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545 勇者御免状



 日食も終わり、ご迷惑な機神はやっと異次元へとお帰りになられた。

 時間こそ僅か30分の出来事であったが、その間に町は何度滅亡の危機にあっただろう。


 しかし、とんだ厄災に見舞われながらも、大聖堂に残った人は意外や多い。聖女をはじめ、三教の司教が集結するならば、それ以上に安全な地は無いのである。


 周囲からは生還を喜ぶ安堵の声が聞こえ。かく言う俺も、勇者一行と合流を果たして肩の力が抜けた。そんな色立つ会場に拡声の魔道具を通して、静まれとお言葉がかかる。


 見れば、壇上に立つのは豊かな髭を生やす教皇その人。先ほどまでの異様な空が、嘘のように光指す舞台の上で。貴族や市民、式典に集まった人たちに向けて、危機は去ったと直々に宣言をされた。


「勇者一行よ。まずは改めて感謝を伝えたい。正直な話、アレが降ってきた時はもう駄目かと思った。其方らが最後まで諦めずにいたお陰で、被害は最小限に留められたと言えるだろう」


 フィーネちゃんの活躍を直に見た者は多い。場は喝采に包まれ、勇者一行は舞台に上がる事を求められた。一応は移動をするも、俺たちは、どうすると困惑に駆られる。


 そもそもに機神が出てきたのは、転移魔法を使ったからだろう。

 そして勇者には、もうマキナの力も無く。本来はこの式典で返還するはずだった聖遺物まで失われている。はっきりと言って、責められることあれど称えられる立場では無いのだ。


「どうでもいいが、まずは着替えたかったな」


「だからって俺を盾にしないでくれ」


 他の皆は最初から式典に参加予定だったので、汚れながらも礼服を着込む。

 しかし俺とイグニスは日本向けのラフな格好だった。いかにも紛れ込んだ一般人。マナーも知らぬのかとばかりの視線が突き刺さる。


「お言葉ですが、猊下。我らはその称賛を受け入れる事は出来ません。むしろ謝罪をさせて頂きたく……」


「あ、バカ。黙っていれば分からないだろうに」


「ちょっとイグニス。そういうところよアンタ」


 性悪魔女はともかくに、罪から逃げるような勇者ではない。金髪の少女は自分が力を失ったことも、機神を呼び出した可能性まで語ってしまう。


 しばし唖然とした教皇は、ようやく事実を飲み込めたか。蒼褪めた顔で、この出来事を公表すべきかと顎に手を当て思案にふけるが。俺たちを非難の目から遠ざけるように大司教のお婆さんが間に入って来て。


「……聖女よ、一体何を。頭を上げてくだされ!?」


 謝罪をするように深々と頭を下げたのだ。教皇とてマーレ教の司祭。同門として、神に等しき人物に跪かれて、酷く狼狽をした。


 それは俺等も同様で。言葉が分からぬものだから、一斉に通訳であるマルルさんに視線を集める。すると浅葱色の髪をした聖騎士は、痛々しい顔で聖女の言葉を代弁してくれる。


「自分は、知っていた。それでもまさか、ここまでの大事になるとは思わなかったから、止められなかった私に罪があると」


「……そうか。最後の天啓は、この事だったか」 


 イグニスが納得をしたように頷いた。魔女が言うのは、聖女が聖遺物に触れるタイミングの話だ。あの日、地下でモアに奪われて以降、天啓を送る機会は無かったのだと。


 あるとすれば、機神の攻撃を防いだ時。聖域の魔力を聖遺物に送りこんだのではないか。そう推察する赤髪の少女。この事件を俺が主犯のように言われると微妙に納得はいかないのだが、聖遺物を持ち出し散々に逃げ回ったのは自分なので、遠い目をする事しか出来なかった。


