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55 油断した



 崩れる建物、そびえる悪魔、町を揺るがす衝撃に、降り注ぐ影の槍。

 何一つとっても目立たない要素は無く、建物の中からゾロゾロと見物人が姿を見せ始めた。


 羊の獣人を探し回っていた男衆までもが何事かと集まってくるもので、この町にはこんなにも人が居たのかと思うほどに街道は賑わいを見せていた。


 そんな住人に対しシャルラさんが静まれと声を上げる。

 確かに説明する事は山ほどあるのだが、肝心の本人は服が穴だらけでほとんど半裸である。その姿で人目を集めるのは如何なものかと、上着を肩に被せてあげて。


「イグニス殿。この通りラルキルド領に反乱の意思はありません。監督不足でありましたが、どうかこれにて一件の落着を願いたい」


 イグニスの前に立ち、頭を下げようとするシャルラさんを俺は止めた。

 その必要は無いだろう?と魔女を見れば、どうやら彼女も止めようとしていた様で、伸びた腕が所在なさげに彷徨っている。


「おほん……串刺し刑しかと拝見。このイグニス、ラルキルド卿の武勇と決断を確かに伝えましょう」


 それは何よりと身体の緊張を解くシャルラさん。

 ついでだからと種族の長を集めて事のあらましを説明しつつ、俺達が持ち寄った薬を配るべく館へと引き返した。


 黒の穴あきワンピースから白い部屋着へと着替えた伯爵。

 客人と紹介してくれた事で町の警戒も解けたのか、応接室にまで外で遊ぶ子供たちの声が響き、シャルラさんは何とも言えない苦笑いを浮かべている。


「この度は本当になんて感謝をして良いか。身内の不祥事だけならまだしも、種族抗争の火種になど成ろうものなら領の皆に顔向けが出来なかったです」


 もう何百年と領から出ていないと言う伯爵の言葉は重い。

 此処は魔族の隠れ里。余計な争いを生まない為に敢えて領から出ていない人達だ。


 あのゴウトと言う獣人の願いなど知らないが、取る手は悪魔の手などではなくこの人の手だったのだろうと確信が持てる。


「我々の言葉に耳を傾けて頂きこちらこそ感謝いたします。被害を最低限に留めたのはシャルラ殿の速いご決断あっての事。お見事です」


 確かにシャルラさんが聞く耳持たない暗君ならば、話し合いどころか領を追い出されていた事だろう。人格者だった事に感謝である。


 実際の所、俺たちは何の権限も持っていないのだ。

 特に他領ともなれば、相手が現行犯でも無い限りは手が出せない。そこで暴力でも振るってしまえば私闘であり私刑である。ごめんで済めば騎士団はいらない。


 ひとしきりの話を終えて、シャルラさんが「あ、そうだ」と立ち上がり。


「お二人は暫く滞在してくれるのですよね。お部屋を用意しましょう。1部屋でよろしいのでしょうか?」


 町に宿が無さそうなので有難い話なのだが、何故に1部屋なのだろう?

 イグニスが言い辛そうに、出来れば2部屋……と返事をすると、シャルラさんは紫の瞳を意外そうに輝かせ言う。


「え? お二人は番いではないのですか?」


 違います!と魔女がすぐさま反論。その言葉を受けキョトンとするシャルラさんは可愛らしいが、個人的にはせめて夫婦と言ってほしい所だった。番いでは動物みたいじゃないか。

 

「逆に何故、その、夫婦だと?」


 呆れ声で言及するイグニス。

 何処かでも聞いたセリフだとこめかみを押さえている。そういえばレースの時ルーランさんにも言われたか。


「ふぅん。距離も近いし息もピッタリな様なので勘違いを。私はお二人ならお似合いだと思いますよ」


 赤髪の少女はバシュリと顔から火を噴いて。急に距離感を意識したのか、拳一つ分ほど腰が逃げる。


 声に成らない声で、もじもじごにょごにょと反論をしている様だが、残念ながらシャルラさんは準備に行ってしまったので何もかもが手遅れだ。そんなに恨みがましく俺を見られても困る。


(お姉ちゃんは認めませんからね!?)


 え、ジグ。何でどさくさ紛れに姉を自称したのさ。



 そして暫くして、町の人達が夕食に食べてくれと館に食材を持ち寄ってくれた。

 おお、なら腕を振るいますかと席を立とうとしたのだけれど、まぁまぁ君は座ってなさいと女の子達。


 どうやらイグニスとシャルラさんの二人でご飯を作ってくれるようである。

 イグニスの料理の腕は知っているので特に気にする事もなく、じゃあよろしくねと任せてジグルベインと雑談をしながら時間を潰した。


 支度が出来たよと声が掛かり、食堂に足を運ぶ。シャルラさんが今日はご馳走ですよと、ウキウキで給仕していて。わーそれは楽しみだと、配膳された料理に目を配り、凍り付く。


 イグニース!クワッと目を見開いて、どういう事だと視線を送る。

 すまない、最善は尽くしたんだ、と言葉は無くとも赤い瞳が語っていた。


 これ食べるの?と子犬の様な目を向けてみる。

 当たり前だ。君だけ逃がす訳ないだろ!と睨まれた。きゅうん。


(ええい! 口で会話せんか口で!)


