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512 全力で全霊で



「うぉおお!!」


「……っ!?」


 その気迫をなんと例えよう。一打一打に勝利への渇望が込められているような。俺に勝ちたいという気持ちが伝わってくる、激しい剣だった。


 勢いだけではない。荒ぶる二刀は事実、振られるごとに力強さを増していく。

 こちらも魔力を振り絞っているというのにドンドンと力の差は埋まり。いまや剣を握る手が痺れを覚えるほど強烈な斬撃が襲い掛かって来るのだ。


「お前は、なんというか。こう……」 


 ここで覚醒をするのかよ。思わず、少年漫画の主人公かと吐き捨てたくなるね。

 もとより雄弁な剣ではあったけど、刃に乗せていた想いが口からも漏れ出してからは手に負えない。ならばこれは心の強さか。


 猛活性。英雄の領域と呼ばれるその力は、ただ訓練を積んでも辿り着けないと聞くのに。コイツは心体の極限の先へ、俺に勝つためだけに到達しようというのだ。


「でもな。俺は、そんなお前だからこそ勝ちたいんだぜ」


「やって、みやがれ!」


 鋭い踏み込みから上下左右と自在に叩き付けられる剣。さながらに鋼の暴風雨である。重い。それも当然か。この攻撃には、剣に生きた少年の人生全てが乗っているのだから。


 ならば、ここで退いては男が廃るというもの。

 受けてやるよ。俺は闘気を一層に煮え滾らせて、土砂降りの雨に傘も差さずに身を晒す心地で前へ出る。


「ぬぁあああ!!」


 既に被弾は覚悟のうえだ。二刀流に対し手数で劣る俺は、致命傷だけはなんとか避けつつ必死に剣を振るう。


 しかし劣勢。圧倒的劣勢。すぐさまに全身が刻まれ血飛沫が舞う。

 それもそのはずで。身体能力というアドバンテージがあったからこそ、ギリギリで釣り合っていた天秤だ。


 そこを追いつかれた今。技術も戦闘経験も、俺がヴァンに勝るものは何一つとして無いのだった。


(いやいや。お前さんの行動は儂ですら予想出来ぬものじゃ。遊び人の強さを見せてやれい)


 魔王はこんな状況でもカカカと喉を鳴らし、能天気に笑っていた。誰が遊び人じゃい。反論したい気持ちは山々なのだが、不思議にその言葉は肩から力を抜いてくれる。


 剣術なんて型にはめる必要は無い。もっと自由に奔放に。効率を嘲笑いながら、最大威力を叩きつけろ。それが俺の習ったカカカ流だろうが!


「……必殺、魔閃口(ませんこう)!」


 口をガパリと開き舌を発光させた。のだけど、すでに片目を瞑る少年は、バレバレだとばかりに剣を振ってくる。慌てて仰け反れば、目前をブンと通過していく刃。危ねえ、舌先がちょびっと斬れたぞ。


「ば、ばかな。百発百中だった目眩しが通じないだと!?」


「頬から光が漏れてんだよ!」


 発光は単純ながら赤鬼や狼男にすら効いた技だ。隙を生む自信があったが、ふざけているのかと反撃にあう。失礼な奴である。こちらは本気も本気。得た全部をぶつけると宣言したばかりだろうに。


 ならば、こんなのはどうかね。右手へバリバリと魔力が集まり、俺のこの手が光って唸る。重光を纏う手は、強烈な魔力を宿す証拠。素手で斬撃を弾いて見せると、ヴァンもやっと驚きに目を張った。


「なんだ……そりゃただの纏鱗じゃねえな?」


「お前を倒せと輝き叫んでいるんだ」


 馬鹿には口で言うより、見せた方が早いのだろう。まだ拳が届く間合いではないが、フンと前へ突き出せば、噴出される光の圧が若竹髪の少年を僅かに後退させる。


 散魔銃……の出来損ないだ。

 課題であった闇属性への属性変化。あまり練習をする時間は無かったけれど。俺も殻を破るにはちょうどいいか。


「そしてこれが、闘気“混式”ぃー!」


 まだ到底に完成と呼べれるレベルではない。けれど、光の魔力に薄っすら混じる闇の力は、速さに重さを確かに加えた。


 轟と迸る黒剣の一閃。ヴァンはもはや当然のようにタイミングを合わせて弾こうとしてくるが。接触をした瞬間、逆に弾ける二刀の剣。


「ああ?」


 体勢が崩れた少年は、そんな間抜けな声を上げながら、自らの胸元を見る。軽鎧には真一文字に傷が走り、ブシュリと鮮血が噴き出すのだ。やっと剣で入った有効打である。ざまぁ見ろと思ったね。


「まだ力が上がりやがんのか。化け物がよぉ」


「カカカのカだぜ。悔しかったら退治してみろよ、ヒーロー」


 上等だと駆け出す男であったが、一瞬で間合いを詰めてくるヴァンに、散魔銃を打ち込み、けん制。勢いを削いだ所を黒剣で迎え撃つ。


 少年は打ち合いを避けて、足で回避に専念をした。移動速度も大したものだ。

 光式を使いながらも目で追うのがやっとだけど。見えているぜ。俺は逃がさぬと顔を向け、不意に視界が真っ白に染まる。


「うぐっ。これは、太陽!? くそっなんて卑怯な奴なんだ……」


「お前にだけは言われたく無えなぁ!?」  


(残念ながら当然の反応ですね)