「もう少し前向きに考えなさい。多少の被害はあれど、壊滅的というまでの損害は無い。未来は変えられたんだよ」


「そっか。切り替わったのは、いつだったんだろう……」


 俺たちだけでは全滅をしていた、勇者ファルスの登場辺りだろうか。

 そんな事を考えて、おやと首を捻る。そういえば、もう一人予言を残した人が居たな。

 君は近い将来、大切な人を失うよ。意味ありげな言葉だったけれど、全員が無事に残れたわけで。杞憂だったのかなと頭を掻く。


「……分かりました。天啓が降りていた以上、それを回避出来なかったのは私の責任とも言えます。勇者一行の尽力を認めましょう」


 聖女に庇われて、次元門の件は不問に落ち着く。それだけでも、胸をそっと撫で下ろす心地だった。


 しかし聖遺物は失われ、今後は本当に天啓の力を借りる事は出来ない。教皇は困ったなと頭を抱え、誰か優秀な知能が欲しいと、戻らぬ日を眺めるように目を細める。


「けれど私は、これで良かったのだとも思う。聖遺物があんな恐ろしき物と繋がっていたのであれば、国はずっと危機と隣り合わせだったということだ。この場に勇者一行が居合わせてくれたのは、神の思し召しとしか言えぬだろう」


 ハハと力なく空笑う教皇。そして彼は、勇者に問いかけた。君はこれから、どうすると。

 今度は力を失った件だ。責務を失い、それでもなお茨の道を行くのか。金髪の少女は、ドレスの裾を軽く摘み、それ以外の生き方を知らぬとお辞儀を見せた。


「もし。もし、勇者の力の根源が悪と知れ渡れば、次にマキナの力を持つ者へ迫害が及びます。それは要らぬ血を流すだけ。ならばこのフィーネ・エントエンデが、終わりなき物語に終止符を。それが私の責任でございます」


「そうか。良くぞ言ってくれた。他の生き方を知らぬのは、我らも同じ。ならばこそ私は、シェイロン聖国が教皇の名に賭け、其方を真の勇者と認めたい」

 

「ほえ?」


 少女の間抜けな声が響くが、俺はなるほどと唸った。

 勇者の定義は、未来から終焉を回避すべく現れる存在。ならばだ。それが邪神だとか破滅のためという点に目を瞑れば、フィーネちゃんは神により送り込まれたという事実がある。


 屁理屈を並べれば、皮肉にも彼女は力を失った今に、三教の望む勇者に成ったと言えるのだろう。即ち、勇者御免状。宗教の聖地にて、正式に勇者と認められるのであれば、他の誰が彼女の行いを否定出来るのか。


「これって、凄いことじゃないの?」


「そうね。三柱教で正式に認定されているのは、初代勇者アスタート様だけよ。史上二人目の栄誉ということになるわ」


 青髪ポニテのお姉さんが、やや興奮した声で告げる。これは勇者ファルスですら成しえなかった偉業なのだと。


 それは確かに誇らしい。俺たちはすっかりドヤ顔で、我らが勇者を見ろと胸を張るのだけど。金髪の少女は一人で泡を食って、本気なのかと教皇に確認をする。


「わ、私なんかで宜しいのですか?」


「其方らには、それだけの事をして貰った。悪魔との戦い、聖遺物の奪還。どれも天啓に頼り、至らなかった私の尻拭いである。マーレ様に誓い嘘は無い」


 我、本物の勇者を見たり。髭もじゃのオッサンは、フィーネちゃんの行いを肯定し。疑うならば他の者の声も聴いてみようと、会場に是非を問いかけた。


 マーレ教の大司教である聖女が認める。フェヌア教は司教のスヴァルさんを筆頭に、一同が正拳突きで祝ってくれた。異議などなしと、ダングス教のマルルさんが涙を流し喜んで。


(……む)


 勇者の頭上に降り注ぐ、虹色の祝福の光。空島の結婚式で見た、ダングスの教の祝いの魔法。この小粋な演出は、どこかでカラスの悪魔も眺めているのだろう。


 何よりも民意。教皇含め、司教たちが認めると知れるや、会場に集まっていた全員が万雷の喝采にて少女を讃える。


 一度は力を失い、失意の底に居たフィーネちゃん。もう自分は勇者ではないのか。そんなアイデンティティーに関わる葛藤すらしたことだろう。けれど数百数千の音の嵐が、君こそ勇者なのだと、その生き様を証明した。


「ほら、フィーネちゃん。皆に答えてあげないと」


「……うん!」


 泣き崩れる少女の細い肩にそっと手を置く。掲げるは先輩より引継いだ、約束の聖剣。

 ダイヤのように透明な刃を、太陽の如くに輝かせ。我は此処に在りと存在を示威し。


 少女は聖国より勇者御免を果たした。



カンソウ

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