520 翼をください
俺は翼で浮く麻呂を睨みながら、貫かれた腹部に手を当てる。
凶器は伸ばした指だろうか。お喋りで位置がバレたらしく、階下からブスリとやられ。右脚に1発、右腹部に2発と、綺麗に細い穴が開いていた。
痛みは当然にあるとして想定より出血は少ない。
怪我が浅いわけではなく、内臓の負傷に比べて傷口が小さすぎるのだろう。腹部に浅黒い血溜りが出来て、パンパンに腫れあがってしまっている。
「いってぇ。イグニスから回復薬を貰っておいて良かった……」
「治療は血を抜いてからの方がいい。そのままでは外傷が先に塞がってしまうよ」
俺はウィッキーさんの忠告に従い、黒剣で傷口を裂いてから腹に薬を垂らす。薄めていても刺激は健在で。内臓を焼かれるような熱さを覚えながら、はたと思った。これにも魔力入ってるな。
「まだ数本ありますけど、ウィッキーさんも使いますか?」
「いや、我々は生体の魔力しか受け付けないんだ」
カラスの悪魔は、これも呪いかもねと己の生態を嘆いた。
魔力を自らで作れない悪魔。だからこそ生物へ寄生する能力に特化しているらしい。確かに物から魔力を集められるならば、苦労して人に憑きはしないのだろう。
ならばやはりと、俺は麻呂の背にある翼に狙いを定める。すると視線に気づいた奴は、何を見ていると胸元を隠して身を捩るのだ。少しイラっときたよね。
「な、なんだその獣のような目は。さては麻呂の身体を狙っているでおじゃるな!?」
「はい」
肯定をすると、変態めと罵倒の言葉を浴びせられた。もしや麻呂の性自認は女で、ジグルベインの肉体を得たことも本気で喜んでいたのだろうか。まぁ、どっちでもいいし。どうでもいいな。
「ウィッキーさん、俺に魔力の当てがあります。ちょっと魔法は控えて!」
「え?」
俺は隠れていろと念を押して、床を蹴り込む。足場は反動でガラガラと崩れていくが、なんとか空を陣取る悪魔のもとまで体は届いた。
このまま素直に羽根を斬らせてくれればいいのだけど、流石にそれは甘いようだ。突き出された腕は、さながら剣山のように形を変えて。針の壁となって迫りくる。
「ジグ、魔力をくれ! 【黒よ穿て、白よ弾けろ】」
制空権を握る悪魔は、翼も持たない人間に油断をしていた。
自前ではまだ闇の魔力が弱いので、魔王に補填してもらい散魔銃でこれを迎撃。伸びる棘は俺を避けるようにして反り返り。頭上から両断する勢いで剣を振り落とす。
残念。咄嗟に腕で防がれ、羽根には当たらなかったか。
けれど混式で振るった重斬撃。その威力は堪えられるものではなかったようで、悪魔は地面を目掛けて一直線に墜落をする。
(ああ、羽根を狙っておるのか。止めろ止めろ。前に食ってどうなったよ)
「今回食べるのはウィッキーさんだよ。それに俺、あんな寄生虫が付いているような外見を口に入れるのはちょっとね」
(人には食わせるのじゃな……まぁ、いいか!)
