502 魔女の囁き
「やはりランデレシア人には血も涙もない……」
聖騎士の皆さんがお帰りになった後。浅葱色の髪をしたお姉さんは、怯えた子猫のように震えていた同僚に対して辛かったねとそっと涙をした。
「一人で良い子ぶっても止めなかった時点で同罪なのだわ」
「うぐっ」
だがそんなマルルさんに正論パンチをお見舞いする雪女。そもそも俺たちは勇者一行だ。非道な拷問なんてするはずが無いけどねウフフ。
回復魔法で傷を治してあげている最中にちょっとお話をしただけである。まぁフィーネちゃんの態度は心も折れるというか、夢にも見そうな怖さがあった。
「嘘です」「嘘」「また嘘」「ねえなんで本当のことを言ってくれないの?」やましい気持ちなど微塵も無いのに、思い出すとこちらまで震えてしまうのは何故だろう。
「……信仰か」
しかし、彼らをそこまで追い詰めた勇者と魔女は、一仕事したとばかりにティータイム中。金髪の少女が愁いを帯びた表情で、湯気の立ち昇るカップを覗き込みながら、ぽつりと呟いた。
それに眉を寄せるのは聖職者であるカノンさんだ。
反論をしたいのだろうけれど、上手い言葉が見つからないようで。結局は無言に熱い珈琲を飲み干している。
「俺は共感こそできねえが理解は出来る。要するに奴らの矜持で、譲れない道理なんだろ」
「ああ、そういう話か」
ソファーに身を投げるヴァンがつまらなそうに言えば、狼少女は槍を担ぎながら、それなら分かると同意をした。
そうだね。俺にも多少なりとも戦士の誇りはあるわけで。人間ならば誰しも信念くらいは持ち合わせているのかもしれない。
「彼らの正義を一方的に間違っている、なんて否定は出来ないんだろうけれど」
だからこそ勇者は悩む。
聖騎士に聞いた情報をまとめれば、やはり現場の指揮からウィッキーさんは離れていた。代わりに三教を動かすのは別の枢機卿なのだが。
どうにも発想が過激というか。教会としては聖遺物を取り返すのは当然の義務と考えているようなのだ。すると信者の多い聖国。悪魔の件は、国民を犠牲にするという意識ではなく、信仰への試練程度の感覚に思われているらしい。
「私は止められる被害なら抑えたい。やっぱり悪魔は手薄な今こそ討つべきだと思う」
「三教を敵に回すのはお勧めしないな。こう言うのもなんだが、勇者にとっては大事な支持団体のはずだ」
思い詰めるフィーネちゃんへ諭すように聖騎士が語り掛ける。直接的な戦闘を避けられたのは彼女のおかげだけに、その言葉は重い。
三柱教は勇者を支援するために設立された機構だ。その考えは国を跨ぎ、世界中に大きな影響力があった。
勇者一行はランデレシア王国の特使という肩書を持つが、他国でも一定の発言力があるのは、まさに彼らの草の根活動の成果なのである。
「じゃあ、なんだマルル。君は黙ってツカサを人質に取られ、聖遺物を取り返すまで指を咥えて眺めていろと言うのか?」
「……そうではないけどぉ」
魔女が赤い瞳でギロリと睨めば、解決策は無いのかシュンとうな垂れるマルルさん。
代わりにハイハイと発言を求めるのは、お客さんが帰ったことで、やっと顔を出せたギャル幽霊であった。
(あの人たちウィッキーって言ってたけど、もしかして何かあった感じ?)
