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566 竜哭谷



 俺は、この光景をどう受け止めればいいのだろうか。

 三大天【赤鬼】のキト。シュバール国で勇者一行の前に立ちはだかった、かつての強敵が、小さく体を丸めて頭を下げている。


「や、止めてくだせえ。アンタが人間なんかに頭を下げる必要は無えだろう!」


「そうだぜ頭領!」


「ばっきゃろう! 謝罪に種族も年齢も関係あるか。相手を見て態度を変える方が無粋だろうよ!」


 胡坐の姿勢から両手を地へ付き、角を土へ擦り付けるように深々と謝罪をする。その姿に狼狽するのは、むしろ部下の方だった。


 俺の気持ちも彼らに近い。天に等しき男が、暴力の象徴たる鬼が、ただの子供に向かい大真面目に許しを請うのだから。


 2メートル近くある偉丈夫の目線は、5歳の女の子よりも余程に低い位置にあり。されど微塵の恥じらいも無い、堂々たる土下座であった。


「聞けば俺のシマで不幸にあったそうじゃねえか。そりゃ疑いようもなくコチラの落ち度。面目次第もございません!」


「……?」


「町を守れなくて、ごめんなさいってさ」


 エルマとマリーに、子供でも伝わる言葉で言い直す。だが、やはり首を捻る二人。

 うんうん領土の話は難しいよね。俺としては、ひとまず鬼族と正面衝突をしなくて一安心である。


 武装集団に囲まれて、輪からキトが姿を見せた時は死さえ覚悟したものだ。

 けれど俺たちは歪でも顔見知り。勇者一行がなぜこんな場所にと、入山の理由くらいは聞いてくれて。町の惨状を知った彼の対応がこれだった。


 ただ気になるのは現在の魔大陸の情勢だろう。付近が彼の支配領域であると言うならば、あまりに好き放題にされすぎだ。暗君軍がこの山を通った事からも、かなり舐められている事が分かり。


「やっぱりキトでも、オポンチキには勝てなかったのか?」


「テメェ、誰が誰に勝てなかっただぁ!?」


「……ひぃん」


 小声で呟いたのだけど、俺の発言はボスの面子に関わったらしい。武器を構えた若手衆が殺気立って声を荒げた。その迫力につい腰が引ける。どうにも鬼は苦手である。


 ズタボロになることに定評のある俺だが、とりわけ何日も死の淵を彷徨う程に、蹴って殴っての暴行を加えてくれた奴が居たからね。


「やめろやめろ。おめえ等じゃあ相手になんねえよ。なにせ俺の自慢の角を斬り落としたのは、他でもねえこのツカサ・サガミだい」


 それで諌めているつもりか。赤鬼はカラカラと笑いながら、更に火にガソリンをぶち撒けるような発言をした。部下はボスの手前、襲うような無作法はしないけれど、ニコニコと笑顔を浮かべながらも、額に青筋を作っている。


 俺はへへと薄ら笑い、事なきを得ようとするのだが。そういえば、とキトは思い出したように話題を振ってくるではないか。


「あの天魔の姐さんはどうしたい。こちとら、酒を飲もうって約束を楽しみにしていたんだがな」


「……ごめん、その約束は果たせない。ジグは、もう居ないから」


 二人の魔王を相手取っての、貫禄の最後であった。俺は彼女を知る者に少しでも悼んで欲しくてジグルベインの死にざまを聞かせる。敵の総大将の死。その事実に周囲はどよめくが、キトだけは複雑な表情で目を細め。


「そうか。そっちも色々あったようだな」


 立ち話もなんだし、場所を変えよう。そう言うや、付いて来いとさっさと歩きだしてしまう。鬼共の拠点なんて行きたくのだけど、恐らく選択肢は無いのだろう。


 剣を肩でポンポンと遊ばせる緑鬼が、早よ進めとばかりに睨んでいるからだ。怖い顔はやめてくださいよ。子供たちが泣いちゃうでしょ、もう。



「わーお花キレイ!」


「お母さんにも、見せたかったな」


「そうだろう、そうだろう。どうにもこの異常気象で咲き狂っちまったらしくてな、今が見頃よ」


 肩車をする幼女が、頭上を覆うピンク色の花弁にキャッキャと手を伸ばし。その風光明媚な景色に、手を繋ぐ男の子は見惚れながら呟いた。


 竜哭谷というだけあり、鬼の里は山の谷間にあるようだ。流れ落ちる大きな滝を中心に、川沿いに築かれる、どこか和風の木造建築物。


 咲き誇るのは桃。鮮やかなる花が、風に甘い匂いを乗せて。暑い日差しも、流水の音に耳を傾ければ、なんとも涼やかではないか。人の及ばぬ魔境に、よもやこんな桃源郷が存在しようとは。


