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534 破滅の因子



「聖遺物が喋っただぁ?」


「それってアレの事だよな……」


 朝食の席で、魔女は昨晩の出来事を話していた。

 だが皆の反応はどうにも懐疑的。ヴァンなどは机の上に鎮座する金属ドクロを一瞥し、夢でも見たのだろうと笑い飛ばす始末だ。


「本当だって。なあツカサ」


 言葉には出さないけれど、内心ではリュカやマルルさんも気持ちは同じか。まるで可哀想なものでも見るように赤髪の少女へ視線を向けている。


 そこにちょうど立ち寄った俺は、同意が求められ。そうだね。事実を容認しながら食卓へ皿を追加すると、若竹髪の少年は、鳩が豆鉄砲を食らったように目を丸くした。


「マジなのか……」


「おかしいだろ。なんでツカサの言うことはすぐに信じるんだよ!」


「なんでって、この前も礼状を燃やそうとしたばかりだろ。寝落ちした言い訳にしか聞こえねえって」


 バンバンと机を叩き抗議するイグニス。もう料理が並んでいるんだから止めて欲しい。無駄な抵抗というか。酔っ払いの戯言と受け取られるのは仕方ないと思うのだ。日頃の行いてきに。


「それよりさ、何か気づかない?」


「私の信用をそれよりって言ったか、オイ」


 今日の朝食は、俺とティアの合作だった。盛り上がるところに割り込んで意見を聞くと、食卓はピタリと静まり返ってしまう。そして1秒2秒と間が空き、全員がはてと首を捻る。


「えっと、美味しそうだよ?」


(おや、この反応は?)


「ありがとう。でも、そうじゃないんだよなぁ……」


 優しいフィーネちゃんは、困惑しながらも褒めてくれた。けれど、その反応は俺の欲しかったものとは微妙にズレている。何を隠そう、今日のメニューはランデレシアの郷土料理。皆には懐かしいと喜んで貰えると期待した。


 思えば地球の食べ物を教えてばかりだったので、せっかくだし帰る前にこちらの料理も教えて貰ったんだよね。


「へぇ。これ、イグニスたちの国の料理なのかー」


「いや、国と言われるとどうかな……」


「少なくとも私は初見ねー」


 狼少女は、早速にスプーンでパイをザクザクと崩した。真似てカノンさんも手を付けるのだが、面白いとはしゃぐ様子には初体験の喜びが見える。


 習ったのはデクスルという料理。形状はパイシチューのように、容器をパイで蓋したものだ。スープを加熱する時の蒸気で一緒に冷えたパンも温めたのが発祥と聞いている。美味しいと好評ではあるのだが、何故かランデレシア出身の皆でさえ知らないようだ。


 これは一体。俺は胡乱な瞳で背後を見た。

 出来立てのデクスルを運ぶ白藍髪の少女は、まるで梅干しでも食べたかのように、唇を尖らせて顔を皺くちゃにしている。


「ご、ごめんなさい。いつかの仕返しで、うそーんって言いたかったのに、凄く真剣だったから、言う機会を逃したのだわ……」


「ティア!?」


 ちなみに料理はウェントゥス領の伝統的なもので、完全な嘘では無いそうだが。まさか騙されているとは思わなかったな。逆ドッキリをくらい硬直していると、お前も日頃の行いが悪いと笑われた。



「それで、聖遺物はなんと言ったのだね?」


 食事を始めると、口を開くのはウィッキーさん。

 物言わぬ骸骨の声を電波として受信したと話せば、珍しくやや前のめりになって続きを求めてきた。やはり知神を崇める身。未知の技術と聞けば興奮が隠せないようだ。


「モアの言っていた、終わりなき物語の正体が見えたよ」


「なんでもっと早く言わないの!」


 ほうと唸るカラスの悪魔に対し、勇者は早く言えやとキレ気味だ。確かに大事なのは、どう聞いたかではなく内容だよね。


 けれど、あの情報はフィーネちゃんの求めるものだろうか。俺はイグニスの話を引き継ぎ、それがねと金属ドクロの語ったことを説明する。


「つまり。終わりなき物語って、人類救済計画っぽいんだよね」


「……枢機卿。この話、どう思われますか?」


「私はもう枢機卿ではないよ、マルルくん。けど、そうだね。それは確かに、三教の理念と一致はしている」


 三柱教の目的とは、まさに世界の存続。終わりなき物語が理想であるのだ。

 この世界は過去、大魔王の存在により詰んでいて。終焉を回避すべく、たった一人で過去へ遡ったというのが初代勇者だと言う。


 だから、未来より訪れし勇者を支援する為の団体というのが、三教の本来の発足理由だった。その術を伝えたのこそ、この金属ドクロこと聖遺物ということになり。まさに御神体と言うべき、ガチの崇拝対象だということが分かる。

