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538 勝ったな、ガハハ



 それは警告のつもりか。

 俺たちが、奴の手の届く範囲から逸脱しようとした矢先のこと。機神の掌にある瞳は、ピカリと輝いて光線を放った。


 頭上を通り過ぎる光の筋が、地平に覗く山並みを横に薙ぐ。

 するとどうだ。先ほどまで確かにそびえていた広大な自然が、まるで元から存在しなかったかの様に、綺麗さっぱりと視界から消失をしていた。


(いや……もう無理でしょ、あんなの……)


 アサギリさんは目を見開き、広くなった空を眺めながら絶望の言葉を口する。

 俺とて男の子だ。強がりたい気持ちはあったのだが。次は外さないとばかりに照準を合わせられたら、流石に軽口は出てこない。


 相手はただでさえ、巨体、重量、頑丈と強さの三拍子が揃った存在。戦うどころか逃げ惑うのがやっとだったというのに、飛び道具は卑怯だろ。まして。


「イグニス、今の攻撃……どう見えた?」


「間違いない。あれは勇者の力、デウスエクスマキナだよ……」


 やはりか。人類の希望にして、悲劇を終わらせる、幕引きの力。いま奴が放ったのは、フィーネちゃんが扱うものと完全に同質だったのである。


 一体何故。俺が思考の深みに嵌りかけた時、耳にはカカカといつもの魔王の高笑いが届くのだが。その恐ろしい声色にドキリと心臓が跳ねた。無感情に乾いているようで、世界中を呪い殺しそうな呪詛に満ちていたのだ。


(……使うならば、今か?)


 怒りとも笑いとも取れる、般若のような形相のジグルベイン。分からないことだらけで頭がパンクしそうになるが、今の俺たちには悩む時間も無い。


 機械の手は、選択を迫るように七色の魔力を輝かせる。銃口どころか砲塔を向けれては抵抗を諦めて、やれやれと肩を竦めることしか出来なかった。


「あーあー。分かったよ、降参だ」


 なので俺は聖遺物を懐から出し、頭上に掲げ。取って来いと、力の限りに思いきり放り投げてやる。機神の反応は速かった。巨体に似合わず、球を追う犬のように一目散に金属ドクロへ向かい。


 しかし腕の長さの限界。必死に肩を入れ、肘はもとより、指まで直線に伸ばそうと、手は目標物に届かなかった。地面へカランと転がる聖遺物。僅か届かぬ指先に、奴は悔しそうに大地を握りしめる。


「――来た。来た来た来た! やるじゃないかよツカサ!」


 上空の次元門へ行くために、敵の腕を駆けるという魔女の計画。ある意味で最難関と言えるのが、相手の腕を伸ばしたまま地面へ手を付かせるというものだった。


 今の機神はまさに理想の姿勢。イグニスが大興奮にバシバシと背を叩いてくる。

 俺はすかさずにボコの手綱を操り、奴に乗り移るべく駆け出した。あと何秒同じ体勢でいてくれるか。絶好のチャンスだけに一刻を争うのだが、ジグは声を張り上げて、聖遺物を回収しろと言ってくるではないか。


(先のマキナで確信をしたぞ。コイツこそ大魔王。ファルスとの戦いを邪魔し、儂をぶっ殺してくれた奴じゃい!)


「大魔……えっ!?」


 突拍子の無い発言に思えて、どうしてすんなり納得が出来た。

 ジグルベインの過去を追憶した時の、天に開く巨大な瞳。そして俺が日本で見た、世界を切り裂くような閃光は。


 そうか、お前が。ただならぬ因縁を理解し、確かに聖遺物は渡せないと判断をする。


「げっ。まさかアイツ、地面を引きずり寄せようとしているのか!?」


 魔女が呆れるほどのパワープレイを披露する機神。奴はその圧倒的な大きさを生かして、大地を握りこんだのだ。たったの一掬いでも、抉れる土の量はショベルカー何十台ぶんに及ぶ仕事量である。


 急激に陥没した足場には、ビキリビキリと亀裂が走り、やがて崩れた土砂は低きへ向かう。崩落に巻き込まれた聖遺物は、おむすびが転がるようにコロコロと機神の元へ落ちようとしていた。


「ふぅ。まぁ結果オーライ。じゃあタッチダウンは頂くぜ」


 その行動に驚きはしたものの、途中から聖遺物を目指していたのが功を奏した。

 地面にめり込む巨手は、俺にすれば乗ってくださいと背を差し出している様なものだ。機神の手の甲で、奪い取った金属ドクロをポンポンと手で投げて遊ぶ。


「にしても、デカイな。これが腕から見える景色かよ」


「そうだね。なんか蟻にでもなった気分だ」


 自分は今、その上に居るに関わらず、まるで現実味というものを感じない。

 異次元門より生える腕の長さは、直線にして数キロに及び。横幅も危なげどころかサッカーさえ出来そうな余裕がある。


「このまま行けば、なんとか間に合いそうかな」

 

