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501 聖騎士



 おやおやおや。合図で一斉に腰の剣が抜き放たれ、あっという間に10を超える刃に囲まれてしまった。


 勧告にしては随分と大人数で来たとは思っていたけれど、やはり最初から武力行使も視野に入れていたわけか。


「どうするんだフィーネ、舐められてんぜ?」


「オレはやるんなら構わねえぞ」


 喧嘩っ早い奴らは、いまにも飛び掛かりそうな程の前傾姿勢。爽やかな朝が一転して修羅場へ変わり、勇者に決断が求められた。


 なにせ教皇からの正式な使者だ。手を出すということは、聖国へ喧嘩を売るに等しい行為。まさに虎の威を借る狐なのだが、聖騎士はだからこそ強気に返答や如何にと攻め寄せる。


 やめて、俺のために争わないで。

 心情的にはそんな感じなのだけど、事態はそう簡単でもない。彼らはいわゆる確信犯。悪魔が生み出す被害を想定しながら、聖遺物を取り返すために勇者一行の動きまで封じようとしているのだ。


「聖遺物には、国民を犠牲にするだけの価値がありますか?」


「……っ!!」


 フィーネちゃんはせめてもの抵抗か、言葉を武器にして振るった。その切れ味や抜群で、男はまるで本物の剣で斬られたかのように表情を歪める。


 だが問答をする気はないらしい。一刻も早くこの時間を終わらせたいとばかり、悲鳴のように叫んだ。


「ツカサ・サガミを捕らえろ!」 

 

 隊長がぬっと左手を伸ばしながら俺に突っ込んでくる。させるかと立ち塞がるのは金髪の少女で。そして交差の刹那、男は血を吹き出しながら床に転がった。

 

 や、やっちまったよ。

 しかしその光景に誰より驚いたのはフィーネちゃんに違いない。


「我らが剣を持つ意味も忘れたか。救うべきものを見誤るとは恥じを知れ」


 刃を赤く染めるのは、男と同じ白いマントをはためかせる女性であった。

 なんという早業か。マルルさんは、二人の間に割り込むや、あの勇者に先んじて剣を抜いて見せたのだ。


 号令により、いままさに切り込まんとした聖騎士たちが二の足を踏む。

 本来は隊長がやられた程度で止まりはしまい。同じ組織の人間と対立したからこその困惑だろう。


「なぜ聖騎士が我々の邪魔をする!?」


「【夜闇に手探りで森を行く迷い人】【これを愚かと嘆く汝は勇を知らぬ】【彼は愛する者のためにと答えるではないか、人には進めねばならぬ時もあるのだ】【ならば灯りとナイフを差し出し、月明かりに祈れ】破段5章の2、無月夜」


 戦闘において躊躇いこそは最大の隙だ。浅葱色の髪をしたお姉さんは間髪入れずにツラツラと説法のような言葉を並べた。


 するとどうか。あふれ出す黒い霧が部屋を満たし、すぐ目の前に居たフィーネちゃんの姿さえ見失ってしまう。戦いが上手い。散開する大人数を一撃で倒すのは難しいが、これでは相手も自由に動けまい。


 問題があるとすればあれだ。こちらにも視覚情報が一切なかった。手探りで周囲を確認しては見るものの、迂闊に一歩すら進みだすことが出来ない。怖いよう。


「うわっ誰だ、やめろ!」


「静かに。私だよツカサくん」


 見えないなりに顔をキョロキョロと動かして警戒をしていると、正面からガバリと抱き着かれて床へと押し倒される。さては敵かと思うも、感じるのはふにゃりと柔らかい感触。


 声からしてフィーネちゃんだろう。頼もしい勇者さまは、暗がりでも真っ先に俺の身を案じてくれたらしい。


「良い子や」


「クンクン……ハァハァ……ウヘヘヘヘ、大丈夫ですからね」


(本当にそうか~?)