一晩帰ってこなかっただけにアサギリさんも不安なようだ。落ち着きなくグルグルと俺の頭上を飛び回っている。なんて伝えるべきかと考えて、俺はなるべく明るい声でこう言う。
「大丈夫ですよ。仕事で忙しいだけみたい」
(まぁ伝えぬのが優しさか。どうせギャルにはなにも出来んもんな)
そういうこと。なにせ教会は外様の勇者一行を抑えに来るほどである。ならば身内は真っ先に抑制されていると思考を巡らせるべきであった。
「腹立つわよね。けっきょく責任を彼に擦り付けただけなのだわ」
アサギリさんに同情してかティアが憤慨してみせる。
仮面の男は、天啓失敗の日から悪魔対策の中心となって動いていた人物。そこを白昼堂々と襲撃されて、聖遺物まで奪われたのだから立場も悪い。先走らないように、城で謹慎という名の監禁状態にあるそうだ。
「一番の穏やかなのは、素直に教会と協力することだろうね。大人しく従っていれば、ツカサくんのことはそこまで突っ込まれないと思うけど……」
「つまりモアと総力戦繰り広げるってことだろ。一番簡単じゃねえよ」
勇者に若竹髪の少年が反論するが、その通りだった。
勝利条件は聖遺物の奪還とはいえ、色々あって今はモアの兜に収納されるソレ。実質倒さなければ返っては来ないのだろう。
フィーネちゃんにどう思うと話を振られたイグニスは、やや目を逸らしながら自分の意見を口にする。
「そうだね。悪魔と戦うなというのは、モアと戦う前に消耗を防ぐ意味もあるのだろう。正直、聖遺物を取り返すという目的ならば教皇の判断はそこまで間違えてはいない」
あくまで優先順位。選択を迫られたら大のために小を切り捨てるのも大事だと、魔女は貴族的な視点で一応のフォローをして。けれど失敗するねと呆れ顔でお茶を啜った。
なんだとと食って掛かるヴァンは、珍しくティアに諫められていて。白藍髪の少女は、長い髪を背に流しながら、そこまでハッキリ言うなら理由があるのだろうと問う。
「私もどこか違和感があるのだわ。動きが早くて強引。まるで誰かの書いた筋書の上にいるみたい」
「……いや、それとは別件だ。こっちはもっと単純でさ。動きが筒抜けなら、また美味しいところを悪魔に持っていかれるというだけの話だよ」
イグニスは城に間者が居るというのだ。
荒唐無稽に見えて、そういう事ならと腑に落ちる自分が居た。
思えば奴は作戦の練度が高すぎたのである。下町での陽動くらいならばともかく、聖遺物の鍵を聖女に開かせるという発想は、極秘のはずの正確な保管場所や取り出し方を把握していなければ思い付きやしまい。
「だろ。モアとの戦いで背後を刺されたくなければ、悪魔を野放しというわけにはいかないと思うね」
「面倒くさいなー」
八方塞がりな状況にガリガリと頭を掻きむしるフィーネちゃん。
悪魔を倒すとモアに逃げられ、かといってモアと戦っても漁夫の利を狙われる。確かにどないせいちゅうねん。
「よし、直訴する。あんまり舐めた態度なら、城にマキナ撃ってやりますよ!」
「イグニスみたいなこと言ってるぅ」
(本性だしたな)
◆
なんとフィーネちゃんは本当に城へ出向いてしまった。俺は指名手配中なので館に残れということだが、流石の行動力である。
いや、交わらない価値観を剣ではなく言で折り合いをつけるならば、それに越したことはないのだろうが。
居間にポツンと残されたのはイグニスとリュカの二人。いつものメンバーに俺は暖炉の前で少しばかり気を緩めていると、隣に座る魔女が肩にしな垂れかかり、小声で話しかけてきた。
「なぁツカサ、私は悪い女だ。君にしか出来ない事をお願いしたい」
とても寂しそうな声色に、一体なにごとかと思った。すると赤髪の少女は、先ほど別件の話だと切り出す。ティアの言う、誰かの筋書という件だろう。
「心当たりは一つしかない。とうとう彼が悪魔だとバレたんだ」
「!!」
(あー)
アサギリさんの為にあえて名前を出さないイグニス。けれどそれで十分に意味は通じた。
事の本質は、枢機卿に悪魔が紛れていたという不祥事か。雪女には分からないはずだ。
俺は顔に出さないように、ぐっと下唇を噛み込む。本当であれば、今頃ウィッキーさんは無実の罪で責められているはず。あの自分の身さえ厭わない善人に対してあんまりだ。
「確信はあるの?」
「ある。というか、この動きだけで十分だ。教会が聖遺物の奪還になりふり構わないのは、面子が掛かっているのさ」
それこそ信仰でゴリ押す程度に焦っていると言われ、裏の事情が透けた心地になる。
しかし、そんな状況で俺に何が出来るのかと聞けば。魔女は悪魔よりも悪魔らしいことを囁いてきた。
魔王を解き放てと。
悪魔とジグがそっくりな事を利用して、敵に罪を被せつつ枢機卿を救出しろと言いやがる。
(よし来た!)
乗り気な殺戮天使をよそに、俺は正気かよと乾いた笑いしか出てこない。
更新遅れました……




