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532 オーバーテクノロジー



「角度は……こんなもんか」


(いいねいいね。じゃあウチがタイマー見とくよ)


「ねぇツーくん。私たちを一か所に集めて何をするのかしら?」


 俺はスマホを馬車の荷台に立てて、噴水の前に集うみんなの元へと小走りで戻る。

 フィーネちゃんを中心に横へ並ぶ勇者一行は、撮影10秒前になっても意図を理解出来ないようだ。困惑をしていて、いまいち落ち着きは無く。


(……3、2、はい、チーズ!)


 そして無情にも鳴り響くシャッター音。

 俺は苦笑いしながらピースをしたが失敗の予感しかしない。パチクリと瞬きをするフィーネちゃんから「終わったの?」と声が掛かった。ウンと返事をするも、結果は見せた方が早いのだろう。


 復活したスマホちゃんの初仕事は、せっかくなので集合写真を撮ることにした。

 アサギリさんが建物を背景にした方が映えるというので、昼食をとった後、帰り際での撮影である。


「どう、ちゃんと撮れた?」


(う~ん。まぁこれはこれで、味があるかな?)


(カカカ。どれ儂渾身のアヘ顔ダブルピースはどんな具合じゃ)


「やめろやめろ、そんな心霊写真は嫌だよ!」


 まったくもう。慌てて画面を確認すれば、そこにジグルベインの姿は無い。代わりに仲間たちが、あまりに初々しい姿で写っていた。


 俺が肩に手を添えたせいか、ピンと真っ直ぐに背すじを伸ばすフィーネちゃん。

 イグニスは食べ過ぎたと気だるげにお腹を抑えていて、意外や写真映りが良いのがリュカだね。


 知るものからすれば、歯の隙間に挟まった繊維が取れないという顔だが、内面は見えないもので。奴の中性的なイケメンぶりが遺憾なく発揮されている。


 仕方ないのだが、人生初の写真撮影だ。散る視線に、取り繕わぬ表情。間が悪く、瞬きをする者も居た。お世辞にも綺麗に撮れたとは言えないけれど、これは永久保存確定だよね。


 俺はあまり写真を撮る習慣がなかった。というか、引き籠っていて撮るようなイベントも無かったのだが。思い出が形として残るのが、こんなにも嬉しいだなんて。


「でも、アサギリさんは写真に映らなくて残念だったね」


 ジグはふざけたけれど、幽霊はそもそも鏡にも映らない。

 異世界に来た証が欲しいと言ったアサギリさんだが、せっかくスマホが動いても、残せるのは周囲の光景ばかりなのだった。


(なんとなく分かってたから、残せるだけで嬉しいよ。それに、ある意味助かったかも。このレベルの美人たちに混じるのは少しキツいわー)


 ウチの分まで沢山撮って。ギャル幽霊は敗北感に打ちひしがれながら言った。顔面だけでなく、脚の長さとか肉付きとかも全然違うそうだ。そうか、着替えを見たのね。詳しく聞きたいところだが、強がりなのは瞭然で。


「うん。任せて」


(えへへ。ありがと)



「ほら見て。これがスマホちゃんの凄ささ」


「えっ、これ私たち? あの一瞬でこんなに綺麗な絵が出来ちゃうんだ」


「へぇこりゃ確かに凄げえ。って、おい俺の目、半開きじゃねえかよ! もう一回出来ないのか!?」


 評価は上々か。動き出した馬車の荷台では皆が頭を寄せ、画面を覗きこんでは驚きの声を出している。やはり百聞は一見に如かず。通話やネットという本来の機能は使えずとも、異世界でスマホは十分にオーバーテクノロジーなのだった。


「オレ、ツカサが異世界から来たって意味がやっと分かったかも……」


「いまさらなのぉ? というか、そうか。今なら少し俺の居た世界を見せられるな」


 ものはついでだ。アサギリさんに許可を貰って、皆でフォルダの写真を見ることに。

 料理の投稿が趣味というだけあり、キャラ弁やお洒落スイーツなど映える画像がいっぱいであった。


「嘘、これが料理なの!? とっても可愛いのだわ!」 


(でっしょー。これでも結構フォロワーいるんだよん)


 ティアの食いつきが凄い。白藍髪の少女は、手をブンブンと振って興奮している。

 他には教室やお店などの風景もあり、俺も懐かしい気持ちになりながら、画面をスワイプさせていく。


 中には動画もあるようで、制服姿で同級生と謎ダンスを踊るアサギリさんが写っていた。フィーネちゃんは本当に同じ格好をしているんだと、ミニスカ姿に衝撃を受けているようだ。確かにナイス太もも。俺も、いいねを付けたい。


「ツカサくんも、これくらい脚が出ていた方が?」


『兄者。いけせまぬ、我らは兄弟なのですぞ。あっあっ、おやめくだされ~』


(おっと、放送事故じゃな)