「さて、何から話をしようかね」


「俺は別に、お前に話すことなんかないぞ」


「なんでぇなんでぇ。連れねえな。別に怨んじゃいねえが、俺もあの後大変だったんだぜ」 

 キトの屋敷に案内された俺たちは、広間で歓待を受けていた。板張りの床に魔獣の皮が敷かれ、そこに胡坐を組む赤鬼が酒瓶を向けてくる。


 だが今は酔う訳にはいかない。誘いに乗らずに首を横に振れば、赤鬼はつまらない奴だと溜息を吐き。


「そうだな、あれからだ。シュバールで敗北をした俺は三大天を降りた」


「えっそうなの!?」


「あたぼうよ。一度墜とされて、それでも天を名乗るほど恥知らずじゃねえ」


 だが、まさにその直後に進撃をしてくるオポンチキ達。

 そういえば俺もフィーネちゃんにその話は聞いた。まさかの南極越えをしたらしいが、天候を操る竜人が一緒であれば現実味を帯びるか。


「おう。そして【軍勢】墜としは、【深淵】の策略。恐らく、人選も周到なもんだなこりゃ」


 軍勢の魔王と言えば、かの腐竜や鎧さんのような不死の軍団を率いる最強勢力。むしろ、そんな能力でどうやって負けるのだと言いたくが、相性というのは恐ろしいもので。単眼巨人の使った魔力無効領域は、生きる屍をただの骸に戻すそうだ。


 こういうのはなんだが、所詮は魔王軍同士の抗争。ざまぁ見ろと言いたくなり、おやと首を傾げた。キトにモア。軍勢の誇る最大戦力、三大天は、その二角が既に倒されているのだ。


 無法に略奪をする暗君軍の残党と照らし合わせれば、見えてくる答え。


「もしかして、本当に負けそうなの?」


 赤鬼は肯定も否定もせずに、眼力を強めて圧を出す。さながら、俺が負けると思っているのか。そう言いたげで、しかし状況とプライドが空虚な威勢を許さぬようだった。


「てやんでい。勝負の結果は運次第。追い込まれようと憎まれ口は叩かねえ。しかしなぁ、そんな俺でも許せねえものもある。そりゃあ、仁義を欠くことよ」


 裏切り。シェイロン聖国でのモアの敗北により、潮目が変わったと見た最後の三大天は、なんとオポンチキ達に与したらしい。


 静かな怒りにより、ぐしゃりと握り潰される漆喰塗りの杯。

 領土が荒らされているのもそのはずで、そいつは戦いもせずに魔王連合を進ませ、あまつさえキトの不在のタイミングで町を襲わせたのだとか。


 内心で頷く。この男であれば相手が魔王であろうと挑み、死ぬまで戦うであろう。こうして話している時点で、オポンチキと戦うことも出来なかったと考えるべきであった。


「ケジメはしっかりと付けさせて頂くが、今の俺には動かせる戦力も少ねえ。流石に三大天と魔王軍を同時に相手取るのは、少し厳しいと思っていたところだ」


「……頑張ってね」


 会話の流れに、もの凄く嫌ものを感じ取り、全部を言われる前に断ってやった。けれどキトは笑みを深めて、鬼のような事を囁いてくる。「どうだい、俺と一緒に竜を墜とさねえか?」と。


「だから、【竜巣】はジグが」


「いいや、能力が消えてねえ。ここはまだ特異点にはなっていないんだよ。つまり、【竜巣】の魔王ランガはまだ生きていやがるってことさ」


 心当たりは少しある。

 ジグルベインが止めを刺そうとする瞬間に、彼女は俺に気付いて視線をくれた。そのせいで、仕留め損なっていたのか。


 勇者ならば、二つ返事で承諾をしたのだろう。

 けれど、相手は魔王で。そして、共に戦う相手も魔王軍。ねえイグニス、これ一体どうするのが正解なんだよ。俺に答えは見えやしない。



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