なら、強くならないとな」


「うん!」


 そしてエルマと真面目な話をしている最中。少し目を離した幼女は、なぜか俺の股間をグイグイと引っ張っていた。水中に揺蕩う、謎の物体に興味を抱いたようなのだが。止めて、それは取れないのよ。


「……?」


「くっ、けっこう力が強い。気づけば両手で引っこ抜こうとしてやがる」


「態度は大人しいけど、マリーは頑固なんだ。こうなったら言うことなんて聞きやしないよ」


「だからさっきから止めないのか。諦めるなよお兄ちゃん!」


 大きなカブはそれでも抜けなくて、マリーは頬を膨らませて拗ねていた。その執念はどこから来るのやら、風呂上がりに着替えている時まで虎視眈々と狙うもので、俺は心底に幼女怖いと震えあがる。


 だが所詮はガキよ。客間に戻れば、そこには3組の布団が敷かれていて。ベッドとはまた違う、けれどフカフカな寝心地の物体に興味を奪われたようだ。良かった。


「床で寝るって、なんか変な感じ……」


「そっか。こっちだと、あんまり無い文化なんだ」


「えっ、兄ちゃんの国にはあるの?」


「俺の故郷も床に布団を敷くし、なんなら大陸でも普通に見るよ」


 雑魚寝をするような安宿の大部屋だけどね。聞かせれば、少年は異国の話にへぇと目を輝かせる。自分の町の外にも出た事が無いのだ。外国の文化は想像も付かないのだろう。


 ならばと日本の伝統的遊戯、枕投げを少し楽しんで。妹鬼に「うるせぇ馬鹿人間」と少ない語彙で罵られて。疲れ果てたか少年少女はあっという間に夢の中。


 せっかく布団を三枚用意してくれたというのに、兄妹は俺の布団の中で仲良く抱き合い、眠りについていた。俺も最近は寝ずの火番で寝不足気味だ。もう目を瞑ってしまおうかと考えた所で、ギイと廊下の軋む音がする。


「なんでい、もう眠っちまう所だったのかい。せっかくの綺麗なお月様よ。こんな日は夜でも花を愛でるもんだぜ」


「そう言うなら酒を仕舞えよ」


「ばっきゃろう。酒が進むって話だろうが!」


 赤鬼が声を張り上げるもので、俺は慌てて唇の前に指を立てる。話があるなら子供を起こすなよ。キトは付いてこいとばかりに顎を動かし、黙って背を追う。


 連れていかれた場所は、庭を一望出来る屋根上だった。

 なるほど幻想的だ。季節外れに狂い咲く、美しい桃の花。池の水面に月が映るも、風が悪戯に花弁を落として波紋が空を飲み込んだ。


 見たこと無いのに、見覚えがあるとは不思議なもので。とても西洋とはかけ離れた庭園に、一つの疑問が浮かび上がる。


「どうでい。エルフの大森林には劣るが、こっちの自然も綺麗なもんだろう」


「本当に綺麗だ。昼とはまた違った味わいがあるよ。なぁ、鬼族の故郷は本当に此処なのか?」


「少なくとも、俺にはそうよ。ただ遠い先祖は東の方から来たそうだがな」


 やはりかと、その答えは胸にストンと落ちた。

 アイリス。あの未来から来たアンドロイドの存在と照らし合わせれば、この世界は魔力を宿した地球だ。


 日本とまではいかなくても、何処かで似たような文化が芽生えているのかもしれない。

 いつかは行ってみたいものだ。魔女の行きたい場所リストに追加して貰わないとね。


「なに遠い目してやがる。そんなしみたれった話をしたくて呼んだじゃねえやい。ほれ、てめえの杯だ」


「おっとっと。こぼれる、こぼれる!」


 朱塗りの杯を手渡してきたキトは、瓢箪からドクドクと酒を注いできた。

 ジグルベインと呑みたかったという話を思い出し、代理としてありがたく頂こうと口を付けようとし。


「俺の我儘に付き合わせてすまねえ。立場は違えど、敵は同じだ。間違っても不義理はしねよ。宜しくいこうぜ兄弟」


「……この場合、勝負で勝った俺が兄でいいのか?」


「てやんでい。舐めた口を利くのは100年早えぞ、このすっとどっこい」


 任侠映画などで見る、兄弟盃なんて大袈裟なものではない。

 ただ勇者一行と魔王軍幹部という敵対関係だけに、まずは暴力不要の酒の席からだ。

 いずれ殺し合う関係かも知れないけれど、俺たちはお近づきの印として飲み友達から始める事にした。



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