510 君の心臓を食べたい
「なぁヴァン。俺が前にこの場所で言ったこと、覚えているか?」
「当たりまえだ。むしろ、待ちわびていたくらいだぜ」
三大天との決戦の前に約束を果たそう。俺は思い出したように、というか事実いま思い出したのだけど。そうだ決闘をしようと黒剣を引き抜いた。
若竹髪の少年は俺の思いつきを笑わずに、目を細めて言葉の続きを待つ。つまり正式に挑戦状が叩き付けられるのを。
改めて言うとなると、やや照れ臭いものがあるが。オホンと咳払いをして、喉の調子を整えて。
「汝に心臓を捧げよう。我が求めるは灼熱の時なり。燃え盛るこの魂、尽きるその瞬間まで、全身全霊を賭して挑むことをここに誓う!」
「お前……そりゃあ……」
右手でゴリラのドラミングのように胸を叩く俺を見て、ヴァンは間抜けにポカンと口を開ける。だが、次の瞬間には背筋を伸ばし。今まで見たことが無いほどに真剣な表情をしてくれた。
俺はランデレシア王国での決闘についてフィーネちゃんに相談をしたのだ。
どうやら、理由や真剣度で方法は多岐に渡り。ハンカチを投げつけるという略式から、ギルド式決闘法のような腕試しのものまで様々らしい。
だから騎士の正式な作法も聞いたのだけど、正直、ヴァンと戦うにあたり名誉や誇りだのはあまりピンと来なかった。そこで、じゃあマイナーだけどと教えて貰ったのがこれ。
「合戦礼法なんて古臭いもん持ち出しやがってよ」
「へぇ、知ってたか。流石は騎士の家系だな」
(儂の時代でも形は違うがあったのだぞ)
「むしろ、お前みたいなのばっかりだったから生まれたんじゃないの?」
時は戦国。騎士とは名ばかりの荒くれが、日常的に殺しあい奪いあっていた時代の話。
ジグルベインのように非道で、無法で、残虐な。そんな者たちにも、戦場での最低限の習わしくらいはあったそうだ。
なにせ己の死にゆく場所。最後に残るは名誉や誇りしか無い。そこで作法を弁え、獣は人と成り。人とは即ち、恥を知る。故に生まれし騎士道の前身、合戦礼法。
「強き者よ、我が全霊を受け止める覚悟ありや! 恐れぬならば心臓を捧げよ。どちらが先に食い破るか、いざ比べん!」
此度、俺が披露するは挑戦を示す型であり、一騎打ちの申し出だ。
この所作では決闘と言いつつ名乗りはしない。お前がどこの誰でもいい。グランディア家の嫡男に、ではない。まして勇者一行の剣士にでもない。戦場に居る一人の男に対し、ひたすら純粋な闘争の意思を向けるのである。
強いお前と戦いたい。死ぬのならお前の剣がいい。そんな野良犬の意地のような根性が気に入って選んでみた。
「待ちなさい。それは決闘の所作じゃないか。少し目を離した隙に、なぜこんな事になっているんだね!?」
(ちっ、いいところで)
返答や如何にと少年を睨んでいれば、部屋に荷物を置きに行った包帯男が、仲間同士で馬鹿な真似をするなと止めに入ってきてしまう。
いかにもこれから馬鹿な事をしようと考えている訳で。何故と問われても、真っ当な理由は出てこない。俺はフムとしばし考え込んでから、ウィッキーさんに向かって言った。
「強いて言えば、一勝一敗だからですかね?」
「オイオイ、だから負けてねえって言ってるだろ。駝鳥より記憶力の悪い奴だな」
心無い中傷に、オホホと思わずどこかの金髪ドリルのような声が出てしまったのですわ。
ぶちのめす理由が出来て、自然に剣を握る手へ力が籠った。
「アタシも決闘つうのは感心しないね。此処はフェヌア教の聖地。強さを競う場所じゃないんだわ。信徒なら拳骨じゃ済まさないところだよ」
しかし、一回待ったが入ったが最後。スヴァルさんまでが、この神聖な土地でそんな事をするなと言ってくるではないか。流石に先走りが過ぎたようだ。
俺は少し心が冷めるのを感じ、また仕切り直すかと、突きつける剣を下げようとした。
だが若竹髪の少年は、そんな聖職者たちの言い分をハッと鼻で笑い一蹴する。
「お前ら、ツカサに恥をかかそうってのかよ。あ?」
三白眼の鋭い目が、ぶち殺すぞとばかり周囲を威圧するのである。あまりの剣幕に片眉を下げる巨女。そして彼は、隙を見て己の胸を激しく叩き。声を張り上げて宣誓をしてしまう。