 目線を太陽に誘導されて一瞬だが目が眩んでしまう。来るかと身構えていれば、ザンと音がし、ビクリと肩が揺れた。けれど、本当に驚くのは視界が戻った後のこと。


「……何を、してるんだよ?」


「ツカサ・サガミに勝つ。それ以上でもそれ以下でも無えさ」


 平然と勝利を宣言する姿に、今度は涙で前が見えなくなりそうだった。

 ヴァンは、一本の剣を地面に突き立て。残る一本を両腕でがしりと構えているのだ。

 

 自身の象徴とも言える二刀流の放棄。一本に全力を込めなければ、そこまでしなくては俺には勝てないと判断しやがったのである。


「ジグ……なぁジグ。俺はあの男に、どうやって報いてやればいい?」


(決まっておろう。暴力(ぜんりょく)を見せてやりんしゃい)


「――ああ!!」


 もはや小細工は抜きだと前へ出る。俺に答えるように飛び出す若竹髪の少年。

 黒剣による重斬撃を両腕で辛うじて凌ぐヴァンは、同じ姿勢のまま、突きに繋げてきた。


 その練度は流石の一言だ。けれど二刀に比べれば手数はどうしても落ちるわけで。首を捻り躱しながら、長所を捨てるほどだったのかと考えてしまう。


 少なくとも、少年の目を見るまでは、そう考えた。緑の光が漏れ出す瞳から、ゾッとするほど恐ろしい気迫を感じ取る。


「それは、アルスさんの絶界!?」


 答えは無く、剣の纏う風が頬の傷を抉った。

 風刃はこの戦いで初めて見せる。いやいや、思い返せば、ヴァンは得意の風を纏った高機動すら一度も使っていないではないか。


 まさかと唖然とするが、手を抜いていたわけではないと、少年はゆっくりと首を横に振って。


「風式の制御に手いっぱいで、使いたくても使えなかったんだよ!」


 言うや、その身を疾風へと変えた。

 強力だが、よりピーキーな能力を御するために、一本の剣に専念したという訳だ。


 俺の重さに対する、奴のアンサーが速さなのだ。

 猛活性の身体能力。迅足という技術。そこに魔剣技を足し、己の身体を銃弾のようにして襲い掛かってくる。


「オッ、ラァー!!」


「ぐぬぬぅ……重い……」


 そこから生まれる衝突力や、混式でも反応がやっとで、受け止めるのがやっとだった。

 確かに強烈。だが、その勢いは自身も返る諸刃の剣。もはや特攻に等しい、不器用な戦い方に。お前ならもっと上手くやれただろうにと呆れてしまう。 


「まぁ、ヴァンらしくはあるけどな」


 改めて武術大会を思い出した。

 あの頃の俺は闘気の出力で体を痛めていて。遠くからチマチマ戦っていれば、かってに自滅をしていたであろう。


 それでも、この男は真正面から勝負を挑んで来た。

 プライド。己の信仰する一本の剣を貫き通す為に。ただ、それだけの為に。


「ああ、格好いいな。本当に、憧れるな」


 そんなヴァンが、俺を倒すのであれば、力であると選択をした。こんなに嬉しいことは無いね。黒剣を肩に担ぎ、精一杯に闇の魔力を注ぎ込む。


 来いよ。なんて、言葉は要らなかった。

 ずっと動きを先読みして、斬ることばかり考えていた仲だ。思いは以心伝心。若竹髪の少年は、ラストアタックを仕掛けるべく、助走をつける距離を取り。


「俺の全力を。全霊を受けてみろー!」


 ヴァンの居た地面が炸裂をする。それほど強烈な力で踏みしめたのだろう。

 ただ真っ直ぐに駆けてくるというに見失いそうな速度。更に、加速、加速、加速を加え。

 衝突の間際まで更新され続ける最速。男は巻き上げる砂埃を引き連れ、季節外れの春一番のように吹き荒れる。


 俺は、これに当てるのかと静かに唾を飲んだ。

 いいや、だからどうした。ここに至っては、もはや最強の一撃を決めるのみ。腰をやや落とし、持ち上げた黒剣で疾風を斬ることだけに集中し。


「暴力を見せてやるよー!!」


 それは刹那の出来事。刃はなんとかヴァンに向かい振り落とされた。

 はずなのだが。視界の端にはクルクルと回りながら飛んでいく黒剣。手には痺れに似た痛みが残り、力負けをしたのだと窺えた。


 しょせん付け焼き刃の混式では、あの日のオリハルコンさえ斬り裂いた一振りを、再現出来ようはずも無かったのである。


 少年は俺の振り下ろした斬撃に全身でぶつかったか。勢い余り、ジャガーのように飛び掛かって来るのがスローモーションに見えてしまう。


「うぁあああ!!」


 ヴァンは珍しく興奮をしているようで。勝利を確信した咆哮が耳に届いた。

 ああ、そうか。俺はまた負けるのか。無意識に敗北を受け入れそうになるが、視界にそれが映った時、ほぼ咄嗟に行動をしていた。


(お、お前さん。いま何をしたんじゃ?)


 瞬間、勝利の雄叫びは切なき悲鳴に変わる。

 あっという間の逆転劇。俺は自分でも信じられないと思いながら、地面で藻掻き苦しむ少年を見た。


「ま、魔銃肛殺法(まがんこうさっぽう)……」 


(えぇ~……)


 奴に敗因があるとすれば、ただ一つ。二刀流を捨てたこと。

 気づけば近くにあった、少年が地面に突き刺した剣。普段から丁寧に磨かれ、鏡面のように周囲を移す刀身には、奴の尻が丸見えだったのだ。


 魔銃。鏡面。反射。全てのワードが歯車のようにカチリと噛みこみ、ヴァンの尻穴を穿っていた。



明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。

本編の更新が一週遅れます。代わりに短編、白藍の深窓令嬢を投稿しております

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