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541 残り10分



 モアこと、勇者ファルスの起こした奇跡は二つある。

 一つは言わずもがな、機神のデウスエクスマキナを迎撃したこと。もしアレが地上を襲っていたならば、俺たちの命どころか、町ごと更地になっていただろう。


 そして、もう一つは。


「ヒャッホウ! まさか鳥の背中に乗れるなんてラッキー!」


(うわうわ。本当に人を乗せて飛んでる!)


「鳥なんて、散々ボコに乗っているだろう?」


 魔女はテンション激上げの俺を冷めた目で見てくるが、陸と空では違うでしょ。これだから素人はよ。


 そう。モアが移動手段としていた首の無いゾンビ鳥を強奪。いや拝借したのである。


 思えばシェイロン聖国の騒ぎは、この怪鳥の目撃情報から始まったもの。

 まさかその背に乗ることになるとは思いもしなかったけれど、今度は事件の終わりのために飛んでもらう訳だ。


 日食の残り時間は、もう10分もあるいまい。今度こそタッチダウンを貰うぜと、俺たちは三日月型の太陽が昇る空を羽ばたき、機神へと迫る。


「……こう見ると被害は中々酷いね」


「しょうがないさ。これだけの大きさなら動くだけで建物が壊れるし、生命の創生なんて能力もふざけていやがる」


 俯瞰の視点を得たからこそ分かる全体図。

 機神の腕より流れるドス黒い血液はボタボタと滴り、そのまま町を塗りつぶす勢いで浸食をしていた。


 奴の血液や部品は魔獣へと生まれ変わる。さながらにスタンピードの再現か。

 イグニスをして新種と言わしめる、統一性の無い生命が町に溢れかえっていくのだ。


「倒せない相手じゃないのが幸いだね。これくらいなら、騎士団や魔導士団でも対処出来るようだ」


「うん。リュカやヴァンたちも居るしね」 


 しかしカラスの悪魔は、ここで一旦リタイアである。モアに魔力を分け与えた彼は、もはや大きな魔法を一度でも使えば消滅しかねない。荷物になるだけと鎧さんと共に路地裏に残ることを選んでいて。


 一方で勇者を乗せた馬車が大聖堂を目指しているのが見えた。

 フィーネちゃんを聖女様に見て貰うのだ。手を振っても気づいてはくれまいが、黒い獣の群れを蹴散らして快進撃をしていく様が上空からでも分かる。


(あれ、なんであの辺りは空白なの?)


「うん?」


 幽霊ギャルが示したのは、ちょうど大聖堂の辺り。その一帯だけ、神にでも守られているかのように魔獣を寄せ付けていなかった。


 式典で人が集まっていたし、恐らくは最強の守護神が居るのだろう。ガハハと豪快に笑う赤銅髪の巨女が脳裏によぎり、元気そうだなと一人で納得をする。


「鳥もそうだが、彼が来てくれたのはフィーネにとって救いだったかもな」


 そんな事をしていれば、俺の背後で魔女がぼそりと呟く。赤い瞳が見守るのは、皆の乗る馬車か。自分たちの言葉だけでは、勇者は立ち直れなかったかも知れないと言うのだ。


 俺は目を細めることしか出来なかった。フィーネちゃんの境遇を考えると、胸が張り裂けんばかりの辛さだが、間違っても、安易に同情をしてはいけないのだろう。


 その点、鎧さんは同じ経験の持ち主。発言の説得力はこれ以上ないほどにあった。けれど伝説と比べるのは、あまりに残酷だとも思う。


 もう勇者の力が無いのであれば責務も無い。彼女が望むのであれば、剣を置くことだって許されるのではないか。なんて俺は思ってしまうのだ。


「それでも戦うなら、勇者一行として最後まで支えてあげたいのだけど……」


「バカ。ミサキも居るんだ。君は帰ることだけを考えなさい」


(そうじゃそうじゃ)


 イグニスにも葛藤があるようで、腰に回す手の力がギュッと強まった。

 そうだね。俺たちはアサギリさんを救う為に、心傷の勇者を置いて空に出てしまった。これだけ皆に協力されているのだ。もはや日本へ帰ることが、今の俺の責任なのだろう。



 物憂げな気持ちにしばし無言になるも、怪鳥はドンドンと高度を上げていく。

 視界から人の形は消え失せて、建物すら豆のように小さく見える頃。やっと、俺たちは次元門と同じ高さに到達をした。


「ひぃぁああ。落ちるぅうう~!」


「落ちないから静かにしなさい!」


 もはや景色を楽しむ余裕などは無い。高所による潜在的恐怖を味わいながら、必死に鳥の背へと掴まっている。


 風圧が壁となってぶつかり、襲い来る寒さには鼻水まで凍ってしまいそうだった。

 フィーネちゃんに上着を貸して薄着なのもあるが。なんで翼獣に馬車を牽かせるのか分かった気がする。そのまま騎乗すると、人間が辛いからなんだね。


(お、お前さん。アレ見ろ!?)


