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529 お別れ前に



「ここの浴場、広くて凄いね。優待券さまさまだ」


 混浴とはつゆ知らず、開放的な姿で居た俺。有り体に言えば全裸でもろ出しだ。

 そんな時にばったりと女子たちに遭遇したもので、咄嗟に手拭いを腰に巻き、さも何事もなかったかのように爽やかな声で挨拶をした。


「あのね、ツーくん……」


 幸いというか、彼女たちは湯浴み着を纏っているのだが。雪女は何か言いたげにするも、顔を赤くしてそっぽを向き、全然会話をしてくれない。ふっ、うぶな貴族令嬢だぜ。ならばと他の面子に視線を向ける。


 皆が着る服は、前開きのゆったりとした形状で、バスローブのようにも見えた。

 だから籠の中に入っているのには気が付いたのだけど、てっきり出た後に着るものだと勘違いをしてしまったのよね。


「いやー、俺もヴァンもまさか混浴だとは思わなくてさ、ハハハ」


「そ、その。ツカサくん!」


「うん?」


 言い訳をすると、顔を手で覆うも隙間からしっかり覗くフィーネちゃんが声を張り上げる。そして俺の股を指差して言うのだ。

 

「全然隠せてないよ!」

 

 その突込みに、ここぞとばかりに全員が首を縦に振った。

 恐る恐る前屈みになってみれば、手拭いから見事にコンニチハをしている物体があるではないか。いやん。


(自主規制の出番であるな)


「それだ!」


 いいから早く着替えて来いと、イグニスに尻を蹴られた。



「まったく。君という奴はなんでそうなんだ。少しは恥を知りなさい」


「いや。俺だって別に好きで出してるんじゃないよ」


(混浴だから服を着るのがマナーと、張り紙に書いてあったがな)


「……気付いたなら教えろ」


 どうやら気分が上がりすぎていて見落としていたようだ。

 俺は湯浴み着を急いで取って戻ってきたものの、早々に床に正座をさせられ、魔女からお説教である。


 一方でヴァンは、気になる女の子にバッチリと目撃されたもので。お湯の供給口の下を陣取って滝行をしていた。ガキがよ。後で俺もやろう。


「まぁまぁ、その辺にしときなさいよ。あまり怒るとせっかくの休暇が台無しよ」


 救いの手を伸ばしてくれるカノンさん。見慣れていると笑い飛ばされるのは少し複雑だが、温泉を楽しめという言葉には説得力がある。


 彼女はすでにリラックスモード。髪を濡らさないように上で束ねて、ダラリとお湯に体を委ねているのだ。「あ~」と漏れる声は如何にもオッサン臭い。


「アンタたちも入れば? 気持ちいいわよ~」


 そう誘われてしまい、チラリとイグニスを見る。もういいよとばかり肩が竦められるので、俺はではと僧侶の隣にお邪魔をした。


 足を浸けた段階では、ややぬるいかもと思ったが、胸元まで沈めば、しっかりと温かい。

 とても軟かなお湯質は、まさに体を包まれているように感じ。気持ち良さに、体の強張りどころか心まで溶けていくようだ。


「フフ。男の子とお風呂も久しぶりだわ。教会だとみんなで一緒に入ってたなー」


「くっ、なんて羨ましいガキだ……」


「まだ一人じゃ入れない歳だからね。なんならツカサもまる洗いしてあげましょうか」


 冗談めいて手をワキワキさせるカノンさんだが、彼女は懐かしむように目を細める。その顔を見て、遠いところに来たのは俺だけじゃないのだなと感じた。


 けれど個人的な感覚的だと、お風呂というより温水プールに近い印象である。贅沢なようだが広すぎるのだろう。視界の端には犬掻きをするリュカが居るのも原因かもしれない。


「後は、これかな」


 お湯に浸かりながら服を着ている違和感。

 不思議な素材で出来ていて、濡れても着心地は軽いのだけど、どこか水遊びをしている様に思えるのだった。


「それは魚皮衣だね。文字通り、魚の皮を使っているんだよ」


 しげしげと服を眺めていると、聞いてもいないのにイグニスが教えてくる。

 へぇとしか感想は浮かばないが、言われて見れば、確かに白い布の表面には鱗の模様があった。なるほど、大きい魔魚ならば、皮が素材になってもおかしくはないか。


 赤髪の少女は誘わずとも俺の隣に腰を降ろし、へへと薄ら笑いをしながら、グラスを揺らす。タプタプと遊ぶ液体は透き通る爽やかな青色なのだが、漂うアルコール臭からそれが酒なのだと分かった。


「早速飲むんだ。というか、何処から持ってきたの?」


「向こうに補給所があるよ。君らも適度に水分は取りなさい」


 顎でクイと示す先には、手押し車の横に給仕さんが立っている姿が見える。

 今は聖騎士が並び、プレートに山盛り果物やら飲み物を載せていた。ホクホクの笑顔には、こちらまで頬が緩みそうである。満喫しているようで、なによりだね。


 ちなみにイグニスが飲むのは水葡萄のワインとのことだが。普段の調子でゴクゴクと喉を鳴らす魔女を見ながら、カノンさんが湿っぽい声で言う。


「あと数日で二人ともお別れだと思うと、寂しいわね」


「帰ってくる為に私が行くんだろ。理論は大方把握した。まぁウィッキーも実際に行うのは初めてらしいが、行くのに成功すれば問題は無いさ」


「お土産は買って来ますよ。ニーソとタイツ、どっちがいいかな」


(選択肢それだけ!?)