「えっ続きは。ねえ私、続きが気になるわ」 


 すぐに止めるが時すでに遅し。なんだこれ。ショート動画には、半裸の男が頬を染め、色っぽい声で叫ぶアニメが混じっていやがった。僧侶がねぇねぇとしつこく迫ってくるが、他の皆は目がすっかり点である。


(メンゴメンゴ)


「フィーネちゃん、なにか言った?」


「ううん。いいよ……」


「な、内容はともかく。絵が動いたり、声まで出るのか」


 瞳が濁る勇者の横で、魔女が呆れながらに言う。

 投影の魔道具があるので、写真の原理はなんとなく理解したようが、流石に動画は未知の領域らしい。どうやってと首を捻りつつ、地球の技術水準に慄いていた。


 実は動画も原理はアニメと同じで、言ってしまえば超細かいパラパラ漫画なんだよね。

 まぁ、イグニスは日本へ一緒に付いてくる予定だ。環境は他人事でも無いのだろう。「この板でこれだと……」と思考を飛ばす赤髪の少女に、魔王が分かるわーとしきりに頷いている。


 それからというもの、スマホはみんなの玩具。

 自分も写真を撮りたいと、思い思いに景色にカメラのレンズが向けられる。観光の途中では、奇怪な集団に見られながらも、カシャカシャという軽快な音が止むことは無かった。



(アハハ、みんな変なもの撮りすぎ。マジウケルー!)


「誰だ、駝鳥のウンコなんて撮ったの。削除削除」


 のんびりとした一日も終わり、俺は部屋で写真の整理をしていた。

 撮ることは簡単でも、消し方を知らないので、ストレージにはゴミのような画像が山のように溜まっている。


 まるで皆の視点を見てるようで面白くはあるのだが、スマホの容量も無限ではない。ピンボケや誤写などのあからさまな失敗は、容赦なくゴミ箱行きだ。


「これ、日本に帰ったら印刷してあげよ。よかったら俺のスマホに送ってくれない?」


(りょりょー。友達登録……はいまは出来ないか。電話帳にでも番号入れといて~)


 やったーと思いながら、アサギリさんスマホに自分の個人情報を打ち込んでいく。母親以外では初めての番号交換。それも相手は女子高生。もしや俺ってリア充なのではないか。


「後……これは個人的な願望なんだけどさ。出来れば、この写真をSNSに投稿しないで欲しいんだよね」


(えっ、なんで。絶対にバズるよ?)


「いや、むしろ人気が出ちゃいそうだから。アサギリさん、フォロワー多いらしいし」


 俺は写真の整理に戻り、皆の豊かな表情を見て頬を緩める。後半は撮られ慣れたか、ポーズをつける余裕もあって、眺めているだけでも、とても楽しい。


 俺と肩を組む若竹髪の少年。食べている様子を撮影されて照れる白藍髪の少女。お祈りという名の正拳突きを披露する青髪ポニテのお姉さん。


 でも、これは本来あってはならない世界だった。

 独自の生態系で進化をした魔獣たち。魔力を体に宿す人類は、髪や瞳の色に影響が出て。なにより魔法という埒外の技術もある。


「どれだけの人間が信じるかは分からないけど、この世界を、俺の思い出を汚されたく無いんだ。それに、世間に注目されたらイグニスに迷惑が掛かるだろうし」


 ただでさえ、魔女は赤髪赤目と目立つ存在で。日本人基準の視線で見ても、とびきりの美人。その出身が異世界であると知られるのは、なるべく控えたいところだった。色んな意味で炎上してしまいそうである。


 この世界と地球では、あまりに価値観も死生観も違う。もし帰れたのならば、今度は俺が彼女を守らないといけない。いや、違うか。俺の場合は単純に、イグニスに自分の故郷を嫌って欲しくないだけかな。


「思えば、イグニスが説明したがりなのも、こんな気持ちだったのかな」


(あいつの場合は、どうかのうぅ)


 彼女と一緒に見てきた全てが懐かしくなった。俺もイグニスがしてくれたように、その手を取って、沢山の経験をさせたいものである。


(……分かった。そうだね、ウチも何も知らない人にウィッキーの事をフェイクとか言われたらキレるわ)


「ありがとう」


 その後も幽霊二人に挟まれながら、思い出に浸るように今日撮った写真を眺めた。

 一枚一枚に時間を掛けすぎたか、整理が終わる頃にはもう深夜。俺はちょっとトイレとランタンを片手に、ギシギシと古びた廊下を軋ませながら一階へ降りて。


「あれ、まだ誰か起きてるのか?」 


 居間から漏れる灯りに気が付いた。

 そぅと扉を覗き込めば、暖炉の前には寝間着姿のイグニスが見える。膝の上には金属の髑髏を抱えていて、夜中にそんな物をキュッキュと磨く光景は、どこか倒錯的だ。


 まるで本物の魔女でも見た気分になりながら、そういえばと思う。

 この屋敷にある電子機器はスマホだけではない。本来は存在せぬ物、座標0。未来より紛れたメイドインジャパーンな品があったね。




観光の話は、いつかSSで書けたらと思ってます

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