 けれど幽霊には風も寒さも関係無い。目を開くのも辛い俺に代わり、周囲を警戒するジグルベインが言った。


 魔王が見つけた物は、まさにゴールとして目指す次元門の中に存在する。巨大なドクロ。首の無かったはずの機神に、ニョキニョキと頭部が作られているのだ。えぇ。


「……まさか、聖遺物を吸収したのか?」


 俺の体を盾にする赤髪の少女が、脇の下から顔を覗かせる。

 やはり、その結論になるか。機神と金属ドクロではサイズが違いすぎるとは思ったけれど、身体は聖遺物を中心に拡張した結果らしい。


 ならば、いま奴が行っているのは、差し詰めバージョンアップだ。腕から零れ落ちていた血液も、活性化によるものだったのだろう。


「今更だけど、アイリスの身体が全部揃うと、どうなるのかな?」


(気になるならば聞いてみろ。答えてくれるとも思えんがな。カカカ)


 まぁ今は関係無い。というより、気にしている時間も無いと言うのが正解だ。

 飛び立ち既に数分。日食の魔力は後どれだけ持つのやら。機神の存在は不気味であるが、俺は一直線に次元門へ飛び込もうとして。


「避けろ!」


 叫ぶイグニスが、俺から強引に手綱を奪う。

 危なかった。急激に傾く怪鳥の目の前を、虹色の光が通過行くではないか。


 勇者の切り札をこうも乱発されると嫌気が差すね。犯人など知れているので、ビームの出所を探れば。やはり機神の腕には、受肉したマキナが立っていた。


 フィーネちゃんが育てた力だけはあるのだろう。本人よりも大人びているが、碧い瞳の凛々しい顔つきで。足につくほど長い黄金の髪が風に流されている。


「そうか。下で見ないと思ったら、コイツのバージョンアップを守っているのかよ」


 最後にとんだゴールキーパーが居たものだ。次元門に近づく進路を取るや、極太のレーザービームで迎撃に来るのである。ちょっとは加減しろ。


「……しょうがないな」


 マキナを防ぐのは無理。そしてあまりに広範囲なので、躱し続けるのもキツイ。

 どうすると攻略に思考を割いていると、魔女が火円を周囲に展開して、炎のカーテンを作り上げた。


 確かに相手からの視認性は落ちるものの、ハッキリ言って悪手ではないか。まだ攻撃のタイミングを確認出来たほうが避け易いだろう。


「いや、これでいい。もう本当に時間が無いからな」


 魔女は騎乗を代わるから、俺には機神に飛び移れと言ってくる。

 自らが囮になるというのだ。いやいやと即座に首を振る。到底飛び移れる距離では無いし、そもそもイグニスが一緒に行かなければ、俺は日本へ帰ったきりになってしまう。


 それは、つまり。


「そう。ここでお別れだ。私が送ろう、君には翼があるだろう」


「なに言ってるんだよ、そんなの……!?」


(ひゃー) 


 嫌だと言おうとした口を、駄々を捏ねるなとばかりに唇で塞がれた。

 見れば赤髪の少女は瞳を潤ませ、足も震わせる。彼女の恰好は、俺の両親に恥ずかしく無いようにと、時間をかけて見繕ったもので。


「私だって、一緒に行きたかった! 君の親に挨拶をして、君の生まれ育った場所を見たかったよ!」 


「うっ、うう。俺もだよ」


 それでも、俺の帰還を第一に考えてくれているのだ。細い肩を抱きしめて、今度は俺からもう一度唇を重ねる。さようなら、最愛の人。

  

 せめて、この献身が無駄にならないようにと。泣きながら全力で身体へと魔力を込めた。


「あー。ありがとう……と、ツカサが言っておったよ」


「ふっ素直じゃないな、お前も」


 合図は大爆発。火円を突き破る爆風と煙に乗って、イグニスの乗る怪鳥は次元門へ向かい飛翔する。やはりそこには、狙いすましたようにマキナの閃光が走り。

 

 進路を変えて一度は躱すも、二度目は遂に掠ったか。片翼を失ったゾンビ鳥は錐揉み回転をしながら地上へと落下していく。


(イグニース!!)


 そして俺たちは。いや、魔王はとうとう次元門の前に到着。虚無よりゾルゾルと引き抜いた漆黒の刃を、全裸の勇者モドキに突き付けて言った。


「儂はいま最高に機嫌が悪い。10秒で生まれきた事を後悔させてやるわ!」



活動報告にも書きましたが、社長の引退を機に独立の道を行くことになりました。

現在忙しなく動いてますので、今後の更新ペースは不安定になると思います。

それでも完結させたいとは思っていますので、応援して貰えたら嬉しいです。

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