 

「……でも、モアはその体系ごと破壊しようとしていた?」


「そうなんだよね」


 フィーネちゃんは、目を細めてパイシチューを眺めていた。そんなことは未来に蓋をするだけだろうと、鎧さんの思惑について考えるらしい。

 

 或いは人類の滅びすら肯定するような考えだ。それを目的とするならば、三教との衝突は必至。だからこそ魔王軍という立場に居たのかも知れないけれど、勇者に託すにはあまりにお門違いな願いだろう。


「いや、事はそう単純な話では無いのかも知れない」


「お前もそう思うか、ウィッキー」


「やだー単純じゃない話やだー!」


(危ない。駄犬と同じことを言うところであった)


 リュカが食事中くらいは楽しくしようぜと叫ぶ。聖遺物が絡む話には、どうしても過去や未来が混じるので複雑になりがちなのだ。


 その点ヴァンやカノンさんは慣れたもの。参加出来る会話じゃないと悟るや、黙々と食を進めている。


「ウィッキーさんは、モアの目的が理解出来るのですか?」


「何となくだがね。そして、これが真実であるのならば、私はダングスの名に懸けて、事実を追求せねばならぬのだろう」


 ヒントは麻呂だったと、ウィッキーさんはシェンロウ聖国を混乱に貶めた悪魔の名を口にした。そう、と相槌を打つのはイグニスで、奴が聖遺物を悪用した件を引き合いに持ち出す。


 未来予報を逆算しての慎重な立ち回り。まして天啓を偽り、聖女に聖遺物の鍵を開けさせていたね。そこまで聞いて、俺にもぼんやりと言いたい事が見えてくる。


「そう……か。いや、これ、どうなるんだ?」


 システムの悪用。本来は人類を救済する意図があれど、使う者に悪意があれば害を生む。

 ならば過去の改変などと言う途方もない力を、心無い者が手にしたならば?


「ああ。未来から訪れるのは救世主だけじゃないという話だな。仮に大魔王とやらが、この力に気付いたならば、逆に破滅の因子を送り込んでくる可能性もある」


「破滅の、因子……」


 フィーネちゃんは話を聞きながら、パイの蓋をシュチューへと突き落としていた。

 碧の瞳が見つめるのは、パリパリと乾いた音を立ててスープに浸る欠片。まるで、次元という壁を越え、この世界に降り注ぐ災いを眺めているようだ。


「まぁ、そんな事をされたら実質は防ぎようがない。機構の破壊という考えは正しいのかもしれない」 


 魔女がそう話を締めくくった。三教の意義をひっくり返すような言葉なのだが、ここではカラスの悪魔でさえ反論を飲み込む。


 食卓はすっかり静かになってしまった。朝一番で話すにしては話題が重くなりすぎたようだ。俺は何か楽しいことは無いかと思考を巡らせ。


「そうだ、転移の準備の方は順調ですか?」


「ああ、その件か。大丈夫。前からコツコツやってきたからね。予定通り、次の新月に行えるよ」


 ウィッキーさんは間に合って良かったと、アサギリさんに目を向ける。

 元から半透明なギャル幽霊であるが、彼らが出会った時は、もう少し濃かったらしい。このままでは消えてしまうかも。そんな事から始まった、異世界転移という大計画も、やっと実行に移せる日が来るようだ。


「なあ、次の新月っていつ?」


「……あら。知らなかったのね。明後日なのだわ」


 リュカがスプーンを加えながら尋ねると、行儀悪いわよと窘めながら雪女が答えた。そうか。狼少女は、そう言って犬が耳を畳むように、目に見えて落ち込んでしまう。


 まだ時間はあるからさ。俺は励ましの声を掛けて、食べ終わったらまた遊びに行こうと勇者に同意を求めた。しかし肝心のリーダーも、視線を落とし物憂げにシチューをかき混ぜているのだった。重いよう。



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