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543 閉じた門



 眩しい日差しが目に入り、思わず手で影を作り出す。

 変身の反動でボロボロな俺は、機神の腕に寝そべりながら、ぼうと空を眺めていた。


 頭上はもうすっかり青く、お騒がせの日食も終わりのようだ。振り返れば、えらく濃密で長い30分だったものである。


「体に力が、入んないんや」


(すまんな。儂が無知なばかりに……)


「謝るなよ。ジグのせいじゃない」


 アサギリさんを無事に日本へ送り返したものの、目の前で帰り道が消えていく様子は精神的にキツイものがあった。


 今日は、朝からずっと家に帰れるつもりだったから。両親に会えるのが、本当に楽しみだったんだ。リュカやイグニスが行けって背中を押してくれて、ここまで来れたというのに。自分は何をやっているのだろうと自己嫌悪に陥る。


「はぁ~。ニーソが遠のいたか……」


(ん? なんの話をしてるん?)


 月のような冷たい視線で見降ろしてくる魔王に、日本へ帰れなかった事だがと首を捻った。まさか生身では転移出来ないとはね。特異点経由でこの世界に紛れ込んだ俺は、どこまでもイレギュラーな存在だったらしい。


「というか、闘気法を完全に習得すれば行けるもんなのかな?」

 

(理屈の上ではの。だが過酷だ。天使でも到達出来ないくらいにな。お前さんには、そこまで極めて欲しくはないのだが)


 ジグは、俺が身体を壊しながら戦う姿が痛々しすぎると目を背けた。確かに、剛活性を覚えるまでは、その出力に泣かされたものである。


 今でこそ、魔剣技を織り交ぜて誤魔化してはいるけれど。これ以上の闘気の進化は、自滅の予感しか覚えなかった。


「……険しい道になりそうね」


(恐らくは、お前さんの想像以上の辛さぞ。今の段階は深化だが、真化に至れば超活性にも並ぶ力を得るからのう)


 超活性。モアやキトを始め、傾国の力を持つ化け物の領域。飼いならせれば、それは凄まじい戦力になるのだろうが。なまじっか、その出鱈目な強さを知るので、うへぇと舌を巻く。もってくれよ、俺の体。


「まぁ強くなれるなら、フィーネちゃんの役にも立てるんだろうけどさ」 


 言いながら、思いを馳せるのは地上に居る仲間たち。一体どんな顔をして戻ればいいのやらと考えて、俺はとても大変な事に気が付いてしまった。戻るって、どうやって?


 上空に居る機神へは、怪鳥の背に乗って、やっと到達をしたものだ。

 そのまま日本に帰るつもりだったので、誰も降りることなど想定をしていない。梯子を外されたというか、登った木から降りられない子猫にでもなった気分になり、目が丸くなる。


「た、助けて、イグニス~!!」


(聞こえん聞こえん。しかし困ったな。足場も長くは保たぬようだぞ、カカカ)


「なら何故笑う!」


 ゆっくりしている場合じゃねえ。痛む身体を闘気で無理やりに起こすと、ちょうど異変は現れた。メシリキシリと金属の歪んでいく音がして、足場が地震のように揺れ始めたのだった。


 例えば、開いた窓から腕を出していて、急に窓が閉まったならばどうなるか。当然のように挟まれる。そう、機神は閉じ行く次元門に腕を切断されそうになっているのだ。


 日本への門があっさりと消えたので、深く考えなかったけれど。次元門が閉まるとは、つまりそういう事だった。肝が冷えた。自分が落ちるのも怖いけど、こんな何キロメートルもある代物が降って来たら下にある町は大惨事じゃないか。


「頑張れよ、お前大魔王なんだろ。次元門に負けてないで、せめて腕くらいは回収していけ!」


(あー駄目じゃな。儂の一撃で完全に胴体の修復を優先しとるわ。むしろ、切り捨てるっぽい)


「ガッテム!」 


 相手は生命をパーツに駆動する生体機械。取り換えが効いてしまうが故に、破損した腕の優先順位は低いのだろう。


 機神の腕が通るくらいに巨大だった次元門だが、ならば維持する魔力も膨大だったか。日食が過ぎ去り急速に狭まる通り穴。そしてトカゲが尻尾切るように、容易くブチリと千切れる腕。


 今まで見ていた光景が幻だったかのように、綺麗さっぱりと何も無くなった空を見て思う。終わった……と。


「なんで俺が登ると毎回落ちるんだよー!!」


(カカカ。もはや、お前さんが居るから落ちる説無い?)