「もしや何か苦手なものでもありました?」


「いやいやそんな。ははは」 


 もう少し早い段階で気が付くべきだった。シャルラさんの見た目が人間で、貴族だからと油断していたのだ。


 畑の作物が駄目で、森の恵みに頼っていると聞いていて。ここには獣人も暮らしている。

ならばそれが食材であっても可笑しくはないのだ。獣人の村以来である。また出会ってしまいましたよ虫料理。


「お恥ずかしい話、食材に毒草や毒茸も混じっていたようで、これでは一向に治らないわけですね」


 なるほど。イグニスは食材の仕分けに手を割いていたのか。森で素人が摘んできたのならば食べれない食材の一つや二つ混じっていても不思議ではない。


 だが、食べ物に苦労する中で皆さんが好意で持ち寄ってくれた食材だ。出されてしまったからには食べないという選択肢はあるまい。


 どちらが先に手を出すか魔女とけん制しあう中、パキポキと口から音を鳴らすシャルラさんが言う。


「出来ればお二人に恩返しをしたいものですが、何か私で力に成れる事はあるでしょうか」


 そこでツカサと声が掛かる。ジグルベインの事を聞けと言うのだろう。

 タイミング的には確かに今が最適だろうか。俺はシャルラさんに向かい直り頭を下げた。


「実はシャルラさんに頼みがあるんです。混沌の、カオス・ジグルベインの事をご存じならば教えて貰いたくて」


(お前さん、いいのか?)


 いいんだよジグ。お前を追って例え魔王に行き着こうと俺は行くよ。

 って何で俺の皿に山盛りの虫が!?いいのかってそう意味か、ちょっとイグニスさん?


「混沌の君ですか?……残念ながら、私はこの町で生まれた元人間なのです。先代から聞かされた昔話ていどなら幾らでもありますが、私が生まれた時には無き御方なので」


 聞けばシャルラさん。実際のラルキルド卿の血筋ではなく、魔獣に襲われて死にかけていた所を吸血鬼になる事で助けて貰ったらしい。

 その時に身体の成長は止まり、以来父として慕っていたとの事。


 影縫いがこの人に領を託したのが分かる気がする。

 つまりシャルラさんは戦争を知らない平穏世代なのである。

 

「代わりと言っては何ですが、先代の手記が残っています。暫く開いていないのでまだ読めるか分かりませんが」


 それはありがたいと感謝をすると、何故かイグニスまでもが目を輝かせている。

 そう言えば歴史好きだったか。きっと古い書物に興味があるのだろう。

 俺ではどうせ文字が分からないので、後でイグニスに読んで貰おう。


 何故混沌の情報を?とシャルラさんが不思議がったので、ファンなのだと押し通した。

 改めてジグルベインが過去の人なのだと思い知る。ジグが干渉したがらないのは、もう今更の話だからなのだろう。


 残念だが俺もそう思う。この町のリーダーはもうシャルラさんなのである。


「イグニス殿は何かございませんか?」


 突然話を振られたイグニス。特別にお礼など望んでいないはずの彼女だが、表情を強張らせて恐る恐るという形で願いを口にする。


「もし、もしこの町に勇者が訪れる事があったならば、良くしてあげてください」


 何とも欲の無い答え。あるいはとても贅沢な望み。

 勇者の魔王討伐が引き金となりこの隠れ里が出来たのである。領主としてどの様な答えをするのかと伯爵に目をやれば、言葉を飲み込む様に頷き。


「承知。このシャルラ・ラルキルド。勇者の訪問を心からお待ち致します」


 恨みなどあるものかと快諾が下り、魔女の表情が少しばかり緩む。

 ああ。見ろ深淵。何が深い溝だ。

 俺達はちゃんと分かり合えるのだと、机の下で拳を強く握り込んだ。


「えっ!?」


 イグニスが目の前の皿に気づく。俺に沢山盛り付けてくれたので、お返しに料理を分けてあげたのだ。たんとお食べ。


「イグニスはこれ好きだっただろう。俺の分けてあげるよ」


「ふふ、気が利くんだな。ありがとう」


 極めて冷静に、笑顔は絶やさず、視線にだけ殺意が込められる。

 額とフォークを持つ手に青筋を浮かべて料理を口にした魔女は言う。


「男の子はそれじゃあ足りないだろう。私は小食だから、ほら」


「……わー嬉しいなー」


 ドサドサと返ってきた。むしろ増えた。上等だよとスプーンで料理を頬張り咀嚼する。

 うふふ、あははと机の上では互いに笑顔を振りまいて料理を楽しんでいるが、戦争の火蓋は切って落とされた。


 事件は卓上で起きているのではない。卓下で起きているのだ。

 食らえ、食らえと蹴る。蹴り返された。脛が痛い。


「お二人は本当に仲が良いのですね」


 ええそれはもう!




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