「挑戦を受けて立つ! 我が心臓はここぞ。欲しければくれてやる、その剣で貫けるものならば、やってみろ!!」
「宜しい。ならば、その決闘。フィーネ・エントエンデが見届けよう!」
行方を見守ってくれていた勇者が、すかさずに受理。ここに決闘は成立し、してやったりとヴァンは俺の目を見てニヤリと笑った。こちらもつられ、頬が上がるのを感じる。
はぁと大きな溜息を吐き出す聖職者だが、まぁまぁとカノンさんに勇められ。
「ティアに負けるところを見られなくて良かったな」
「ぬかせ。勝つところを見せられなくて残念だ」
シャランと抜き放たれる二本の剣。瞬間、ギシリと空気が軋むような殺気が襲い掛かってくるではないか。
日々の訓練では到底味わえぬプレッシャー。嫌でも、本気のヴァン・グランディアと対峙しているのだと実感し、恐怖と興奮で鼓動が早打つ。まるで武術大会の時を思い出す、懐かしい感覚だった。
「鐘は無いんだ。いつでも来やがれ」
「応。じゃあ、行くぜっ――!!」
挑戦者である自分の足が竦んでいてどうしよう。俺は己を鼓舞するように咆哮を上げながら、因縁の好敵手へ向かい駆け出す。
◆
てっきり開始と同時に前に出てくるものかと思ったが、猛る俺とは違いヴァンの立ち上がりは静かなものである。二刀を下段にゆるりと構え、珍しく受け身の姿勢だった。
対し、こちらは闘気を纏い、初っ端からフルスロットルだ。
芸が無いと思われるだろうが、俺とて以前とは違う。自壊するほどだった出力も、飼い慣らし。今や力だけなら英雄とだって張り合えるぜ。
「お前に止められるのかよ、俺の剣を!」
舐めていたら死ぬぞ。一瞬で間合いを踏みつぶし、低い姿勢から黒剣を斜めに振り上げる。まさか、これで終わりか。自分でそう思うほど拍子も完璧な斬撃だった。
だが、会心の手応えは虚しく空を斬る。まるで刃が奴の身体をすり抜けたと感じるほど、紙一重に躱して見せやがったのだ。
「チィ!」
決着ならば拍子抜けだが、ここまで見切られると焦る気持ちの方が大きい。単発で捕まえられないならば、連撃でどうだと、しつこく追い掛けるのだが。
「すげえ音だな。なんつう馬鹿力だよ。本当にこの短期間で英雄級に届きやがったか」
ヒラリヒラリと、いつまで経っても俺の攻撃はヴァンに届かない。
コイツはまだ、剣すら振っていないと言うのに。まるで蜃気楼でも相手にしているような手応えだった。
何かしているな。その一挙手一投足を見逃すまいと睨みつけていれば、不意に風で舞った赤土がパラパラと目に入る。いや、これは……。
「風を纏っている?」
「どうだ。お前にふう言うなら、風式ってとこだぜ」
「パ、パクリだー! 人の技をパクるとか恥ずかしくないんですか!?」
(……ん?)
「最初に俺が考えていた技なんだけどな!?」
なんとヴァンも光式と似たような事をしているらしい。どうりで身軽に避けるはずだ。速度特化の属性変化。つまりは、如何な超パワーも当たらなければ意味が無いと。
どうみても俺対策の技で嬉しくなっちゃうね。ぺっ。
少年は引き分けに終わったあの日の戦い以来、ずっと次はどう戦うかと考え抜いてきたのだろう。
「そんなに楽しみにしてくれていたのかよ」
「驕るな。何もお前用に覚えたわけじゃねえ」
勘違いしないでよねっ、なんて言う剣士に、男のツンデレなんぞ誰が得をするのだと思った。けれど瞳に薄っすらと水の膜を張るヴァンは、下唇を深く噛みこみながら言うのだ。
「英雄級がどうした。旅の間、俺はずっと本当の猛活性を相手にしていたんだぞ……」
「あっ……」
悲しきかな。奴はフィーネちゃんの剣から生き延びるため、必要に駆られ風式を完成させたらしい。勇者に比べたらお前なんてそよ風だと言い切る少年の瞳に光は無く。怒りより同情が湧き出してくる。大変だったんだね。
「まぁ、そういわけだ。俺だって遊んでいた訳じゃねえんだぜ?」
ユラリといよいよに持ち上がる双剣。勝負はここからが本番というわけか。
俺は応えるように、そうでなくちゃと光式を纏う。変な話なのだが、いまだ前を走り続ける遠い背中が。ヴァン・グランディアが自分より強いという事実が。武者震いするほどに嬉しかった。
感想を捧げよ