 この世界に来てから幾度と味わう。しかし、まったく慣れることのない浮遊感。

 重力に従う落下は、内臓から血液まで、すべてがせり上がるように感じ。ついでに喉からは悲鳴が漏れ出した。


 必死に装甲へ張り付いていれば、やがてズズンと地鳴りのような音がして。まさか本当に街へ落ちてしまったのだろうか。俺は被害を想像しながら、恐る恐るに下を覗き込む。


 しかし、機神の残骸がぶつかったのは、建物を包む薄水色のドームだった。聖女様の展開する聖域を見て、キエーと渾身の奇声すら聞こえてくる気持ちになったね。


「あのお婆ちゃん、今度は落下を受け止めちゃったの!?」


(人を傷つけぬという祈りの具現か。いつか儂が打ち砕いてやりたいわい)


 魔王は無視して、婆を本気で崇めたい。けれど、問題はここからか。前回、手眼の攻撃を止めた時は、規模の大きさに数分と維持は出来なかったはず。


 それを救ったのこそ、フィーネちゃんのデウスエクスマキナだった。

 絶望を希望に変えてくれるのは、いつも彼女で。自分は今でも、もしやと淡い期待をしてしまう。だが此度は虹の光も輝かず、勇者の力は本当に失われてしまたのだと、心に冷たい隙間風が流れ込んでくるようだった。


「おっおっ。な、なんだ、傾いてる!?」


 だからと言って、諦めては居られない。そんな強い意志を感じた。今頃、下ではなんとか被害を減らそうと、国が一丸となっているのだろう。


 恐らく、動いたのはスヴァルさん。フェヌア教司教による、神の拳が炸裂したのだ。

 一瞬浮いたのではと勘違いするほどの強打は、腕が倒れる方向を決定づけるだけの衝撃を与えたらしい。


 傾く方向を見て、俺はなるほどと深く感心をする。

 その先には海があった。確かに倒れるならば、こちらだ。多少は建物も下敷きになるけれど、街に倒れられるよりは余程良い。なにより、水に落ちるのであれば、俺の生存も見えてきたか。


(……いや、その多少も諦めておらんらしいな。カカカ)


「マジかよ」


 フィーネちゃんは山の下層を吹き飛ばし、標高を縮めたというが。下では機神の腕を、達磨落としのように破壊し続けているようだ。司教とはいえ、とても拳が持たぬと言いたいけれど、治療しながら人面樹を殴り続けた人も居て。


「カノンさんも……いや、勇者一行全員……か」


 今度は、諦めるなと金髪の少女の声を幻聴する。そうだね。君はいつでも、全部を救おうとしていて、だからこそ勇者なんだものね。


 地上に虹の輝きは無かった。だが、変わらぬ尊き輝きがあるとばかり、青い稲妻が迸り。疑似水精が聖域の補助をし。灼熱の火竜が牙を剥く。


 各々が健在なりと主張をしているようで、思わず頬が緩むのだけど。冗談抜きで、足元から崩壊の衝撃が伝わってきて真顔になった。


「ねぇジグ。みんなはさ、俺がここに居ること知ってると思う?」


(まさか。奴らが奮起しているのは、弔い合戦とか八つ当たりの意味もあるはずだ)


「だよねー!」


 僕はここに居るよ。発光でもしてアピールすれば、気付いて攻撃を止めてくれるだろうか。こんな間抜けな死に方だけは嫌だな。


 シクシクと涙を流していると、脳裏にはとある学者の言葉が蘇ってくるではないか。

 「実際に私はコレで生き延びました。要は少しでも落下の勢いを削ぐことが大事なのですよ」行けと、レルトンさんがグッと親指を立てた気がした。


 人生なんでも経験をするものだ。俺はズボンをパラシュート代わりに、海へ決死のダイブを決めて。まったく削げぬ勢いに死にかけた。


「今度あったら絶対にぶん殴ってやる!」


(こちらも酷い八つ当たりよな)


 でも、まぁ。なんとか生きていたか。ズボンはパラシュートにはならなかったけれど、浮きになり。機神が海に落ちた波で流された。


 大怪我で漂流は流石に洒落にならないと思った矢先のこと。首から木のペンダントが外れてしまったのである。おっとと手を伸ばした俺は、何故か石を掴み、現在地を知れた。


 クリアム公国とシェンロウ聖国を結ぶための橋げたを作るため、冒険者ギルドの仕事で埋め立てをしていた場所だ。


「リュカに守られてしまった」


 木彫りのお手製ペンダントは、その名ずばり、迷わずのお守りで。狼少女が早く帰って来いよと言っているように思えた。



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