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521 たんとお食べ



 それは破れかぶれというやつだ。

 黒剣を悪魔の胸元に突きつけるも、その刃はまだ奴へ届くことは無かった。そして俺には、もう地面を蹴る足も無く。


 ならばと思い付きで、ありったけの魔力を刀身へ流し込んだのである。

 すると纏っていた混式が功を奏したのだろう。光と闇の魔力が合わさる事で、ライトセイバーという光るだけの一発芸が魔剣技としての体を成す。


 眩き刃はズムリと伸びて、麻呂の胸元から背へと貫通したらしい。

 俺はハラリと舞う羽を見上げ、一矢くらいは報いれたかなと、教会の犠牲者たちを想った。


「無駄な足掻きをしおってからに。こんなもの麻呂には効かぬわ」


「……知ってるよ」


 失敗をしたとすれば、羽根を奪うことに意識を向けるあまり、攻撃する箇所を間違えたことだろう。魔力が人の形をするだけの悪魔に斬撃はほとんど意味をなさない。


 狙うのであれば右胸の霊核なのだが、俺は間抜けにも千載一遇の好機を逃していた。もはや動く気力も無く、参ったねと空笑うことしか出来ないものだ。


 脚部には、喪失感と激しい痛みが同時に襲ってきている。

 足を失ったという、泣いても喚いても慰められぬ現実。止めどなく溢れる流血は、命が漏れ出していると思うほどに温かなもので。久しぶりに死の淵を垣間見た気分であった。


「気に食わぬ眼よ。この期に及んでまだ諦めぬでおじゃるか」


(何をやっとる、早く代われ馬鹿者が!)


 俺が希望を感じていたのだとすれば、それは先ほどからジグルベインが魔力を注ぎ込んできているせいだろうか。ちゃんと追い込まれているので安心して欲しいね。


 だが麻呂はもっと苦しめとばかり嗜虐的な笑みを浮かべながら、こちらに手をかざさす。何をするつもりだと思えば、五指が針のように伸びて、俺の胴体を串刺しにするのだ。衝撃にうぐっと息が漏れ出て、遅れ肺の空気を全て吐き出すほどの悲鳴が上がる。


「司くん!?」


「くそが。もうなりふり構っていられないな。……その唇は、吐息をしない」


(……ぬぅ?)


 俺の気になっていたのは羽根の行方だ。ウィッキーさんは意図を察してくれたかと心配であったものの。麻呂の背から僅かに欠けた天使の羽根は不自然な風に乗り、フワリフワリと上昇していくもので。


 その光景を満足気に見届け。俺は様々な事情を放り投げて、魔王の起動スイッチをポチっとなと押したつもりであった。けれど、いかに魔力を込めれど一向に交代をする気配が無い。


(なにしとるんじゃ、早う早う!)


「い、いや。あれ?」


 こんな経験は初めてである。もとからバグのような裏技だけに、何故だと焦っていれば。俺に刺さっている麻呂の指へ、闘気の発光がズルズルと流れ込んで行くではないか。


「テメェ、もしかして俺の魔力を吸ってるのか!?」


「カッカカー。食らうてやると言ったでおじゃろう。今は貯めるのが優先。消化など後でゆっくりしてくれるわ」


 本来は人に寄生し、ゆっくりと同化していく悪魔であるが。なんとこいつは蚊が血液でも吸うように、チューチューと直接魔力を奪えるようだ。


 いや、無理はしているのだろう。その同化しきれぬ魔力こそ、皮下でミミズのように蠢く正体で。俺の力を取り込む麻呂は、体表にまた一つボコリと血管のようなものを浮かび上がらせる。


「ほう、これだけ奪ってもまだ元気か。これは良い餌を見つけてしまった」


「ぐぬぬぅ、まさか切り札を封じられるとは」


(奪われては魔力が釣り合うはずも無いか。であればいっそ、こんなのはどうよ?)


 ジグは悪戯を思い付いた、というには邪悪な顔をしてカカカと喉を鳴らした。

 麻呂がまだニセベインの体を着ている時に、本物はそんな下品な表情はしないと言ったがあれは撤回しよう。まるで何処かの赤髪の少女のような、ニチャリと音のしそうな笑みである。


「無駄無駄。そんなに勢いよく魔力を流そうと、全て麻呂が……。なんだ、重い? 何を、何をしているでおじゃるか貴様!?」


(悪魔風情が儂の奢りを断ると申すか、この不敬者めい)