 

 戦いも一区切りついて、やっとゆっくり出来たと思ったけれど。考えてみれば、皆と一緒に居られる時間も残り僅かか。


 イグニスの言う通り、帰ってくるつもりではあるけれど、大切な仲間との別れはやはり寂しくて。どこか酔いたい気持ちになりワインを一口貰う。咥内には芳醇な香りと共に、甘酸っぱい味が広がった。


(あーサガミンが飲酒してる。不良だー!)


「ゲフっ!?」


 そんな時。背後から、あまりに今更な事を言われて咽てしまう。

 ジグは確かにとカカカ笑うが、魔女は汚いと眉をしかめていて。そういえば、とても大事なことを伝えていなかったと思い出す。


「日本だと、お酒は二十歳になってからなんだよね」


「………………はぁ?」


 たった一言なのに、飲み込むまでかなりの時間が必要だったらしい。聡明な少女は、まるで死刑宣告でもされたかのように表情を絶望で染めている。


「アハハ。丁度いいじゃない。アンタ最近飲みすぎだから、少し禁酒なさいよ」


「ふ、ふざけるな。嫌だ。酒が飲めないなんて嫌だー!!」 


(であろうな、であろうな。カカカのカ)


 これまで数えきれない程の危機を乗り越えてきた俺たち。それでも最後まで諦めず戦い抜いてきたイグニスが、もう終わりだと、頭を抱えて身を捩った。


 俺は苦笑いに留めるけれど、隣ではカノンさんが遠慮の無い大爆笑。その声にヴァンやリュカまでが集まって。事情を知り、やはり笑う。


「別に酒なんて飲めなくてもいいじゃねえかよ……」


「いいや、これは一大事だぜ。コイツ酒で動いてるんだ」


「うるさい。燃やすぞ」


 完全に不貞腐れた魔女は、もはやグラスを使わずに瓶へ口を付けている。

 ひとしきりイグニスを弄り満足したか。若竹髪の少年は、場を見渡して「ティアはどこに行った?」と言うのだが。俺たちは、さぁと首を捻ることしか出来なかった。


「ああ、彼女たちなら露天風呂だよ。美容に良いそうだ」


 答えるのは、先ほどまで手押し車に集っていたマルルさんだった。まだ若いからピチピチ肌のくせになと、やや投げやりな態度である。


 聖騎士は皆の分まで飲み物を持ってきてくれたのだけど、ヴァンがせっかくだし外に行ってみると言う。なら俺も行くかな。湯から立ち上がり、勇者たちへの差し入れを受け取った。


「もう機嫌が戻っていればいいけど」


「そうだな。ツカサみたいな事をしちまうとは屈辱だぜ」


 カノンさんたちは、もう少し中でゆっくりしていくそうだ。

 湯気で曇る大ガラスの脇を通って外に向かう。扉を潜ると、濡れた体は外気にブルリと震え、暖かいお湯が恋しくなる。


 二人は何処かと視線を彷徨わせれば、何故か湯舟ではなく隅っこに身を寄せる姿を見つけた。何をしているのだろうと思うも、近づき理由は判明。どうやら足湯に浸かりながら、顔や手を泥でパックしているらしい。


「じ、実際のところ、大きいのってどうなのかな。小説だと奥が気持ち良いとか聞くけど」


「私は無理無理。あんなの怖いわよ。だってツーくんの、これくらいあったじゃない」


「え~でもでも~」


「…………」


 更に言うのであれば、女同士をいいことにド直球な下ネタを話していたようだ。

 「ティア……」と遠い目をするヴァン。そして俺たちに気付いた二人が、これは違うのと手をバタバタ振る。


 だが、そんなことはどうでもよかった。俺は温泉と聞いた時点で、その存在に思い至らなかった事を激しく後悔する。


 そこは少女が無防備に脚をさらけだす場所だった。普段は隠されている膝下が惜しみなく投げ出されているなんて、まるで天国のようではないか。


 嗚呼、足湯という、その概念!


「……残念だな。スマホの電源が入れば、みんなで記念写真を撮れるのに」


(いやー。今言われても脚を撮りたいようにしか聞こえんなぁ)



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