 金属の外皮は滑るのか、駝鳥は走りづらそうだけど、ペースは順調そのもので。体の上に居る俺たちに、機神は意外にも妨害を仕掛けて来なかった。

 

 まぁ攻撃をし辛いのもあるだろう。なにせ次元門の大きさは、奴の片腕が限度。つまり、もう一本の腕で払い落とすような事も出来ないのである。


 肘に到達する頃には「勝ったな、ガハハ!」と勝利を確認して、日本で一番最初に食べるご飯の事さえ考えたものだ。


「……ツカサ。気のせいか、少し角度が付いて来てないかい?」


「…………」


 背後から否定してくれとばかりにイグニスが喋り掛けてくる。まさかと笑い飛ばせれば、どれだけ良かったことか。俺は目に涙を浮かべながらも、手綱を握ることしか出来ない。


 もとから完全な平ではなかったし、相手は稼働もした。

 結構な角度が付く時もあったけど、走っていればけっこう遠心力で張り付くのである。しかしだ。それにも限度があるわけで。


「「ぎゃ~!?」」


 何があったか、突然に振り落とそうとする機神。肘をグルリと返すだけで地面は壁に早変わり、駆ける道は失われた。攻撃出来ないどころか、ずっと奴の気分次第だったようだ。釈迦に弄ばれた孫悟空の気持ちが、少し分かった気がした。


 さしもの駝鳥もほぼ直角の壁を走ることは出来ない。付きすぎた角度にボコは転倒し、俺たちは、そのまま下へ下へと滑り落ちていく。


「ここまで来て、そりゃ無いだろ!」


 俺は虚無から黒剣を引き抜き、咄嗟に床に突き立てる。機神の硬い装甲であるが、流石はヴァニタス。なんとか刃を食い込ませて、支えを得ることが出来た。


 滑り落ちていく愛鳥の姿に唇を噛み締めながら、赤髪の少女へ掴まれと手を伸ばす。

 しかし、必死だったのだろう。彼女が藁に縋るように掴んだのは、俺の腰のベルトで。あろう事か、パンツごとズリズリと下げていきやがる。


「イグニース、早く上がれー。そしてパンツを戻せー!」


「……これを、登る?」


 俺は足を大の字に開き、ズボンごとイグニスが落ちないように踏ん張っていた。

 だからこそ魔女は、見上げた先の光景に絶望をする。俺の体をよじ登るのであれば、通過点には風でブラブラと揺れる物体があるからだ。


「落ちた方がましだ……」


「気持ちは分かるけど!」


 赤い瞳から感情が抜けていくのが分かる。状況とプライドを天秤に掛けているのだろう。

 だが、機神は待ってはくれないようだ。掌の目で、俺たちが落ちていない事を確認するや、あろう事か腕を勢いよく揺らす。


 食い込ませた黒剣には返しなど無い。徐々に刃が外れていくのを感じた。

 頼む、やめてくれ。手には力ばかりが籠るが、とうとう人間二人を支えきれなくなった剣は、スポリと抜けてしまう。


「ちっくしょ~!!」


 一体何メートル落ちただろう。

 遠く離れていく機神の腕を見上げながら、これは死んだかと頭を過るが、俺は怖くて地面を見れなかった。


 だが訪れる衝撃は、案外まろやかで。コテンと、それはもうあっさりと着地をしてしまったものだ。背に石畳の硬い感触を味わいつつ、大丈夫かと覗き込んでくる複数の影。皆の顔を見て、悔しやにジワリと視界が歪むのが分かる。


「大丈夫かね、司くん」 


「ごめんなさい。ウィッキーさん、もう時間が……っ!」


 作戦をやり直している時間は無い。俺は間に合わなかったのだ。

 カラスの悪魔に懺悔をすれば、もう諦めるのかと若竹髪の少年が言い。そうそうと青髪ポニテのお姉さんが頷き。その前にパンツを履けと白藍髪の少女が睨む。


「もう。勝手に飛び出していくから、追い駆けるの大変だったんだよ。仲間の一大事、見捨てる勇者一行じゃありません!」


 我らが勇者フィーネちゃんは、俺の懐から転げ落ちた聖遺物を拾い上げながら、お任せあれと胸を張り。


 その胸を内側から食い破るように、シャボン玉のような七色の膜を持つ透明な手が現れて。鮮血に塗れるソレは、ガシリと金属ドクロを鷲掴みにする。


 誰しもが、勇者本人すらが、突然のことに理解が追い付かず目が点になる中。唯一に魔王だけは冷静に事態を飲み込もうとしていた。


(そうか。都合良く下に居たと思うたが、コヤツの元に落としたのか)




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