「あー良かったね。お腹が減ってるなら魔王様がご馳走してくれるってさ」


 ジグは俺の身体を通し、麻呂へ思い切り魔力を流し込んだのだ。

 最初こそ美食屋気取りの顔をしていた悪魔であるが、すぐにその表情は苦いものへと変わることになった。


 奴が他人の魔力を吸っても無事なのは、恐らく割合だろう。

 プールの水に一杯の珈琲が混入しても薄れてしまうように、保持する量が膨大なだけに許容量も大きいのだ。


 だが魔王は世界の理すら塗り替える存在である。それは大量の墨を垂れ流すように、たちまちにプールを染め上げてしまう。ボンっと景気の良い音を上げて、悪魔の背が弾け飛ぶ。


「や、やめっ!?」


「まぁまぁ遠慮するなって」


 慌てて指を引き抜こうとするが、逃がすかよ。俺は両腕を使い、ガシリと己を貫く凶器を握り込んだ。その間にも麻呂の小柄な体はブクブクと膨れ上がり、まるで風船のように肥大をしていく。


 更には、闇の属性変化のおまけ付き。今の奴は胃に無理やり岩を詰め込まれているようなものだろう。嫌だ嫌だと首を横に振るが、もはや自分の重さで動くこともままならず。


(カカカ。ハイ、飲んで飲んで飲んで~!)


「馬鹿な、あり得ぬ。あってはならぬでおじゃる。こんな膨大な量は、魔王とて~!?」


 抵抗はするのだろうが、一気飲みのコールと共にジグルベインは魔力を無理やり押し込む。多分、途中から楽しくなって、どこまで入るか試しているのではないか。


 まぁ魔王のパワハラに良く耐えたと言っておこう。

 その大きさや、まるで一軒家の如しまで巨大化してしまった。今にも弾けそうなほどに張り詰めていて、その姿はかつての面影なくダルマのようだ。


「お……ご……」


「どうだ、腹一杯になったかよ?」 


 皮肉にそう捨てるのだが。奴はもう意識が飛んだか、ぐらりと揺れ、今にも倒れそうだった。しかし困った事に、俺はいまだに地面へ寝転び、腹を串刺されている。どの道、駆けて逃げ出す足も無いもので。


「ギャー助けてー!?」


「フェヌア流、破段の六。蹴馬(けま)弾衝空だんしょうくう!」


 精一杯に叫ぶと、なんと本当に助かってしまう。麻呂の頭部に衝撃が走るや、後ろの方向に転倒したのだ。


 一体誰が。指は外れたのだが、体はもう動かず。頭だけを起こして救世主の顔を見た。

 そこには、さながらバレリーナのように脚を後ろに持ち上げる姿がある。まさかいまの攻撃は、蹴りの風圧だと言うのか。


 しかし、男はそんな無茶も納得してしまいそうな体躯をしている。持ち上がる脚は巨樹と見間違えるほどに鍛えられた太いものだったからだ。


「お、お前はラ●ウ!」


「はい、ラオですが……はて前に名乗りましたかな」


(カカカ。合ってた!)


 忘れもしない按摩師であった。何故ここにと思うも、彼が正面を向き息を飲む。

 右腕が、無かったのである。だと言うのにラオさんは、後悔を微塵も感じさせぬ実に晴れやかな笑顔で、俺にこう伝えて来た。


「貴方たちのお陰で、教皇猊下を無事に逃がすことが出来ましたぞ。遅れながら、我らは加勢に参った次第です」


「ああ、本当に良くやってくれたなツカサ。そしてリュカ」


 見れば、彼の背後には聖騎士も居て。その隣には聖女ちゃんの姿まで。そして彼女の腕を引っ張り急かすのは灰褐色の髪の少女である。


 そうか。やってくれたか。俺は頑張ったなと地面から微笑みかけると、リュカは泣きべそをかきながらこちらに駆け出して。


「ゲップ」


 頭上から汚い大きな音がした。

 瞬間、城を囲む教会の一つが跡形なく消失し、地面と城壁にただ破壊の跡を刻む。


「「なっ!?」


 事情を知らぬ者は悪魔が放った攻撃のあまりの威力に慄くが。事情を知る身としては、別のことに唖然としてしまう。今のは文字通り、ただのゲップなのだ。口からほんの少し魔王の魔力が漏れ出したに過ぎなくて。


 ならば。ならば、もし麻呂がこのまま破裂してしまったのなら、近辺には一体どれだけの被害が出るというのだ。


 頭に過るのは最後の天啓。ツカサ・サガミが原因で、国に壊滅的な被害が出るという内容のもの。聞いた時は鼻で笑ったものだが、やはり未来からの忠告には耳を傾けるべきであった。


「こ、これか~!!」



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