魔王とウフフと笑いあうの束の間。身体は重量に引っ張られ、内臓がせりあがるような浮遊感が訪れる。だが、たかが20~30メートルの高さだ。両足を魔力で固め、そのまま瓦礫の山へと着地をした。
怪我は無いけれど、どうしても衝撃は発生するもので、足裏から襲う強い痺れに無茶はするものじゃないと考える。
「なるほど、大した腕力。あながちラヴィエイを倒したというもの嘘では無さそうだが。さてはアイツ、魔力をほとんど貸していたでおじゃるな」
「……!」
ジンジンする足を擦っていると、土煙から飛び出してくる黒い塊。
意外や肉弾戦で相手をしてくれるようだ。こちらとしては助かるので、剣を構えて応戦するのだが。
雑に振られる腕の、なんて力強いこと。必死に逸らした攻撃は、そのまま城を抉り、また大きく建物が傾く。このままコイツが暴れては王城が完全に崩壊するのも時間の問題だろう。
「確かにラヴィエイは、千人に魔力を振り分けて本人はすっからかんって言ってたっけ」
それでもかの黒い悪魔は、ジグルベインと対等に渡り合ってみせたものだ。
ならば俺がこれから経験をするのは、魔力の充足した。本来の上級悪魔の強さというわけか。
「司くん!?」
「大丈夫だ、来ないで!」
頭上の階からウィッキーさんの声が届くけれど、まだ我慢をしてくれ。
麻呂がいかに強かろうと、こちらに退く気は全くない。だってこいつの魔力の源は、教会関係者を含む、罪の無い人達で。奴の体表で蠢く魔力の脈動は、コイツを許すなと訴えているように見えて。
「テメェがどれだけ強かろうと知ったことか。人の尊厳を踏みにじって、ただで済むと思うんじゃねえ」
「これは異なことを。ソチは食事が悪だと。肉食獣には飢え死ねと申すかや」
変形をする身体が厄介だった。剣の様に鋭く、槍の様に長く。それでいて鞭の様にしなやかだ。弱肉強食を謳う悪魔は、弱いことこそ悪と胸を張り、強者として牙を剥く。
そういう意味では、麻呂は実にちゃんと悪魔をしているのだろう。
溜めに溜め込んだ魔力の量は脅威の一言。放たれる攻撃の全てが致命で、剛活性の魔力防御など、まるで無いように俺の肌を削っていった。
「食うか食われるか、なら文句は言わねえよ。でもお前は違うだろうが」
取り憑くことでしか生きられないのは悪魔の生態。だからこそ、ウィッキーさんに身体を譲った司教は、仕方ないとその罪を許したのである。
だが、こいつはどうだ。同じ様に魔王から作り物の身体を貰っている。もう人に憑く必要は無かった。それでも残虐を繰り返す理由はただ一つ。
「人間をいたぶって悦に浸っているのが見え見えなんだよ!」
「なんだ、バレていたでおじゃるか~」
まるで腕を振るう毎に、手に持つ武器が違うような変則的な攻撃だった。だから少しばかり手間取ったが、ネタが割れれば麻呂にはヴァンのように磨きこんだ技量は無い。
リーチもある。威力もある。けれど俺は、もっと鋭利で速い二刀の煌めきを知っているから。この程度じゃ止まっていられないよな。
「弱肉強食って言うなら、お前も食われる覚悟をしやがれ」
「虫けらが何を言うかと思えば。嫌に決まっとろう馬鹿めが」
(待て、何か……)
攻撃を弾き、躱しながら、なんとかの前進。あっと一歩でこちらの剣が届く距離に来ながら、奴がニタリと笑った瞬間に俺は膝から崩れ落ちていた。
突如に失った平衡感覚。瓦礫の散乱する地面に肩から倒れ込んでしまう。何が起こったと混乱する頭で視線を足元へ向けると。目に映るのは、少し後ろに残ったままの両足で。
ああ、足置いて来ちゃったのね。
「ぐぁ~!!」
「おー、やっと良い声で鳴いたわ。カッカカー!」
(ちい。そうか、大地に根を張っておったな)
根を張るというのは、言い得て妙なのだろう。麻呂は制空権を捨てたのではなく、地の利を生かしに降りてきたのだ。
凶器の腕ばかりに注意を向けていたが、どうして変形するのが腕だけだと思ってしまったか。奴の足は散乱する瓦礫の隙間を縫い、とっくに張り巡らされていたらしい。
「人間なぞ、そうやって地を転げていればいい。言うたろう、楽に死ねると思うな。ソチの魔力は全て麻呂が食らうておじゃる」
「即死させない理由はそれか……」
俺は両の足を失い、芋虫のように這うことしか出来なかった。そんな姿を頭上から高笑いながら、悪魔はヒタヒタと近づいて来て。いまどんな表情をしているとばかりに覗き込んでくる。
だが絶望の表情がお望みならば、希望には答えられないだろう。
「馬鹿はお前だ。俺は怪我に定評のある男だぜ。こんな傷はカカカのカさ」
(威張るでないよ)
俺は左腕を食いちぎる勢いで噛みつき、痛みで理性を保っていた。そして胸元に突き付ける黒剣。もうとても振るえる状況ではないけれど。
「必殺、ライトセイバー!」
名付けるならば、光翼剣とでも呼ぼうか。以前は発光するだけのネタ技だったけれど、魔銃の要領で光の刃は質量を得る。
ズンと悪魔の胸を貫く魔力の輝き。覗き込まれていたぶん、麻呂の表情が驚きと怒りに染まるのがよく見えた。同時、その背の羽根が数枚、はらりと散るのもね。
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