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504 突いた蜂の巣



 怪盗気分で城に忍び込もうとした魔王様であるが、城壁を超えたところで警備兵にばったりと遭遇。警笛を吹かれてしまい、静かな夜はあっけなく終わりを告げた。


 異常ありの音色は伝播して、暗闇にピーピーとけたたましく鳴り響く。

 あちらこちらで掛け声が上がり、ドタドタと忙しなく走り回る兵士の姿が見えた。その有様は、まるで蜂の巣を突いてしまったようではないか。


「チッ。儂のスパイ大作戦が台無しじゃ」


(厳戒中だけあって人が多いね。さて、どうしたものか)


「思考の切り替えが早くなったのう。伊達にトラブルに揉まれておらんな、カカカ!」


(シー、声潜めろって!)


 ジグが咄嗟に隠れたのは木の上だった。下では集まった兵士たちがまだ現場を調査している。


 昏倒した警備兵に、切り裂かれた城壁。どう見ても侵入者が居たのは明らかだろう。

 これでは犯人が捕縛されるまで警戒度は下がるまい。いきなりミッションの難易度が跳ね上がり、眩暈を覚えるような心地になってしまう。

 

「なんじゃあ。儂がこの程度を突破出来ぬと言うかや」


(逆だよ。負けないだろうから、やみくもに被害が増えると思ってさ)


 魔力で活動するジグルベインは耐久戦に弱い。消耗する一方なので、あまり時間が掛かると、敵地のど真ん中で変身が解けるというリスクはあった。けれど魔力があれば誰にも、それこそ三大天にだって負けやしないと俺は確信をしている。


 だからこそ不味いのだ。挑む者が増えるほど、この魔王は全てを返り討ちにして、屍の山を築きかねない。


「カカカ! であろうな、であろうなぁ! ……あっ」


(忍ぶ気あるのかバカー!)


 俺の言葉に気を良くしたジグは、あろうことか大声でカラカラと笑った。

 するとどうか。光魔法を照射されて、バッチリと顔を照らされてしまう。周囲はそりゃ大騒ぎだ。言葉は分からないけれど、たぶん「居たぞ!」とか言っているはずで。


 バレちゃあしょうがないと、姿を晒して兵士たちを見下ろすジグルベイン。

 ダングス教徒が照らすおかげで、スポットライトを浴びるように白銀の魔王が闇に浮かび上がる。完全包囲もなんのその。黒剣を構えてニヤリと不敵に笑って見せた。


「我は闇に紛れし無音の盗み手。今宵は貴様らの……!?」


(な、なんだ。足元が傾いてる?)


「おのれ、まだ見栄を切る最中だと言うに!」


 相手はこちらが降りるのを待つ気はないらしい。幹がスパリと切断されて、木は裏庭を目掛けて倒れていく。


 展開陣を開く魔導士たちが、空中に居る隙を狙って遠慮なく魔法を叩きつけてくるのだが。巻き起こる爆発は頭上。すでに魔王はそこに居なかった。


「懐かしいのう、この感じ。昔はこぞって儂の首を取りに来たもんじゃて」


 上手い。自由落下では遅すぎるとみるや、木を足蹴に地面へ飛んだのだ。

 降りたのは、わざわざ人が密集する場所である。当然にすぐさま剣や槍が襲い掛かってくるものの、同士討ちを避けてかキレは鈍い。


 しかし、こちらは全てが敵。ヌルリと人混みを掻き分けるように進んだジグは、通りすがりに刃を走らせ兵士を刻んでいく。


 あまりの速さに照明も追い付かず、照らすのは血を吹き倒れる者ばかり。ここでやっと化け物を相手にしていると気付いたか、場には発狂じみた悲鳴が混じり始めた。


「~~~!?!?」


「--!!」


「アイツと……アイツか」


 無差別のようでありながら、標的には優先順位があるらしい。

 黒剣を投げつけて遠間に立つ魔導士を仕留め、すぐさまヴァニタスを回収しながら一人の騎士へと狙いをつけて駆け出している。


「ノサワウ、マクア!?」


「なぁに言ってるかさっぱり分からん」


 男はかなり強かった。何せジグの奇襲に反応し、数合ながら打ち合って見せたのだ。

 だからこそか。切り伏せた時の周囲の動揺は大きい。ほんの僅かではあるが、集団の動きに空白が生まれたと感じた。


(もしかして隊長を狙ったのか)