 この魔法は霧というのが嫌らしいところだった。光源は拡散し、灯りがなんの役にも立たないのだ。おかげで濃霧に飲み込まれた居間は闇鍋状態。敵も味方も大混乱に陥ってしまう。


「ちょっとぉ、誰よいま胸触ったの!」


「この声はカノンの姉ちゃんか。えっこれ胸? すっげえ。イグニスのぺったんことは大違いだ」


「よし、そっちだな。【展開】【弓より早く】」


「止めるのだわ味方よ! というか貴女、絶対に分かってやってるでしょ!」


「こりゃ酷え……おっと剣が掠りやがった」


 ヴァンの嘆きがぼそりと聞こえた。耳で判断すると和やかにも思えるが、現実ではきっともう少し殺伐としているはず。なにせ、剣がブンブンと振られる音や、家具の壊れる音も聞こえているからね。


「【大海原は嵐の通り道。難破した船や数知れず】ぐあっ!?」


「遅い」


 敵も状況を打破しようと試みてはいる。同門なのだ。きっとこの魔法の対処法だって知っているのだろう。けれど、それをさせないのがマルルさんの戦い方。


 暗闇を駆け抜ける彼女は、詠唱する者を率先して狙い。やがて戦いの気配が無くなる頃、霧はすぅと晴れて、全滅した聖騎士たちの姿が露わになった。


「ふぅ。騒がせてしまったね」


「ありがとうございます。でもこんな事をしてマルルさんは大丈夫ですか?」


 おかげで俺たちが使者に手を出すことは無かったけれど、いかに聖騎士だろうと事が公になれば罰は避けられないだろう。


 心配した視線を向けると、お姉さんは明るい顔で勇者一行のためならばお安い御用と笑うのだ。


「もとより枢機卿に御身御守護を命じられている。勇者のために死ねるなら本望さ」


 心強いが、どこか狂信者のようでもあった。方向性が違うだけで、やはり床に這いつくばる男たちと根は同じなのかもしれない。


「問題はこれからだな。こいつらを追い返しても、ツカサの拘束命令が解かれるわけじゃねえだろ。今後を考えるとちょっと面倒だぜ」


「そうね。それに聖騎士がやって来たというのが少し気掛かりよ」


「ええ。私も思っていたのだわ」


 剣士と僧侶が男たちを縛っていく姿を見ながら、ティアは頬に手を添えて不安げに呟く。

 どういう意味かと首を捻っていれば、いつの間にか隣にいた勇者があのねと教えてくれた。


「聖騎士の所属は三柱教なの。国家公認の武力というか、実際に騎士号も与えられているんだけど、教皇でも好き勝手には動かせないはずかな」


 確かにマルルさんは枢機卿の指示で動いている。ははぁと間抜けに返事をすると、その意味するものが見えてしまう。つまり、わざわざ聖騎士を派遣したのは三柱教も敵に回すぞ、という脅しでもあったと。


「どうかな。私は逆の可能性の方が高いと思うがね」


「逆って言うと、教会が教皇を動かしたと言うのかい!?」


 魔女の意見に驚愕の顔を見せる聖騎士。

 けれど王が敬虔な信者であれば、或いは宗教の一声が国を動かしてしまうこともあるのだろうか。


 考えて見れば、三柱教は象徴たる大聖堂を破壊され、祀る宝まで奪われている。

 面子はそれはもうボロボロで、いま一番聖遺物を取り返したいと願うのは、彼で間違いないとは思うけど。


「聖職者がそんなことするかなぁ?」


 別に貴族であれば、どんなに裏があっても驚きはしないのだ。

 でも司教は誰も立派な人たち。少なくとも俺には枢機卿であるウィッキーさんが、市民の犠牲を許容するような方針を立てるとは思えなかった。


「当然だ。あのお方が立場を利用して教皇をそそのかす様な真似をするはずがない!」


「それは分かってるよ。では、ウィッキーじゃないのなら?」


「…………」


 聖騎士を館に派遣する。言われてみれば、この時点でウィッキーさんらしくはない。

 仮面の男は、悪魔への対策を任されたりもする程の重鎮だ。教皇が行動をする前に止めることは出来なかったのだろうか。


 ウィッキーさんは町の復興のために徹夜で作業をしていたはず。急な国の動きに姿の見えない彼の安否が気になった。


「まぁそんなことは客に聞いてみればいいんだけどな。そろそろお目覚めだろ、聖騎士様。どうれ、口が軽くなるように回復魔法を掛けてあげよう」


「そうですね。私も色々聞きたいな。あっ嘘は嫌いなので、やめてくださいね?」


 ケヒヒと口元を歪める魔女に、瞳孔ガン開きで相手を見つめる勇者。そんな二人がジリジリと獲物を壁際まで追い詰める。もし俺があれをされたら怖くてチビッてしまいそうだ。ガタガタ震える聖騎士の隊長は、いっそ殺せと喚いた。



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