「いかにも。命令というのは、いつだって上から下へと向かうもんさね」


 その隙にすたこらと戦線離脱をする魔王様。

 なんとこの暗闇と人垣の中で、的確にリーダーを見抜いて撃破したようだ。しかも今の戦いでは全員を意識的に殺さなかったらしく。まだ助かる命を見捨てられずに追っ手の数は意外なほどに少ない。


 流石は乱世の生まれ。一対多数の戦いもお手の物である。

 けれど、俺が真に震えるのは、大活性のエコモードで局面を乗り越えたことだった。大暴れしたように見えて、コイツは鼻くそをほじる程度の魔力しか消費していないなんて。


「時にお前さんよ。儂はこれから何処に向かえばよいのだ?」


(ウィッキーさんのところ)


「その場所を聞いておるんじゃが!?」


 ジグルベインは走りながらに、何とも今更な事を聞いてきた。

 リアルタイムな状況はともかく、建物の大雑把な構造くらいは、出掛ける前にイグニスが説明してくれているよね。


(お前、どうしてソレを知らずに自信満々で乗り込んだの?)


「いやーだって、儂そういう長い話はちょっと……」


(リュカみたいな事を言いやがる)


 この城は独特な形状をしていて、王宮を中心に三柱教の教会が三角形に配置されている。

 彼が囚われているならば王宮の可能性は高い。しかし警備が一番固いのもソコだろう。なので打ち合わせだと、まずは手薄そうなダングス教内を確かめるという話だった。


 建物は近く、裏庭のすぐ右手にある。というか近いからあの位置から侵入したのだと勝手に思っていたよ。


「よし来た。ならばショートカットじゃい」


 すでに白い旗を掲げた教会の輪郭が見えていた。目視でゴールを確認したジグは、ワラワラと湧く兵士を嫌い、ピョンと壁に突っ込むのだが。その様子はあまりに無防備である。


 俺はえっと思いながら成り行きを見守るのだけど。やはりというか、数秒後にはメシリと顔面を壁に打ち付けてしまう。感覚を同期する身としては大事故だった。


「しまった。つい霊体の時の癖が……」


(ああ、通り抜けられると思ったのね)


 鼻頭を擦りながら、魔王は八つ当たりのように壁を蹴り砕き。そして、こっちだよんとお尻をペンペンと叩いて挑発をする。やめなさい。


 兵士はその行動にギョッと目を剥き、早く捕まえろとばかりに後を追ってきた。

 俺は少しばかり追う側に同情をしてしまう。人はルールに則り行動をするもの。だが、コイツは壁も天井もお構いなしに破壊して、進みたい方向に迷わず行くのだ。


 無軌道過ぎて、追い込んだり、先回りという人間の知略がまるで通用しないのである。絶対に追いかけっこをしたくない相手だと思った。


「むっ、ここは厨か。これは僥倖。ちと酒を拝借しようぞ」


(今度買ってあげるから後にしろ!)


 ちぇっと舌打ちをしつつ、酒瓶をかっぱらい走るジグルベイン。

 道中には魔法を撃ち込まれたり、フェヌア教の集団と出くわしたりしたものだが。

 城内を立体的に逃げるものだから、あれだけの数がいた追跡者をとうとう振り切ってみせた。


 気づけば彼女は建物の屋上に居て。白い旗のもとで、周囲の喧騒を肴にグビリと酒を煽る。こんなに簡単に本丸へ到着するなど、イグニスだって想像出来なかったことだろう。


(やっぱり凄いなジグは……)


「カカカ。叩き潰した方が楽だったのだが、まぁこれはこれで楽しかったわい」


 ちゅぽんと瓶から唇を離すや、ではゴールだと魔王は黒剣で円を描く。

 「またつまらぬ物を斬ってしまった」なんて決め台詞を言うのだが。俺はせめてキャラを安定させろと思った。


 くり貫かれた屋根は重力に従い、礼拝堂へと落下して。その上に乗っていた彼女も、ダイナミック入室。ガシャンと瓦礫が床に叩きつけられ埃舞い。


「な、なんだ!?」


「おっ、居るではないか。ウィッキーさん」


 確かに彼はそこに居た。けれど無事かと言われると、判断は難しそうだ。

 両の腕を縛られ床に転がる偉丈夫。ダングス教の所属を表す白衣は脱がされて、仮面の下の病気の素顔も晒されている。


 さては情報を吐かせている最中か。

 酷いことをすると思った。敬虔な信徒を、よりによって神の膝元で責めるなんてね。



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